phase58 脱出
壁に開いた大穴から水がこんこんと滲み出して来ている。一歩間違えれば生き埋めになっていたかもしれないと思うと、幸助の背筋にうすら寒い物が走った。
「し、死ぬかと思った……地下であんなもん使うとか正気かよ……」
「手負いとはいえ、あやつを倒し切るにはこれしかなかった。これでも相当絞ったのだぞ」
「って、それどころじゃねえ!瑞希は!?」
そこに、金色のオーラを纏った瑞希が歩いてくる。天野に殴られた傷はどこにもなく、服にも汚れ一つなかった。しかしその表情はやはり、いつもの瑞希とは明らかに違っていた。
「……お前が『ミトラ』ってやつなのか?」
「あの人はそう呼んでた。でもあたしは『ティリア』の方が好き。瑞希がつけてくれた名前だから」
「……なるほど、合作だったってことか。あいつがこんなに可愛いキャラ作れるわけねえと思ってたぜ」
「ホント?嬉しいな」
ティリアが無邪気な笑顔を浮かべる。薄々分かっていたのでさほど驚きはないが、名前をつけたのが本物の瑞希だと聞けたことは収穫だった。それに、ティリアがその名前を喜んで受け入れているということも。
「……聞かないの?」
「何を」
「あたしが何なのかって」
「興味はあるが今はもっと気になる事があるんでな。瑞希はどうなってんだ?寝てるのか?」
ティリアは急に表情を曇らせる。嫌な予感が幸助の頭をよぎった。
「幸助。落ち着いて聞いて。瑞希はもう、いないの」
「冗談はよせよ。あれだろ、お前が起きてる時はあいつは寝てるってパターンなんだろ?二重人格っていや大抵そういう」
「あなたを助けるために記憶を、あたしを完全に起こしちゃったから」
「だったらお前が寝たら出て来れるってことじゃないのか」
ティリアはふるふると首を振った。嫌な予感が強くなる。
「あたしが眠ってたのは、瑞希があたしと混じらないようにするため。一度混じってしまったら、もう分けることは出来ないから」
「はあ?どういうことだよ。分かるように言ってくれ」
「あたしと比べて瑞希は小さすぎるの。今、瑞希はあたしの一部ではあるけど、あたしはあなたが知ってる瑞希にはなれない」
「それじゃあいつは……あいつはどうなるんだ!?」
幸助は痛みも忘れてティリアに詰め寄った。しかしティリアは悲しそうに俯いたまま何も答えない。
「……ふざけんな!!こんなバッドエンドあるかよ……!」
怒りのままに水面に拳を叩きつける。瑞希は、瑞希だけは大丈夫だと思っていた。玲一や紅美と違って変わっても変わらなかったからだ。だがそれは甘えでしかなかったのだ。
さらにそうなった理由が自分を助けるためだったというのだから、気持ちの持って行く先が見つからなかった。
「ごめんね、幸助……あの時あたしと出会わなければ、瑞希もあなたも」
「……お前は、悪くねえだろ……自由に好きなとこに行けるなら、あんな山の中に埋まってねえだろうしな……」
「身体を治した時、瑞希はあたしとつながっちゃったの。そのせいで、ずっと辛い目に遭うことになって……」
「……そうだったのか」
今思えば、あの時の瑞希はほぼ間違いなく致命傷だった。そんな傷をあっという間に跡形もなく癒すなど、人類が知り得る医学では不可能だ。その後の瑞希の並外れた不運や、謎の体調不良はその反動だったということか。
だが、そうであってもティリアを怨む気持ちは起きない。ティリアに治してもらえなければ、瑞希はあそこで死んでいただろうからだ。結局、悪いのはあんな所に連れて行った自分なのだ。
「それだけじゃない。あたしはあなたに会いたくて、瑞希にとりかえっこをお願いしたの。ずっと見ていて、瑞希ならきっと断らないって分かってたから」
連休初日、駅のハンバーガーショップで会ったあの時、既に瑞希はこの世にいなかったのだ。それからずっと鍵森瑞希のロールプレイをするティリアを瑞希だと思い込んでいたのだ。
今となっては思い当たる節もあったが、そんなことはありえないと否定していた。目の前にいる瑞希が別人で、本物の瑞希がもう死んでいるなどとは思いたくなかったからだ。
