第10話 はしたない 4

「ね、服、もう少し乾かしてから帰ったほうがいいよ」

「うん」

 兄の判断力、決断力、指導力に比べても、ぼくは優柔不断。「自分で考えろ」と兄にはよく怒られたものですが、事故のあとはそんなことも言ってくれません。

「ねえ、ここ」

 美枝子が押し入れをあけると、そこに布団が畳まれていました。

「わたし、ここ大好きなんだ」と言って、畳まれた布団の上の狭い空間に潜り込んでいきました。

「入ってみて」

「うん」

 なにも考えずに彼女についてそこへ入り込んだのですが、そもそも布団を三つぐらいに畳んでいれる空間なので、体が小さいとはいえ二人ではあまりにも窮屈です。

「ふふふ」

「ははは」

 だけどその密度がなんとも言えず楽しく、気持ちよく、彼女の香りと体温に包まれているのは最高の気分でした。

「冬眠しているみたいでしょ」

 この内緒の行為は、彼女が「冬眠ごっこ」と呼ぶものでした。お互いに病みつきになってしまい、それからちょくちょく続いたのですが、三回か四回目。

「あ、だめ、帰って来た」

 美枝子が慌てて押し入れから、水に飛び込むオットセイのように部屋に戻り、服を着始めました。ぼくもなにがなんだかわからず、急いで着たのですが、引き戸が開いて彼女の母親が現われるときに、まだズボンにシャツを押し込んでいました。

「あら」と笑顔だった彼女の母親ですが、二人の着衣の乱れに気づき、鬼のような顔になっていきました。

「なにしてたの!」

 どかどかと入ってきた彼女は、美枝子の細い手を引っ張り、その場に引きずり倒すとその横に正座し、いきなり美枝子のお尻を思いきり引っぱたいたのです。

「まったく! はしたない! なんだってこんな子になったのかしら。私のせい? 私が一人で育てているからなの?」

「ちがう、ごめんなさい、ごめんなさい」と美枝子は泣いています。

 母親の平手が彼女のお尻に落ちるたびに、ぞっとするような音が響きます。

「あんた、どこの子」

 突然、母親はぼくを睨みます。きれいな人なのに、怖くてなりません。

 名乗ってみると、押し黙り、「二度と来ないで!」と怒鳴られました。美枝子の母の目には涙がありました。

 それきり、ぼくは美枝子と口をきくこともなくなった、というわけではありませんでした。外では普通に話をしていました。

 美枝子は大人だな、と思ったものです。

「映画、行こうか」

 兄に誘われたのは成人式も終わり正月気分もほとんど町から消えようとしていた寒い日でした。

 ぼくは当時、テレビも映画もそれほど興味がありませんでした。誰一人、ぼくの方を向いて話しかけてはこないのです。どこかを見ながらなにかしゃべっていて、それがどうしても見たり聞いたりしなければならないような重要なことには思えませんでした。

 アトムはぼくの方を見てなにか言うときがあって、そこは好きでした。コマーシャルと天気予報も好きでしたが、コマーシャルは同じことを繰り返すばかり。天気予報は毎回違うのでまだマシです。ちゃんとぼくに向ってなにかを伝えようとしています。その意味ではニュースも悪くないけど、なにを言っているのかよくわからなくて退屈でした。

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