第3話 おっかねえ 2
こんな正月の四日のこと。
Y市は人口百三十万人規模。関東にあって東京に近い政令指定都市です。
東にいくと繁華街や港町があり、外国人が大勢住んでいたり、「危ないから行っちゃいけません」な町があったり、小規模ながらも象もいる動物園があります。北側はその港から続く工場町で、煙突から黒い煙が出ています。夜になると炎が見えることもあります。西側には別の市ですが米軍基地があって、ジェット機はよく飛んでいました。エンジンを試験するのかとんでもない爆音もよくします。そっちには別の繁華街があって、そこも「危ないから行っちゃいけません」な町。でも年に一回、基地解放の日があって、ホットドッグを食べに行くと、見たこともない世界があるのです。
中央から南側には住宅地が広がっていて、山や田畑が年々、住宅になっていき、ぼくたちもそのあたりに住んでいました。
そしてこの市は北から南に走るO鉄道と、東から西に走るS鉄道、東の海岸沿いを走る国鉄があり、ぼくたちはS鉄道(通称、S線)をよく利用していました。
人口は毎年十万人規模で増えていて、S線を運営している鉄道会社は山を崩して沿線にどんどん住宅を建て、市や県も団地をつくり、企業も社宅をあちこちにつくっていました。
そこには隣接する東京や北関東、さらにもっと遠くから人がやってきて、ある人は棲みつき、ある人は一定の期間だけいて、どこかへ去っていくのでした。去って行く人よりも、やってくる人の方が圧倒的に多く、学校は毎年、生徒が増え、教室はギチギチで、校庭を潰してプレハブの校舎を作るほどでした。
来週から学校がはじまります。お年玉を少し貰っていたので裕福だったぼくは、駄菓子屋がやっていなくてガッカリして近くの名もない公園でブランコに乗っていました。
正月に夢中だった凧は壊れてしまったし。
「西田佐知子がいいなあ」
「いいや、やっぱり橋幸夫だろ」
「すごいのは、坂本九だよ」
などと独り言をしながら。
ブランコは以前にいつ乗ったのか覚えていませんが、そのときよりも小さくなっていました。座るところも小さいし(座ったことはあまりなくて、いつも立ち漕ぎですが)、吊り下げている金具まで、あとちょっとで手が届きそうです。
「チャッチャッチャ!」と歌う声。
なにしてるの、と声がかかり、ぼくはちょっと気取って飛び降りると、声の方へまっすぐに行きました。
このとき公園にはほかに誰もいませんでした。
「繁雄ちゃん、見つかったんだって」
幼稚園の頃、真向かいに住んでいた小林美枝子。髪を頭のてっぺんで左右にきれいに分けて髪の先にゴムかなにかをつけています。そのゴムには花みたいな飾りがついています。
ぜんぜん、似合わない。
だけど彼女は、ぼくにとってはゴッホの「ひまわり」なのです。パーッと明るくなる。全体的に黄色っぽくて、可憐さはないけど存在感はすごい。妹が誰かに貰ったらしい切り抜いた小さなその絵を、机の前にいつも置いていたのです。
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