第6話 おっかねえ 5
草地の下は崖になっていて剥き出しの土が見えていました。草地の向って右側は造成地。住宅になるらしく、三段の区画がほぼ出来上がっています。一番下は崖下の道路から少しだけ盛り土で高くなっていて、それから推測すると崖は七メートルとか八メートルぐらいはありそうです。落ちれば死ぬかもしれません。
草地の左手の崖にはハシゴのようなものがつけられています。そこを登りきると草地の斜面の一番下にある背の高い草が生い茂ったところに出ます。
ハシゴの根元は手前の資材置き場でよく見えませんが、空き地のはずです。そこは以前、人が住んでいたという噂があります。火事で全焼。全員死んだ、という噂です。ぼくが生まれるより前の話。
「どうする?」と美枝子。
これから向う工事現場は剥き出しの土と雑草の山で、その向こうには山を深く削って新幹線の線路を作っているはずでした。
突然、不安になりました。繁雄が見つかったのはいったい、このあたりのどこなんだろう。ここじゃないかもしれない。詳しい場所までは知らないのです。
これでは探偵どころか、間抜けな助手にもなれそうにありません。
ただ、ふと足元を見ると、霜を大きく崩している真新しい足跡がぼくたちの前に続いていました。不思議な足跡です。右足はがっちりと深く土にめり込み、左足は外側にすべっています。大きな水たまりを迂回し、ギリギリのところを通っています。
背の高い笹のような茂みの向こうへ消えています。見えている限り、この先もそんな歩き方の足跡が続いています。
左足が悪い……。
マズイ。なんか、とてもまずい。
ぼくは先へ行こうとする美枝子の手を握って、引っ張りました。
「え?」
「帰ろう」
「どうして」
そのとき、先の方でぐちゃっと、ぬかるみから足を引き抜くような音がし、ぼくは慌てて近くにある土の盛られた小山の陰へ、美枝子を引っ張りながら隠れようとしました。
「ちょっと」
美枝子がうるさいので思わず口を塞ごうと手をやると、なにか言おうと開いた彼女の口の中に指が入り、がぶっと噛まれました。
痛みをこらえながら、なおも隠れようと横に逸れたとき、ぼくたちはバランスを崩してすべり、倒れ込んでしまいました。
だけどぼくは美枝子に声を出させません。彼女の唾と温かい唇の感触、そしてぼくの下になって倒れている彼女の体……。
ザクザクと音を立てて、すぐ近くを人が歩いています。いまぼくたちが行きかけた道を戻って来るようです。
その人は、繁雄が殺されていた場所を見て戻って来たのです。
すぐ横を通り過ぎ、その後ろ姿をはっきり見ました。
左の膝が悪く、ちょっと哀しい後ろ姿です。一生懸命、ぎこちなく歩いています。
それはぼくの兄でした。
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