今時のロールプレイングゲーム ~幼馴染と獣少女~
冷凍螽斯
一章 異変の始まり
phase1 とりかえっこ
「ミズキ。カギモリミズキ。ひさしぶり」
「……!?」
唐突に聞こえた声に驚いた
「い、今確かに声が……」
瑞希はしつこく周囲を見回したが部屋の中には誰の気配もない。画面の中では瑞希が作成したキャラクターの一人である少女が、不思議そうに首をかしげて瑞希の様子を見守っていた。
「どうしたの?またどこかいたいの?」
声に合わせて画面の中の少女の口が動いている。瑞希は目の前で起きている事態を認めざるをえなかった。しかしそれはあまりにも理不尽で、自分の正気を疑ってしまうものだった。このゲームの
そもそも瑞希はこのゲームの中で本名など使ったことはない。ゲームを始めるにあたって個人情報を登録した運営会社と、極わずかな親しい人間を除いて瑞希の名前を知る者はいないはずなのだ。運営という線は考えにくいので、知り合いの誰かが漏らしたのかとも思ったが、瑞希はすぐにその考えを打ち消す。彼らがそんなことをするはずがないと信じているからだ。
「……別に。よく分からん奴に楽しい時間を邪魔されてイラついてるだけだ」
そもそもこの状況が異常すぎる。ゲームのキャラクターが意志を持ったように話しかけてくるなんて夢でなければ狂気の
(何なんだこれ。誰かにハッキングでもされてんのか?俺のキャラ使って勝手な事を
瑞希は不安を押し殺して入力デバイスを操作するが、何をどうしてもまったく反応がない。完全にコントロールを奪われてしまっているようだった。どうにか復帰できないかと苦闘している瑞希をよそに、地面に座りこんだ少女は話し続ける。
「ミズキ。あたし、ずっとみてた」
「いきなり何の話だ。そもそもお前はどこの誰なんだよ」
正体不明の相手に対する不安から言葉が荒くなる。容姿こそ見慣れた自分のキャラクターのものだが、中身は誰とも分からない。こんなことをしてくる相手に心当たりはないし、オンラインゲームのシステムを乗っ取るようなスーパーハッカー様の知り合いなどいるはずもない。少女はそんな瑞希の態度もまるで気にせず、心の中を見透かすように見つめてくる。
「ずっとまってた。あのときからずっと。もうまてない」
いかにも重そうな背景を匂わせる発言が飛び出すが、心当たりが無いものはないし
この〈マルチバースサーガ〉略して〈マルサガ〉において瑞希は二人のキャラクターを作っていた。一人はメインキャラクターのルインであり、もう一人が今どういうわけか勝手に話しかけてきている少女、ティリアである。
ルインは瑞希の分身として鍛え上げられ、貴重なアイテムで身を包み、幾多の困難な依頼や挑戦を達成してきた強力なキャラクターだったが、ティリアはというと倉庫番か観賞用という扱いだった。ゲームに慣れてから作成したせいか、その外見は作った瑞希さえ信じられないほど出来が良かったが、逆に言うとそれだけで満足してしまっていた。
キャラクターとしての総合的な強さを表す〈レベル〉は初期値のままだし、キャラクター強化につながる〈ミッション〉も手つかず。やる事と言えばルインで不要になったアイテムの保管と整理くらいだった。
というのもルインで遊ぶのが楽しくて、ティリアを一から育てる気が起きなかったからだ。半端にレベルを上げてしまうとズルズルと時間を割かれ、ルインでのプレイに支障が出てしまうと思い、意識してレベルを上げないようにしていたくらいである。
ティリアの身になってみれば、そんな扱いに不満を抱えるのもおかしくはないが、データの塊が感情を持って不満を感じるなどあるはずがない。〈マルサガ〉は全ての台詞に音声が付いているフルボイスのゲームではあるが、自分のキャラクターが勝手に
「だから、とりかえっこしようよ」
キャラクター選択画面の夜空をバックに、ティリアがゆっくりと立ち上がった。空には現実より大きな月が
