第30話 おにごっこ 1
不安で悲しくて、目新しくて、お腹いっぱいになって、うとうとしながらガタガタと揺れる自動車でグレ太とガル坊の店に戻ったとき、ぼくはただただ悲しくて誰とも話をしたくなく、黙って二階へ上がりました。
心配そうなみんなの顔を見たくない、見ればまた泣きたくなるからです。
だけど、畳の部屋に布団が敷かれ、枕元に真新しい白い半袖のアンダーシャツとパンツが置かれていたとき、やっぱり泣いてしまいました。カーキ色の短パン、白いハイソックス、黒と赤のチェックのシャツと、水色のセーター。薄いけど上等のウールのようでVネックになっています。
体に合わない服を脱ぎ捨てて、新品の少しツルツルしたシャツとパンツを身につけました。ぼくのサイズでした。そのまま布団にくるまったのです。
美枝子がいればいいのに。これが冬眠ごっこだったらどんなによかったか……。
「寝てるのか」
耕一が来てくれていました。
「美枝子ちゃんだっけ。そっちのことも知り合いに調べてもらっているからな。なにか、わかるかもしれない」
耕一は、ぼくの周りから誰も彼もがいなくなっていることを、ただの偶然とは思っていないようです。ぼくを信じてくれていて、それはとてもありがたいことです。自分にはなんにもできない。それがとても悔しくて、情けないので、布団から顔を出す気になれません。
そんなぼくをからかう気か、布団を剥ぎ取ろうとします。
「しっかりしろよ、坊主」
「やめてよ。坊主じゃないし」
「うるせえ」
剥ぎ取られてしまったとき、ぼくは涙ではなく、笑顔でいられてホッとしました。
「ゲッ」
「おいおい、ゲップしただろ」
自然にハンバーグの味と香りが口から出てしまいました。
「うまかったか? え?」
耕一は笑いながら、ぼくのお腹を指で突っつきました。
「やめてよー」
「くすぐってやる」
くすぐられてゲラゲラ笑いました。
「ま、少し休んでいろ」
彼は、不要になった体に合わない服を持って店へ降りて行きました。
眠くはないのです。耕一のおかげでぼくは、少し落ち着いてきて、ちょっと温かい気持ちになっていました。服を用意してくれたグレ太とガル坊になんてお礼を言えばいいのだろう、と思っていました。
「あの子にコーラを飲ませたの!」
グレ太の大きな声が下の店から聞こえます。
「コーラぐらい、いいじゃないか」
「子供なのよ! まだ子供! それにあの子にも親がいるんですからね! たまたまいま預かっているだけなんだから。子供ならバヤリースとかカルピスでしょ」
「このあたりの連中で、そんなの飲むガキはいねえよ」
耕一の反論は弱いです。
「俊ちゃんをあんたたちの仲間にしないでちょうだい! いい? 俊ちゃんは天使なのよ! これからもいろいろ頼むと思うけど、そこのところ、ちゃんとやって。探偵なんでしょ」
ぶつくさ言う耕一の声ははっきり聞こえませんでした。
コーラぐらい飲んでもいい。ぼくはそう思ったものの、確かに父母なら飲ませたりはしなかったかもしれません。
それにぼくは天使なんかじゃないし。探偵だし。
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