「……それがあいつの望みだったなら、俺は何も言えねえよ。結局すべての元凶は俺なんだろうよ。あいつが死んだのも、鬼島さんや竜宮さんの事も、こんな事件が起きたのも」
子供の頃の自分の軽はずみな行動が、親友の人生を台無しにした挙句、絶望の果てに遠回しな死を選ばせた。さらに何万もの人間を死に追いやる事件のきっかけとなったのだと分かれば、さすがにショックは大きかった。
「幸助。あたしはあなたにお礼が言いたいの」
「……礼?」
打ちひしがれる幸助の頬にティリアがそっと手を添えてくる。
「そう。あなたのおかげで瑞希がどれだけ救われてたか、私は知ってる。私の中にいる瑞希がそう言ってるから。ありがとう、幸助」
「瑞希が……?」
「信じられない?」
「……」
信じられなくはない。でも信じてはいけないと思った。自分のせいで瑞希が無くした物があまりにも大きすぎるからだ。「お前のせいで」と責められた方が楽だった。思い返せば玲一も紅美も自分を責めることはなかった。それだけに罪悪感が重くのしかかってくる。
「ふふ、仕方ないなあ」
「……お、おい?」
気が付くとティリアの顔がすぐ近くにあった。かすかに潤んだ金色の瞳が、何かを期待するように輝いている。本当の中身を知る前なら「気色悪いから離れろ」と怒鳴れば済んだ。そもそもこんな体勢にならないだろう。だが男でもなければ瑞希でもないと知ってしまった事で、心理的なハードルが下がってしまっている。
助けを求めて振り返るが、頼みの
「(ここは私に任せろ。邪魔はさせない)」
「(あああ!ティリアに触れるでない!放せディアドラ!)」
テレパシー能力なんてなくても言いたいことはわかった。このままでは本当に取り返しのつかないことになると、全身から冷や汗が噴き出した。
「幸助」
両の頬に爪が食い込み顔を引っぱられる。否応なしに振り向くと、ティリアの顔がすぐ目の前にあった。「やだ、この子ったら見た目通りの超肉食系女子!」などと脳内でふざけてみても、目の前の問題は何も解決しない。
「ちょっと待て!待とうか?な?」
「8年も待ったよ」
それは違うだろうと言いかけたところで、お互いの鼻が交差する。その直後、ティリアがさっと身を起こした。これ以上ないくらい大きく目を見開いて凝視してくる。その顔がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。
「~~~~!!」
耳をつんざく少女の悲鳴が耳を直撃した。追撃に飛んできた平手打ちが、頬をしたたかに打つ。
「な……な、な、何してんだバカ野郎っ!!お前、よりによって俺にキ、キ……」
ティリアは手の甲で何度も唇を擦りながらフェリオンの陰に隠れた。
「な、何ってお前の方から……ってお前、瑞希なのか!?」
「俺が俺以外のなんだってんだよ!お前だって保証するって言っただろうが!」
「も、もちろん、だが……」
瑞希の表情や仕草はいつものそれのように見えた。何よりも先程まで身に纏っていた金色のオーラが消え失せている。つまり、そういうことなのだろう。
「やられた……とんでもねえ女優だよ、お前は……」
「は?」
幸助は自分がティリアに騙されていた事を理解した。瑞希の演技力は幼稚園児レベルでも、ティリアの方はアカデミー賞女優並に達者らしい。しかしあんなの反則だろうと言ってやりたかった。
「ちくしょう、今日は騙されてばっかたぜ……」
「ふ、ふはははは!私はティリアを信じておったぞ!そうとも、おぬしなどに唇を許すはずがないと!未遂だ!そうだろう!?そうだと言え幸助!!」
「あっ、あっ、やっ、やめっ、噛むっ、舌噛むっ」
飛びついてきたサイカに襟首を掴まれてがっくんがっくんと揺さぶられる。幸助も出来るなら未遂であってほしかったが、唇に残る柔らかな感触と温もりは事実であることを告げていた。
「……あれ?よく見たら皆ボロボロじゃないか!?俺が気絶してる間に何があった?天野はどこに!?」
