第58話 さようなら 6
「人の能力を最大にするための脳の仕組み、心理的な技術について盛んに研究が行われているわ。天才をつくることも可能になるって」
「俊君はその?」
先生の言葉は途切れます。
その先はなんでしょう。実験台? ぼくはモルモット?
「だとすれば、誘拐された理由もわかる。この子にはもしかすると、かなりの秘密が隠されているのかもしれない。お店も興味を持つかもしれないわ」
彼女の言う「お店」はこの店のことではないようです。どこか別のところ。たとえば、そう、「ボガティル商会」。
「この子とハービーはどう関係していると言うんですか? 無関係じゃないですか? 姿を消した親は怪しいですけど」
「わかるはずがないでしょ。たとえ私たちが知ったところでなんの役にも立たない。いずれにせよ、あいつは小物だった。小物だったのに、お店では大騒ぎになったわ。待って。もしかしてハービーも?」
ハービーもモルモット。
「このことは、お店に報告しておくけど……。困ったわ。この子をどうすればいいのか簡単には決められない。かといって、下手に動けば、余計な人たちにも知られてしまう……」
八千代はかっこいい男の人に黒光りする電話を持ってこさせました。これほど長い電話のコードは見たことがありませんでした。
「もしもし。いつものカクテルの材料に興味はございますか? ええ。わかる方はいらっしゃる?」
そんな暗号で誰かを呼び出しています。
「ちょっと興味深いものを手に入れましたの。ですが、こちらでは持て余しております。大至急、どなたか寄こしていただけませんこと? 新しいカクテルに使えるかもしれません」
ボソボソとした声が微かに響きます。
電話が終わるとすぐ「あいつを黙らせて」と電話を片付けている男に命じました。
「なにしやがるんだ、この野郎」
耕一の抵抗は例の棒でお腹を突かれて、気味の悪いうめき声になってしまいました。
「耕一さん!」
タオルのような白い布と頑丈そうな麻袋を持ってきて、耕一の口を封じ、麻袋を頭からすっぽり被せてしまいました。
「俊君は賢いらしいじゃない。私たちにウソをついたら、あそこにいる耕一って人が酷い目に遭う。わかる?」
卑怯な鬼。
男はこれみよがしに黒い棒を見せつけ、それでパチパチと自分の手の平を叩いています。重そうです。一発で耕一を気絶させた道具です。何発もやられたら死んでしまうでしょう。
「なにがあったのかな? どうしてここまで来たのかしら?」
来たのは偶然。誰かに追われて逃げて来たのです。でも、それは八千代たちの言う「お店」の人たちかもしれない。それともまた別の人たち。中華街の人たちとも関係なく、警察でもない。警察なら堂々と乗り込んできたはずです。こそこそとグレ太たちの店を嗅ぎ回ったりしなかったでしょう。きっと八千代たちと同じぐらい後ろ暗く危険な人たちです。
そのことをいま正直に話しても、ぼくたちのためになるか、わかりません。
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