phase29 会議は踊る
仁蓮市を中心とした地域で大規模な生物災害が発生してから3日。都内の某所に各方面の専門家や官僚らが集まり、一連の事件への対策会議が続けられていた。
「──陸上自衛隊の活動により現在までに1,000匹を超える不明生物を捕獲しましたが、現地には未だ多くの不明生物が残っており、完全な駆除には程遠い状況です」
「この事件を早期に抑え込むことは難しそうですか」
官房副長官の言葉に、居並ぶ専門家達はお互いの顔を見つめ合う。そのうちの一人が代表して口を開いた。
「不明生物には飛行するものも多く、外部への拡散を完全に防ぐことは不可能です。また水中に棲息する不明生物も確認されており、それらは仁蓮市内を流れる河川を介して、既に下流域に拡散している可能性が高いと思われます」
仁蓮市を流れる河は主要河川につながっており、最終的に東京湾に注いでいる。不明生物が拡散すれば飲料水はもちろん、農業や工業や漁業などあらゆる方面にも影響が出てくる恐れがあった。
「徹底した情報規制をするべきでは?」
「いまさら
「早急に市民を避難させるべきでしょうな」
現状を危惧する声が次々と上がり場の流れが大規模避難へと傾いていく。とはいえそれは市民生活に大きな影響を及ぼすだけに慎重な判断が求められる。
はたして今回の事態はそこまでのものなのか。このような事例は前例がないだけに判断は難しかった。その時、別の人物が挙手する。
「先程入った情報によると、当地において新種の感染症が流行している可能性があるとのことです。事実ならば市民の大規模な移動はパンデミックを引き起こす可能性があります」
「「感染症だと!?」」
会議に参加する面々の顔色が一斉に変わった。感染症に対する危機感は昨今とりわけ強いものがあり、新種の生物となれば新種の病原体を持っている可能性も予想されてはいたが、その予想が当たってしまった形である。しかも想定よりかなり早い。
「多数の市民が原因不明の体調不良を訴えています。現地の医師の見解ではストレスや暑さだけが原因とは考えられないと」
「原因はやはり不明生物なのか」
「現状では病原体も感染経路も明らかになっていません。化学物質や放射線などの可能性も含めて調査中です」
事実ならば早期に思い切った手段を取らざるを得ない。症状や感染拡大の速度にもよるが、対処が遅れれば首都の移転さえ必要になる可能性もある。手遅れになってからでは遅いのだ。
「どんな些細な事でも構いません。この異変に関しての情報があれば遠慮なく」
会議室がしんと静まり返る中、一人の秘書官が手を上げた。官房副長官に促されて立ち上がり説明を始める。
「これらの不明生物についてですが、あるオンラインゲームに登場するものと瓜二つだと言う情報が上がってきています」
「オンライン……ゲーム?」
あまりにも場違いな単語が飛び出した事で、緊張していた空気が
「そのゲームについて、何か知っている方はいらっしゃいますか?」
官房副長官の問いに手を挙げる者は誰もいなかった。それもそのはず、ここにいるのはこの国のエリート中のエリートばかり。日々仕事や研究や接待に明け暮れる彼らがオンラインゲームなどで遊ぶ暇などない。仮に触れる機会があったとしても時間の無駄遣いとしか思わない。
そもそもゲームなどという低俗で幼稚な娯楽は、貧乏で愚かな下層民のものだという意識が全員の根底にあった。
「サービスを運営しているのは、どこの国の企業ですか?」
官房副長官が質問を変える。調べるにせよ締め上げるにせよ、国内企業なら話は早いが海外だと手間取る事になる。しかし秘書官の答えを聞いて官房副長官のみならず会議室の全員がどよめいた。
「登記上はわが国……それも仁蓮市内です」
偶然にしてはあまりにも出来過ぎている。ただのゲーム会社がこれほどの大事件を起こしたとは考えにくいが、何かしらの関連がある可能性は高い。
「その企業、あらゆる手を使って徹底的に調べてください」
「実はもう一つ、私のところに上がってきた情報の中に気になるものがありまして……」
今更もったいぶるな、という周囲の視線を受けてその秘書官は話を続けた。もはや先程までの弛緩した空気は存在しなかった。全員が
どれほど怖ろしい物を見せられるのかと戦慄していた一同の目に映ったのは、年端も行かぬ少女の姿だった。会議室に強い困惑が広がっていく。