「もう全て片付いたよ、ティリア」
「アジールもこの程度でくたばりはせん。食い意地と頑丈さだけが取り柄だからの」
「言ったはしから起きたようだ。次に戦うのが楽しみだな」
ディアドラの言葉で目を向けると、ボロ雑巾のようになって倒れていたアジールが苦し気に唸っていた。
「アジール。自分が何をしたのか覚えているか?」
「ああ……あの野郎の言いなりにお前らとやり合って……ボコボコにされた」
「どうやら正気にもどっているようだの」
サイカはリュックサックから〈回復薬〉を取り出して全員の傷を癒していく。アジールはもちろん、自身やディアドラの傷も決して軽くはなかったからだ。幸助は瑞希の応急手当を受けるが、あんなことをしてしまったばかりなので非常に気まずい。
「目、瞑ってろ……いいって言うまで絶対開けるな」
「お、おう」
そんな幸助をよそに傷が癒えて身を起こしたアジールは面目なさそうに項垂れた。
「面目ねえ。でもアレはマジでやべえわ。分かってても逆らえねえっつーか、逆らおうって気すらなくなっちまう」
「頭の中すら思い通りとなれば、確かに好き放題であろうな」
「ディストピアか」
「でも何でお前らには効かなかったんだ?」
それについては幸助も疑問に思っていた。アジールとサイカ達で何が違うのか。すぐに思いつくのは変異前の記憶の有無である。ではどうしてサイカとディアドラにだけ詳細な記憶が残っているのか。困った時に頼る相手は決まっている。
「ティリアとの愛と絆の強さ故であろう」
サイカは本気とも冗談ともつかない答えを返してきた。しかし本当に見当もつかないのか、心当たりがありながらとぼけているのか判断がつかない。
「ええっ!?俺は別に……いや二人の事はもちろん大事だけど……」
「なるほどなあ。そのうち俺も同じくらいティリアと仲良くなってやるぜ!」
「ま、まあ……でも天野はサイカが倒したからもう心配は……ん?」
瑞希とアジールが同じ方向を振り返る。何事かと目を開けてそちらを見ると、シレニーが息を吹き返していた。敵ではあったが、洗脳の被害者である可能性が高いし、放っておくわけにはいかない。傷は相当酷くスーツもボロボロで、色々な意味で危ない状態だった。
「負け……ですね……」
「ああ。でもあんただって洗脳されてただけなんだろ?ならもう俺達は敵じゃない」
「洗脳……たしかに……でも、あの人は……迎え入れて、くれました……何も分からず彷徨っていた私を」
傷の痛みに喘ぎながらシレニーは懸命に言葉を紡いでいた。
「みんな、俺はこの人を助けたい。いいよな?」
「おうよ。俺はもう良いから彼女を」
「異存はない。急いで傷を癒さねばの」
全会一致となり幸助とアジールは少し離れた場所に追いやられる。瑞希はサイカとディアドラを呼んでシレニーの手当てを始めた。〈回復薬〉で傷を癒しボロボロの服を着替えさせているようだった。瑞希の服は試すまでもなく無理だとわかるが、ディアドラの服なら問題ない。
「ああ……一つだけ、思い出しました。目が覚める前、どこともわからない場所で苦しんでいた私に手を差し伸べてくれた女の子のことを。あれは間違いなくあなたでした……ティリア」
「おっ、お前もか!やっぱ俺だけじゃねえんだな!」
「痴れ者が!こっちを見るでない!」
サイカに怒鳴られたアジールは、電流でも流されたようにパッと後ろを向いて首を縮める。ばっちり格付けが済んでしまったようだ。
「そんなこと言われても、俺にはそんな覚えは」
「……天野の口振りでは、我らがこちらに来るには〈バーサルウェア〉が必要という話だった。そして、その素材に使われている〈毛玉〉とは『ミトラ』が生み出すものだ」
「ん……ああ、なるほど」
そこまで聞けば、サイカが言わんとすることは幸助にも分かった。『ミトラ』の分身がティリアなのだから、その端末である〈毛玉〉が使われている〈バーサルウェア〉と無関係のはずがない。天野が死んだ今、そのあたりの詳細を知っているのは、あの金色オーラ付きのティリアだけなのだろう。
