phase6 汚部屋

「いいか?そっとだぞ。そっと開けろよ」

「わかったわかった」


 背後の瑞希に急かされ、幸助は熱くなったドアノブに手をかける。時刻は午後1時過ぎ、瑞希の自宅アパートは猛烈な暑さの中にあった。瑞希から大体の話を聞き終えた幸助はとりあえず部屋を見てみようという流れになり、瑞希と並んでアパートにやって来たのだ。


 ドアを少し開けると隙間から身を切るような冷気が吹き出してくる。さらに何かの金属の塊がゴロゴロと転がり出てくるのを見て、幸助は無言でドアを閉めた。


「あっ、なんで閉めるんだ。暑いんだから早く入るぞ」


 瑞希が後ろから責め立ててくるが、幸助は真顔になって背後を振り返った。


「こんなことになってるなんて聞いてねえぞ、おい」

「ちゃんと散らかってるって言ったし」

「そういうのは『うち散らかっててごめーん』的な社交辞令だと思うだろ」

「アイテムで埋まってるとも言った」


 ふんと鼻を鳴らす瑞希に幸助は眉をひそめる。確かにそう聞いてはいたが、天井に迫るくらい山盛りとは聞いていない。


「いいから入れよ。早く涼みたいんだから」


 幸助は仕方なく再びドアを開けて中を覗き込んだ。瑞希の部屋の中は大量のアイテムで埋まっていて、一部は天井近くまで積み上がっている。大量の服や装飾品、武器に防具、本や巻物、液体の入った瓶、雑多な素材など、種類も数もバラバラだった。


 TV番組や動画で取り上げられるでもここまで酷いのはそうはないだろう。布団を敷くスペースどころか文字通り足の踏み場もない。床が抜けていないのが不思議なくらいだった。


「瑞希……お前、昨日こんなところでどうやって寝たんだ?」

「あの辺の壁際。適当に引っ張り出した服を下に敷いて」


 瑞希が指差したあたりには寝床代わりにしたと思しき服の山があったが、そこにも〈マルサガ〉のアイテムがかなりの高さまで積み上がっている。どうやったらあんな所で寝られるのか、幸助は開いた口が塞がらなかった。


「ありえねえ……」

「しょうがないだろ。夜中に大きな物音立てる訳にはいかなかったし、外なんか暑くて寝れんし」

「だからってなあ……寝返り打ったら滑落しそうだし、地震でも来たら生き埋めになっちまうぞ?」

「大丈夫だったからいいだろ。それよりちょっと冷房が効きすぎる方が問題かな。リモコンが見つからなくて調整ができないんだ」

「そりゃこんだけ空間埋まってりゃ冷えるだろうよ」


 瑞希が最初から家に呼び出さなかった理由が理解できた。こんなところでバーガーショップでのやりとりをすることになったら、途中で帰らない自信がない。


「いいから!早く入れ!」


 いつまでたっても中に入らない幸助にしびれを切らしたらしく、瑞希が背中を叩いてきた。体格差や手加減もあって痛みはないが、あの爪を考えると気が気ではない。本人は意識すれば引っ込められると言っていたが、明らかにまだ慣れていない様子なのでとても信用できなかった。


「入れったって、ドアの内側まで山裾やますそがきてるんだが」

「登ればいいだろ。あ、靴は脱げよな」

「何だって街中で登山する羽目に」

「ダイエットだと思え。お前はもう少し痩せた方がいいんだ。そら入った入った!」

「わかったから押すな」


 小さな手がぐいぐいと背中を押して部屋に押し込もうとしてくる。今の瑞希の力では幸助の身体はびくともしないが、入らなければ話は進まないと観念して足を踏み入れた。途端に冷えきった空気が火照った身体から熱を奪っていく。


「あー涼しい。アイテムも床も無事で良かった」


 ドアを閉めた瑞希は四つん這いになって尻尾を揺らしながら、アイテムの山を登っていく。クーラーの前まで移動するとTシャツの胸元を引っ張り、気持ち良さげに冷風を浴び始めた。一方、足元が不安でしょうがない幸助はそれどころではない。


「……登ったはしから崩れてきてるんだが?やっぱ無理だろこれ」

「お前が重すぎるんだ」

「今のお前と比べんな。こんな有様でよく昨日〈マルサガ〉にログインできたな」

「ああ、〈バーサルウェア〉も埋まってなかったからな。ほらそこ」


 瑞希が指差した先、アイテムの山の上に見慣れたヘッドギアとグローブが転がっている。電源や通信回線がどうなっているのか不明だが、ログイン出来る以上はつながっているのだろう。


