第47話 おおあわて 5

 アカとは共産主義者の蔑称です。いまのぼくにはわかる。知識を得たからです。あの頃は同級生の言う意味がわかりませんでした。

 魚屋さんの革命は、もしかするとマルクスの革命とは違うかもしれない。耕一は不用意にぼくがなにかを口にすることを恐れていたのです。アナーキストで反体制の探偵は、魚屋と革命を企んでいるのでしょうか。

 見た目ではなにもわからないし、魚屋さんがただ魚を売っているだけの人ではないのだとすれば、どこに繋がっているのかもわからないのです。

「外に行こう」

 耕一はぼくを置いて、箱を持って魚屋と甲板へ出ていきました。

 のぞき窓から彼らを見ていました。声は聞こえません。

 箱の中から、数枚の紙火薬を取り出します。

 すごく小さな火薬なので、音ばかりですが、かなりうるさいので、公園でみんなでやっているとよく大人に怒られました。

 鉄砲に詰めなくても、コンクリートの上に置いて、石で叩くだけでパンパンと弾けさせることができます。

 2Bに比べれば大したことはありません。2Bは瓶に詰めて爆破させて瓶を割ったり、空き缶に詰めて空中に吹っ飛んだりするぐらいの力はあったのです。

 紙火薬や2B、コンクリートの壁などにぶつけて破裂させるかんしゃく玉、導火線のついた爆竹などは、危険でワクワクするオモチャで、大人には怒られますが男子には絶大な人気があり、コンバットごっこには欠かせない道具でした。忍者ごっこでも使います。

 ぼくは兄に従っていただけで、そうした火薬を直接触ったことはありませんでしたが……。

 魚屋は、あの封筒型のものを手にしていて、三分の一ぐらいの部分が簡単に抜けるような仕草をし、次に実際にやってみました。

 パパパーンと乾いた音が響き、派手な煙と火薬の臭いがしてきました。

 耕一は笑っています。魚屋も笑っています。

 紙火薬で革命をするとは、どういうことなのか。さっぱりわかりません。

 ただ、あれを見つけたとき、イヤな予感がして封筒を引き抜かなくてよかったと安堵したのでした。

 もし何も知らずに封筒を引き抜けば、腰を抜かしていたかもしれません。火が本に燃え移って火事になっていたかもしれません。

 オモチャのようでいて、使い方次第では、革命に結びつくのかもしれません。

 ブオーッと警笛が遠くで響きます。ここは港から近いので、さまざまな音、野良犬の遠吠え、誰かの怒鳴り声、エンジン音などが突如、聞えてくるのです。

 不思議と本を読んでいたときは、まったくそうした音は耳に届きませんでした。

「びっくりしたー」「なにやってんのー」「脅かさないでよー」といった若い女性たちの声。隣りの船の人たち。

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