第31話 おにごっこ 2

 耕一は大人扱いしてくれる。彼は、ぼくにとって、憧れです。だって、探偵なのですから。

 そしてしばらくしてから、耕一は二階へまたやって来ました。

「美枝子って子な。市営住宅にはもういないんだってさ。一昨日に引っ越してる。一昨日だぞ。偶然じゃないだろう。え?」

 耕一が知り合いの新聞記者に調べてもらったのです。

 あの部屋にはすでに別の家族が住んでいて、東北の方へ引っ越したらしいと、その人たちが言っていたらしいのですが、どこかはわかりません。

 ぼくの周辺からいっぺんに人が消えていったのです。

 しかも、誰もぼくを探していません。

「気を落とすなよ。もうちょっと調べよう」

 耕一は店に降りていきました。

 キーッと鋭いブレーキ音。ジャギッとサイドブレーキがかかる音。バタンと乱暴に開くドア。誰か来たのです。

 窓に顔を寄せて下を見ました。真っ暗な空。何時かわかりませんが夜になっています。

 黒い大きな外国のクルマ、その後ろにタクシー。見慣れたタクシーがピカピカに光って見えました。

「お父さんだ!」

 ぼくの中で熱いものがこみあげてきました。これまであったこと、誘拐、倉庫、女のお人形のような服、グレ太とガル坊、耕一とハンバーグ。すべてが夢で、いま、父がすべてを明らかにしてくれるのです。

 ガチャンとなにかが壊れるような音。

「なにするのよ!」

「きゃー、やめて!」

 どうして店で暴れているのでしょう。

 父はいったい、なにをしているのでしょう。

 バタバタと階段を上がってくる足音。

 引き戸を開け放ったのは、耕一でした。いままで見たことのないほど真剣で怖い顔。

「来い。ここは危ない」

「お父さんが……」

「ん? なに寝ぼけてるんだ。危ない連中が来た。おまえが見つかると大変なことになるぞ」

 大変なこと。それはどういうことなのでしょう。ぼくの身にはすでに大変なことが起きています。それ以上のことなんて、考えつきません。

「こっちだ。服を着ろ。こっちのだ」

「嫌だよ!」

 耕一はぼくに例の女の子の衣装を着せようとするのです。

「着ろ。やつらが探しているのは男の子だからな」

「嫌だ、そんなの嫌だ」

「うるせえ」

 ここで言い争っている以上に、下の店では大きな音と叫び声がしているのです。

「黙れ。着ろ」

 耕一は布の袋にグレ太たちが用意してくれたぼくの服を突っ込むと、乱暴にぼく腕を引っ張って布団から引きずり出し、衣装を頭から被せてきました。気を失っていた間、ずっと着ていたのでしょう。臭くて湿っていて不快です。せっかく新しい下着、新しい服を貰ったのに。

「行くぞ」

 耕一はあの大きすぎる靴も持っていて、部屋の中で履けというのです。家の中で靴を履くなんて、外国人じゃないのに……。

 しかたなく足を入れると、すぐさま手を引っ張られて「こっちだ」といったん階段の踊り場へ出ます。手が握り潰されそうに痛いです。

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