「……ディアドラ、わかる?」
「いや」
瑞希とディアドラはピンとこないらしい。アジールは最初から考えることを放棄していた。
「つまりだな、さっきちょっとだけ出てきた金色オーラ付きの
天野の言う通りなら元の人間を上書きしているはずなので、そちらからしてみれば助けるどころではない。だがシレニーにとってみればそういうことなのだろう。そもそも〈マルサガ〉がなければ、『ミトラ』がなければ、などと言うのは簡単だが、それを言っても始まらない。
「SSRって……じゃあ光ってない俺はコモンかよ……」
「いや少なくとも
「たわけ。ティリアの価値はそんな安っぽい言葉で表せるようなものではない」
サイカが声に苛立ちを滲ませる。普段ならきっちり仕切ってくれるのだが、瑞希が絡むと途端に暴走してしまうのは困りものだ。
「とにかく、私にとってティリアは恩人です。あの時あなたが手を差し伸べてくれたおかげで私はこうしていられる。そんな気がするんです。そして今も」
「何か照れくさいな……これでよし。幸助、アジール、もうこっち見てもいいぞ」
「おう、おつかれ……おお」
戻って来る女性陣の最後尾に立つシレニーを見て、幸助は胸の内で喝采を送った。幸助が求める理想の一つがそこにあったからだ。ディアドラはカッコイイ感じの美女だが、シレニーは儚げで落ち着いた感じの美女だ。スタイルもストライクゾーンど真ん中である。
シレニーを作ったプレイヤーは間違いなく自分の同志だと確信した。己の目でその成果を確かめられないのは無念だろうが、同志たる自分が堪能することがせめてもの供養になるだろうと、幸助は胸の内で顔も知らぬ誰かに手を合わせた。
「……おい!幸助!」
「な、なんだ。そろそろ帰るのか?」
「『ミトラ』をどうするかって話だろ。さてはシレニーに見惚れて聞いてなかったな?見るからにお前の好みのタイプだもんなあ」
瑞希の一言でシレニーが表情を硬くする。こちらの好みを知り尽くしているだけにこういう時はやりづらい。
「いやいや聞いてた聞いてた。お前なら何とか出来るだろ。何せ分身なんだからよ」
「無茶言うな。みんなが会ったっていう金オーラ付きのティリアなら出来るかもしれないけど、俺は何にも知らないし出来ないぞ。今だって半信半疑なくらいだし」
腕組みして考え込む瑞希の様子に不自然な様子は見当たらない。だがあのティリアのことなのでとぼけている可能性も否定できなかった。
「そうだ、シレニーは何か知らない?」
「『ミトラ』がある場所は知っています。でも、そこに入る方法はあの人しか知りません。かといって力づくで侵入するのも難しいでしょう。周囲は『断絶領域』と同じ状態になっているので私達は力を奪われてしまいますし、物理的な手段を使うとしてもよっぽどでないと」
「となると、SSRティリアでもなきゃどうにもならねえな」
「SSR言うな。でもそれならほっといても誰も手出し出来ないんじゃないか?」
その時、干物にした虫型エネミーを頬張っていたアジールが、キョロキョロと周囲を見回し始めた。
「おーい、ティリア。何か妙な音が聞こえねえか?」
「うん?あ、ホントだ。何の音だろ、これ」
「おい、またかよ。もう腹いっぱいだぜ俺は」
「あの……ごめんなさい。私のせいです」
申し訳なさそうに目を伏せるシレニーに合わせるように、部屋全体がカタカタと振動し始める。遠くから地鳴りのような音が聞こえてきた。
「な、何したのシレニー?」
「先程の戦闘で、このままじゃ負けると思って、やぶれかぶれで大技を」
「はぁ!?何でもっと早く言ってくれなかったのさ!?」
「ごめんなさい。そのあとすぐやられてしまったので、使った事を忘れてて……」
「マジか……」
メインキャラクターのネレウスが同じ種族だっただけに、幸助はシレニーが使ったという大技の目星がついた。十中八九、〈
