ブラッドシティ
本間舜久(ほんまシュンジ)
第1話 はじめに
──それは、過ぎ去った時を求めるものではなくて、わたしの過去の生活がその機縁=材料であるところの一つの芸術作品なのだ。それは、過去の援けをかりて定着された現在、となるべきであって、その逆ではない。──
(『泥棒日記』ジャン・ジュネ著、朝吹三吉訳、新潮文庫 P102)
新幹線といえば、東海道新幹線しかなかった頃の記憶。
東京を出発した新幹線の次の停車駅は新横浜だった頃。
ひかりとこだましかなかった頃。
新横浜駅を出てしばらくすると、山を開削した地帯を抜けていく。トンネルもあるが、多くは掘り込んで線路を通している。車窓としては、とてもつまらないものになる。昼間なら明るいのに、崖に遮られる。ときどき崖が途切れると、見知らぬ街が現われるのだが、すぐにまた崖に遮られてしまう。
私はそのわずかな瞬間に見える街が好きだ。新幹線が開業したころは、それでも速度もいまよりはわずかに遅かったし、高い建物も少なかったので、見ようという気さえすれば、街を目撃することができた。パッパッと瞬間的に提示されるその街には、家が並んでいたり、学校のようなものがあったり、空き地があったり、ガソリンスタンドがあった。
しばらくすると相模の平野が広がって、旅気分は高まる。テーブルを出して飲み物や駅弁を並べよう。
スピードはさらに上がり、小田原駅に向う。
だが、その頃になって、ストロボで一瞬照らされたように見えたあの街のことが気になる。あそこにも人がいて、私のような者がいて、息をして仕事をして食事して友だちがいて、遊んだり勉強したりケンカしているはずだ。
だが、私は永遠に、あの街の人たちと出会うことはない。もしそこが、血に染まっていたとしても、それを知ることもないのである。
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