第54話 さようなら 2
「捕まりたくないだろう?」
「どうして、ぼくが……」
誘拐されたのはぼくなのです。彼らは耕一たちを誘拐犯だと考えているのでは? ぼくを助けだそうとしているのかもしれません。助けてもらえれば、父や母や兄や妹に会えるのではないでしょうか。
また楽しい日常が戻ってくるかもしれないのです。温かく穏やかな日常……。ぼくがぼくでいられる日々。壁野俊として学校へ行き、友達と遊ぶ……。
もう少し力があれば、耕一を振り切ってGメンのところに戻れるかもしれない。そう思って、いきなり手を激しく振ると、耕一は油断していたのか簡単にぼくは自由になっていました。
「おい、なにするんだ」
ぼくは反対側へ駆け出そうとしたのです。
でも、そのとき、すぐ近くの路地へ入っていく人影を見てしまいました。
「あっ」
「なんだよ」
「先生……」
「ん? なんの先生?」
「担任の」
ぼくの担任。桐山紀音。特徴的なキツネっぽい顔つき。間違いありません。
「どういうことだ?」
わかるわけがないのです。
だけど彼女はわかっているはず。耕一が悪い人なのか。Gメンが悪い人なのか。ぼくは彼女を追いかけました。先生に教えてもらうのです。
「待て!」
耕一が追ってきますが、先生に追いつけばこっちの勝ちです。
鬼ごっこ。誰が鬼だかわからない。
はじめて味方に出会ったのです。
ぼくたち一家が引っ越していたなんて、いったいどういう意味なのか。なぜそんなウソを言ったのか。
追いつく前に、彼女はビルの中へ消えていきました。
「ちょっと待て」
耕一に背後から抱えられました。
「やめてよ! 先生がいたんだ。先生!」
「バカ。大声出すな」
「だって!」
「本当に先生だったのか?」
「間違うはずないじゃん!」
「だとすれば、まずい」
なにがまずいというのでしょう。耕一は先生に会わせたくないのでしょうか。すごい力でぼくを羽交い締めにし、進ませないのです。
目の前には先生が消えたビル。地下へ降りて行く階段。そして入り口に古めかしいガス灯のようなランタンが飾られています。
「赤いランタンだ」
何度かこれまで話に出てました。
確か「日本人の女の子が、ソ連のスパイと通じて、米軍の動きを聞き出している」と耕一が言っていた店。
そこに担任の桐山先生が入って行った……。
「あっ」
目の前でランタンが赤く灯りました。
先生が店に入って電気をつけた……。
味方なのか敵なのか。誰が鬼なのか。
ぼくは悲しくて怖くてドキドキし、どうしたらいいのかわからなくなっていました。
「あらっ!」
背後で女性の声。
振り返ると、そこに知っている女の人が立っていました。
「俊君。こんなところでなにをしているの?」
ゾッとしました。
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