全ては画面の中の出来事でしかないはずなのに、まるで本当に目の前にいるかのような錯覚を瑞希は覚える。
「……とりかえっこ?」
「うん。そうすれば、すべてがかわる」
夢であればそれでいい。そうでなければ質の悪すぎる悪戯かオカルトである。しかしここまで手間をかけて見合うものがあるとは思えなかった。では後者なのか。瑞希は己の境遇もあってそういったものの存在を完全に否定はしないが、この状況がそうだとは思えなかった。何かしらの説明がつくはずだと信じている。ただ一つ、気になったのはとりかえっこという単語であった。
「とりかえっこって、何と何を取り換えるんだ」
怖いもの見たさから瑞希がそう口にした途端、ティリアはにっこりと笑った。その笑顔は作ったはずの瑞希さえ、一瞬見惚れてしまうほど可愛らしいものだった。
「あたしのからだを、あなたにあげる。あなたのこころを、あたしにちょうだい。」
予想すらしていなかった返答が返ってくる。瑞希は精いっぱいの皮肉を込めた笑みを浮かべて目の前の少女の顔を見つめた。
「ははっ、精神交換ってことか?まるでSFじゃん。さしずめお前は地球を侵略しにきた宇宙人か?」
こんな回りくどいことをして何を言うかと思えば、とんだ時間の無駄だったと瑞希は舌打ちした。人を馬鹿にするにも程があると本気で腹が立ってくる。しかし怒りを
(待てよ。確か今日は俺の誕生日……だったか。ってことは)
ここにきて瑞希はようやく納得の行く結論を導き出した。〈マルサガ〉をプレイするには正確な個人情報が必要だが、そこで入力した誕生日にログインするとゲーム内でちょっとしたプレゼントがある。この頭のおかしい状況もその一環で、話の内容的に「キャラクターの種族変更サービス」か何かだと思えばしっくりくる気がしたのだ。
というのも〈マルサガ〉では一部の例外を除き、キャラクターの種族は途中変更できない。だからこそ1年に1度の誕生日プレゼントとしては相応しいと思えたからだ。いくら雰囲気重視だとしても回りくど過ぎるイベントで、瑞希としてはこのイベントを考えた開発スタッフに文句の一つも言ってやりたい気分である。
「わかったわかった。何でもしてやるからさっさと済ませてくれ」
瑞希はなげやりに言い放った。そうと分かってしまえばこの後の展開も想像がつく。どうせそれっぽい会話の後で種族変更アイテムなりをよこすのだろう。キャラクターの種族を変えるつもりはないので倉庫の肥やしになるだろうが、そんなことより今は一刻も早くゲームの舞台〈マルダリアス〉に行きたかった。今夜は多数のプレイヤーが参加するユーザーイベントの約束があったので、早めにログインして準備しておきたかったのだ。
それにありえないことではあるが、万が一言葉通りだったとしても、それを拒む理由が瑞希にはなかった。
「ありがと」
ティリアが近づいてくる。無論それは画面の中の出来事でしかないが、ここまできたら最後まで乗ってやるべきかと瑞希も手を伸ばした。イメージの中で手と手が触れ合った瞬間、カチンという音が押して画面が暗転する。いつの間にか音楽も止まっており、瑞希は暗闇と
演出なのだろうと思い、暗闇と静寂の世界でしばらくじっとしていたが、何かが起きる気配は感じられなかった。やがて状況に飽きた瑞希は大きな溜息とともに頭を振る。
「散々思わせぶりな事言っといて、これで終わりか?バースデーイベントじゃないのか?マジで時間の無駄だった……」
とはいえ依然として操作は受け付けず、いかんともしがたい状況だった。もはや強制終了するしかないと瑞希が考え始めた時。
「ハッピーバースデイ。
「っ!?」
後頭部から唐突に聞こえた
頭に伸ばした手が空を切ったのだ。自分の頭があるはずの場所に何の手ごたえもない。気づけば身体の感覚というものが消失していた。信じられない事態に
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