「こんなのすぐにはどうしようもねえぞ。外に出すだけで何日かかるか」

「その前に大家にバレたらまずい。だからお前に手伝ってもらおうと思ってさ」

「どうにかして〈保管袋ストレージバッグ〉開けねえの?ゲームみたいにパパッと収納すりゃ楽に片付けられるだろ」

「思いつく限りのことはとっくにやったよ。メニューウィンドウすら開けないんだからどうしようもない」


 投げやりに言った瑞希はクーラーの前で長い髪をかき上げ、冷風をうなじに浴びて気持ちよさげに目を細めている。〈保管袋ストレージバッグ〉は重量制限こそあるが、大量のアイテムを手ぶらで持ち歩くことができる。RPGに限らずゲームではあって当たり前の機能であり幸助もそれに期待したのだが、今の瑞希にはどうやっても使う事ができないらしい。


 途方に暮れた幸助は目の前に転がっていた綺麗な小瓶の一つを手に取った。それは〈マルダリアス〉で見慣れた回復薬そのものだった。


「あっちから出てきたってんなら、あっちに持ち帰れたりしねえか?」

「それも試した。手に持ったり身に着けた状態でログインしたけど無理だったよ。そもそもゲーム内のアイテムもなくなってなかったしな」

「わからんぞ?咥えるとか飲み込むとか」

「咥えるはまだしも、飲み込むなんて出来るか」


 仮に飲み込んで持ち帰れたとしても、この膨大な量を前にしては何の意味もないだろう。瑞希のジト目を浴びながら幸助は顎を撫でつつ考えを巡らせた。


「この辺の宝石とかアクセサリーとか少し売って片付け屋を呼べば良くね?」

「やっぱりそれしかないか。今の俺じゃ門前払いだろうし、荷物持ちを兼ねてお前についてきてほしいんだ」


 確かに今の瑞希が質屋に行っても相手にしてもらえないだろう。身元が証明できないし小学生くらいにしか見えないのだから。中身は成人してますと言ったところで追い出されるか、警察を呼ばれるだけだ。


「そのくらいならお安い御用だぜ」

「助かる。山分けにするからなるべく高く売ろうぜ」

「本気かよ。これ全部本物なら結構な額になると思うが」

「手伝ってもらうんだから当然だろ。残りはひとまずはトランクルームでも借りて詰め込んでおくしかないだろうな。下手に捨てて何かあったら困るし」

「いや待て。人手集めて運び出すのはいいとして〈マルサガ〉のアイテムを知らない人間はやっぱりマズくねえか」


 山と積まれたアイテムの中には、武器はもとより毒や爆発物といった危険物も含まれていることだろう。扱いを間違えると大惨事になりかねないし、植物などは生態系的な意味で問題になりかねない。そうでなくても地球上に存在しない物品が大量にあることを考えるとやたらな人間に手伝ってもらうのはリスクが大きい。


「じゃあどうしろってんだ。ネオリック社に問い合わせたってキチ〇イ扱いされるだけだぞ」

「〈マルサガ〉の知り合いに頼むんだよ。事情を説明した上で日当出すって言えば、来てくれる奴は何人かはいると思うぞ。こんな状況、〈マルサガ〉プレイヤーなら絶対興味あるだろうし、俺がその立場だったらタダでも駆けつけるぞ?信じてもらうまでが大変だろうがな」


 〈マルサガ〉のアイテムの扱いを理解している人間となれば、必然的に〈マルサガ〉のプレイヤーということになる。しかし幸助の言い分を聞いた瑞希は表情を暗くした。明らかに乗り気ではない様子だった。


「それも考えはした。でも出来れば知り合いは巻き込みたくないんだ。前に話しただろ?俺と親しくしたら大怪我したり死ぬかもしれないって」

「だったら俺なんてとっくに死んでなきゃおかしいだろって結論も出したはずだぜ。お前だってそう思ってるから俺を頼ったんだろ?」

「それは……そうなんだが……」

「偶然だよ偶然。仮に呪いだの厄だのがあったとして、お前がここまで別人になっちまったら打ち止めだろ」

「どうだか」

「何にせよ〈マルサガ〉内で事情を説明して、信じてもらわんと始まらんしな。俺が証人になるから何とかなるだろ」

「他に手はないしそれで行くか……そうと決まれば早い方がいい。質屋に持って行く物を選ぼうぜ」

「よし。低い所は俺が見るからお前は高い所探してくれ」


 元気良く返事をした瑞希がアイテムを物色し始めるのを見て、幸助の頬が緩んだ。見た目こそ〈マルサガ〉のティリアそのものだが、中身は間違いなく幼馴染の鍵森瑞希かぎもりみずきだという確信が得られたからだ。


 実はハンバーガーショップに居た時からずっと、幸助は瑞希の反応を観察していた。やたらとふざけていたのも反応を見る為だ。その結果、姿形が変わっても幼馴染は間違いなく生きていると分かった事は、幸助にとって何よりも喜ばしい事だった。

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