第4話 おっかねえ 3
駆け寄ってくると、鉄棒の鎖を握っていたぼくの手をぎゅっと外から包み、「怖いよね」と笑顔で言うのです。
去年、学校が二学期を終えたあと、ぼくが通知表を親に見せるかどうか迷っている間に、同級生の村井繁雄は誘拐されました。通知表もなにもかも持ったまま、家に戻ることなく消えたのです。繁雄の家は美枝子の家の裏手。そしてぼくたちは生まれたときからここで育ってきた仲間でした。
身代金五十万円を持って、ミョウガ池公園に来いという犯人からの手紙が届き、繁雄の親たちは警察とミョウガ池に十二月の三十日に行ったのですが、犯人は現れず。
「警察にしゃべっちゃったからだよね」と美枝子は冷たく言います。
ミョウガ池公園は隣町にある広大な公園で、名前の通りボート遊びや釣りができる大きな池もあって夏祭りには花火を上げます。ただ子供の足では歩いていくには遠すぎました。兄や体の大きな子たちは自転車で行っていたようですが、ぼくたちにはまだ早い気がしました。
いつかは自由にミョウガ池公園に行きたいな、と思っていたものです。
初日の出を見に行ったとき、すでに、繁雄の死体はみんなで眺めていた新幹線のための工事現場近くにあったのです。だから太陽は血のように赤かったのです。
ぼくが探偵になって繁雄を救出するんだ、と誓っていたのにもかかわらず、あのとき、すでに彼の体は、工事のために掘られた深い穴の中に捨てられていたのです。
「おっかねえな」とぼくは言いました。
「うん。おっかねえ」と彼女も言いましたが、それはその頃、毎週水曜日の夕方にやっていたドラマの脇役がつぶやいて、ぼくたちの学校ではちょっと流行っていた言葉でした。
あの頃、ぼくたちの間ではマンガやテレビドラマの影響で、いろいろな言葉が流行しては消えていきました。だからすべてを思い出すことはできませんが、美枝子のつぶやいた「おっかねえ」は鮮明に思い出せるのです。
「紅白歌合戦、見た?」
テレビの話を少しします。
「ザ・ピーナッツで寝ちゃった。起きたら植木等だった」
「ハイそれまでョ」と美枝子が笑います。
「『鉄腕アトム』は?」とぼくが言うと「うーん」と彼女は笑って顎が左右に揺れました。元旦の夜にはじまった番組。兄とぼくは夢中になって見たのでした。ディズニーのように絵が動いてしゃべるのです。
「今度、見てみるね」と笑っています。
彼女の笑い声は、名前の似ている弘田三枝子よりは、森山加代子っぽいのでした。
一緒に笑っていましたが、死体で発見された繁雄のことが頭からますます離れなくなっています。
「行ってみようか」
「え? どこへ?」
「新幹線」
美枝子のうれしそうな顔。
「怒られちゃうわ。あっちは子供は行っちゃいけないって」
「みんな行ってるぜ」
ぼく以外は……。
どんな話をしながら美枝子とそこまで歩いていったのかはよく覚えていませんが、いつものようにぼくは拾った小枝を振り回しながら、どうすれば探偵になれるのだろう、と考えていたことは確かでした。
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