「この子供が何だと?」
「ハロウィンには早すぎるのでは」
明褐色の肌に淡いグレーの髪、獣耳に尻尾。顔立ちも日本人には見えず、一見すると仮装した外国の子供である。しかし安っぽさや取って付けたような不自然さが見当たらなかった。
映し出される画像は次々に切り替わっていくが、どの画像にも編集したような痕跡は見えない。控えめなどよめきに包まれる会議室で、誰もが同じことを考えていた。
「この少女も不明生物だというのか?」
「それは分かりませんが、この少女が仁蓮駅に出現した大型の不明生物と一進一退の戦闘を繰り広げ、市民の避難を助けたというのです。駅の監視カメラに映像が残っておりまして、こちらになります」
監視カメラの映像故にフレームレートが低く分かりにくかったが、先ほどの少女が巨大な不明生物の突進を闘牛士のごとくあしらっていた。少女の身のこなしは猫のように機敏で、壁を走ったり柱を駆け上がって案内板に飛びついたり、数メートルの高さから着地してもまるで衝撃を感じさせない。
明らかに人間離れした動きに加えて、何と言おうか不明生物との戦闘に慣れているような印象を受ける。
「私が見る限りこの少女は……いえ、この少女の尾は作り物には見えません。状況が許せば詳しく調べたいところですが……」
専門家の一人が言葉を選びながら意見を述べるが、そんな見解を待つまでもなく場の全員が理解していた。こんな生き物が人間であるはずが、地球上の生物であるはずがないと。金メダル級のアスリートや体操選手でも同じ動きは難しいだろうし、同年代の子供ならなおさらである。
唐突に現れた常識外の存在を目の当たりにして、会議室の面々は一様に顔をしかめた。あらゆる分野で既存の理論や学説がひっくり返されることが予想できたからだ。
人類文明の基礎となっているもっとも大事な部分が、異質で
事と次第によっては、今後100年で産業革命以来の大変革と混乱が起きる可能性がある。果たして人類はそれに耐えらえるのだろうか、と。
「複数の駅員が、この少女と市民が会話をしているところを目撃しています」
「人間に友好的で意思疎通も可能な不明生物とは……随分と都合が良いですな」
「マッチポンプなのでは?」
「一刻も早く捕獲するべきだと思います」
一人の指摘に何人かが同意の声を上げ、会議室は騒然となる。
「お静かに。この少女の正体が何であれ、情報が事実なら何らかの有益な情報を得られる可能性が高い、というわけですね」
官房副長官の一声で室内は静けさを取り戻す。話を持ち出した秘書官は大きく頷いた。
「その通りです。しかし可能な限り友好的に接触を試みるべきだと私は思います。幸い交渉材料となりえそうな物をこちらで確保しております」
「交渉など生ぬるい!事が知れれば他国が確保に向かう事は間違いありません。他所に奪われる前に我が国で捕獲して厳重に取り調べるべきです!」
専門家の一人が声を荒げる。今までに得られた情報だけでも不明生物は謎と理不尽の塊であった。昆虫型の不明生物一つとっても既存の理論では説明できない点がいくつもあったのだ。
その仕組みを解明できれば新たな技術、素材、薬品などの開発につながる可能性は高く、国家にとって莫大な利益を生み出すのは間違いない。
そんな未知の最新技術は自国で独占したい、最低でも他国には渡したくないと考えるのはどこも同じだ。そして同じ不明生物であっても知能のない虫や獣より、会話すら可能な個体の方がより多くのデータが取れるだろう、と考えるのも。
「穏便に行くべきだと思います。仁蓮市は首都に近すぎる。何かあっては……」
ある一人の意見に過半数の人間が頷いた。結局、少女を見つけ出して平和的にコンタクトを取る方向にまとまった。
「では、その方向で行きましょう」
話がひと段落すると全員が疲れた顔で溜息を吐いた。バイオテロ事件かと思いきや突拍子のない方向へ転がり始めた事に、一同は困惑を隠せなかった。それでも己のやるべきことは忘れていない。
自分達こそがこの国の舵取りをしているという強いプライドがあり、それに見合う能力と勤勉さを持っているからだ。
その後も会議は続いたが、議題は物資輸送や諸外国への対応などに移っていった。
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