第5話 おっかねえ 4


 兄の本棚から新潮文庫の「シャーロック・ホームズの冒険」と早川書房の世界探偵小説全集の中から「アクロイド殺し」を抜き出して年末に読んだのですが(それは兄が大好きだと言っていたからです)、難しくて全部を理解できたとは思えませんでした。

 ただ、どちらも探偵になる方法は書いてないようで、どちらかといえば、犯人になる方法が詳しく書かれているんじゃないかと思えました。

 犯人はつまらない。

 だけど犯人には誰でもなれる。もちろん名探偵を悩ますようなすごい犯人になるには、頭がいりそうですけど。

 探偵になるにはもって生まれた才能があって天才じゃないとダメなのか、それとも犯人と友だちである必要があるのでしょうか。

 美枝子が犯人ならぼくは探偵になれるかもしれません。美枝子を逮捕するのは、ちょっとおもしろそうですが、子供っぽい夢にすぎません。

 新幹線の工事は、この日はお休みらしくダンプカーも人影もありません。泥だらけの歩きにくい道だけがあります。いつもはここを赤茶けた土を山盛りに載せたダンプが何十台も通っているのです。あまりにも危険なので「行ってはいけない」場所。

 その轍が今朝の冷えで霜を帯びて、べちゃべちゃに溶けて、ぼくたちは靴が脱げそうになりながら気持ち悪い足音を響かせて、歩いていました。

「やめようか」と彼女が言いました。「汚れたらおかあさんにしかられちゃう」

 確かに。すべって転べば大惨事。

「そうだね」

 だけど探偵ってやつは、そんな風には引き返さないのでは?

 美枝子は、聴いたことはあるけどあまりよく知らない曲を楽しそうに歌っています。帰るそぶりはありません。

「V、A、C、A……」とちょっと知っているところは一緒に歌いました。

 だったらもうちょっと行ってみよう。ぼくは枝を振り払いながら、できるだけぬかるんでいないところを探して歩きました。

 やがてかなり高いところにやってきて、大きな水たまりにぶつかりました。そこを進むことはできません。その先へ行くには雑草の生えたあたりを迂回していくしかなさそうです。

「帰ろうか」と彼女が言います。

「うん」

 もうちょっとなんだけどな、と思いつつ。一人で行く気は失せていました。

 振り返ると、初日の出を見た草地が見えました。何人かの子供たちが凧を揚げています。草地をすべり降りている子たちもいます。かなり遠いので顔まではわかりませんが、なんとなくぼくたちが知っている連中のような気がしました。

 凧揚げをしていればよかったかな。でも、それは子供っぽい遊びに過ぎないのでは。

 いまのぼくは子供っぽくはない。だって、探偵になろうというのだから。

 あいつ、美枝子とあんなところにいるぜ。

 見られた気がして、少し恥ずかしくなりました。

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