第35話 おにごっこ 6

「出るな、ここから」

「どうして?」

 彼はタバコが切れたのか少しイライラしながら、どこかにタバコが落ちていないか探しています。

「ちぇっ」と彼は落ちた小銭を発見してポケットに突っ込みました。

「俊ちゃん。これは、おにごっこだ。鬼に見つかったら負けだ」

 鬼。どこに鬼が?

「相手はおまえの家族をどこかに隠した。友達の家を爆破したり、引っ越しさせたりしているんだ。おまえは誘拐されて、どういうわけか、鬼の届かないところに逃げることができたんだ。その女の子の服にも意味があるに違いない。いまは隠れろ」

「いつまで?」

「おれがいいというまでだ」

 自分の住処だからか、耕一はとても強そうな言い方をします。

「わかったか?」

「はい」

 ほかに返事のしようがありません。

「便所はこっちだ」

 船尾は、狭くて窮屈です。

「使ったら必ずこの鎖を引っ張るんだ。いいな」

 細い鎖がぶら下がっています。いかにも冷たそうです。

 薄暗いのでよく見えませんが、すごくキレイなわけではありません。古いし、耕一はあんまり掃除をしていないようです。

「それから、電話は出るなよ。おれが電話をするときは、一度電話を鳴らして切る。その次にかかったら出ろ。いいな。電話に出ても絶対に名乗るな。ただ聞くんだ。相手がおれだと確認できて、おれがなにか言えと言うまで黙っているんだ」

「はい」

「鬼は、おまえの知り合いのフリをする。おれ以外のヤツからかかってきても、信じるな。親でも兄弟でも友達でも、グレ太やガル坊でもだ」

「はい。でも、どうして耕一さんってわかるんですか?」

 彼だけがホンモノだとは言えないのです。

「よし。おれが名乗るときは、アナーキストの耕一って名乗る」

「あなー?」

「アナーキスト。覚えろ」

「アナーキスト、ですね」

「そうだ」

 こうしてぼくは船に置いていかれました。最初にしたことは、女の服を脱ぐこと。次にしたことは、マズイ水を飲むこと。恐る恐るトイレを使ってみること。思った通り川の臭いがし、音も聞え、鎖はとても冷たく濡れていて、気持ちのいいものではありませんでした。なんといっても狭いのです。川の真上にいるような不安があります。落ち着けないのです。

 不安定なのはイスも同じです。座ってみると、ゆらゆらとした気持ち悪さが続くのです。

 そこに置かれていたホコリっぽい毛布をかぶり、船内で一番明るい電球の下で、耕一の本を読み始めました。

 イスは木製で痛いので、寝床から座布団をもってきて使いました。

 パンは丸くて柔らかくて甘くておいしいのですが、ほかに食べるものがありません。パンと水。くたびれたら寝床で横になりました。耕一の匂いがする毛布。それはきっとニンニクかキムチなのでしょう。

 鬼ってどんなんだろうと思うこともありましたが、怖いのであまり考えないようにして、ひたすら本に集中しました。


 

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