大量の水を呼んで津波のような大洪水を起こし、水そのものや漂流物、あるいは水棲生物によってダメージを与え、ありとあらゆるものを押し流す超広範囲攻撃だ。発動が笑えるほど遅い、という欠点も一致するのでまず間違いないだろう。当たり前だがこんな場所で使うものではない。
「急ぎ脱出するぞ!」
「あの……」
「話は後!急いで!」
シレニーが恐縮しているが今はそれどころではなかった。ディアドラを先頭に入って来た通路をひた走る。後ろで何かが吹っ飛ぶような音がして、大量の水が飛沫を上げて追いかけてくるのが見えた。
「ひっ……水はもう嫌だ!」
トラウマを刺激されて瑞希が悲鳴を上げる。ディアドラが先行して隠し階段を起動させに向かい、瑞希はフェリオンに跨って廊下を駆け抜ける。大荷物を背負ったサイカが続き、アジールと幸助は最後尾だ。
「って、おい!シレニーがいねえぞ!」
「なんだって!?」
「む……だがあやつとて我らと戦えるほどの〈
サイカの言う通りなのに加えて、この場所についてはこの場の誰よりも詳しいはずなので、自力で脱出してくれると信じて走り続ける。
「や、やべえ、追いつかれる……!」
元々の身体能力の差、それに怪我のせいもあって一人遅れる幸助の背後に水の壁が迫ってくる。すぐ前を走っていたアジールが横に並んできた。
「遅え!乗れ!」
「無茶言うな!こちとら馬すら乗った事ねえんだ!」
「だったら俺が担ぐ!」
「おわっ!?」
幸助はアジールの肩に担がれて荷物のように運ばれる。自分がやられる方になって分かったが、乗り心地は控えめに言って最悪だった。ガクガクと身体を揺さぶられているとあっという間に気分が悪くなり、吐き気がこみ上げてくる。
「は、早くしてくれ……で、出る……」
「俺の上で吐いたらぶっとばすぞ!」
アジールに担がれたまま地上に飛び出した。その直後、隠し階段から大量の水が吹き上がり、ネオリック社の一階部分はあっという間に水浸しになっていく。そのまま敷地の外まで駆け抜け、水が来ない位置まで来たところで幸助はようやく地面に降ろされた。
「あんがと、よ……うぉぇ……」
「おうよ。ティリアに頼まれてたってのはあるが、今んとこ男は俺とお前しかいねえからな。死なれたらマジで居辛えんだわ」
「ああ、わかる……絶対ストレスでハゲるわ……」
先に脱出したディアドラとサイカは、異変を察知して集まって来たエネミーを追い払っているらしく、時折咆哮や轟音が聞こえてくる。幸助が地面に倒れたまま息を整えていると、フェリオンに跨った瑞希が駆け寄ってきた。
「二人とも無事で良かった。ところでシレニーは見なかった?」
「いや……俺はいっぱいいっぱいでよ……」
「俺も見てねえな」
「そっか……」
「少なくとも溺れる事はねえだろうし、サイカやディアドラと戦えるくらいには強えんだから大丈夫だろ」
「もう一回、手分けして見て回ってくる」
「なら俺も行くぜ」
「いや、アジールは幸助を頼むよ」
そう言ってフェリオンと二手に別れて走り去った瑞希だが、さほど時を置かずに戻って来る。理由はすぐに分かった。どこで合流したのか、シレニーを連れていたからだ。
「皆さん。よくご無事で」
「あんたも無事で良かった。でもいつの間に?」
「俺もすぐそこで会っただけだから、まだ聞いてない。シレニー、どうやって脱出したの?」
「あの応接室の隣に外への直通ルートがあるので、そこから……」
「「……は?」」
全員の声が重なった。そんなものがあると知っていたら地獄のマラソンをしなくても済んだのだから。疲労が一気に押し寄せてきて、幸助は地面にひっくり返ってしまった。
「何で先に言ってくれねえんだよっ!」
「言おうとしたんですが、皆さん忙しそうで……」
「確かに「話は後」って言ったけど……言ったけどさあ!」
「すっげえ腹減って来た……」
安堵と共に襲ってきた強烈な睡魔と戦いながら、女性陣で一番ヤバいのはこの女かもしれない、と幸助は思った。
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