phase30 待望の出会い

「うわ、こいつどんだけ身体張る気だよ」


 赤尾は有名動画サイトを巡回しながら呻いた。画面の中では男が何かの肉を食べている。それは先日赤尾が食べたものと同じ〈マルサガ〉のエネミーである〈毛玉〉だった。


 仁蓮市は前代未聞の大事件の現場として今もっとも熱い街だが、中でもエネミーに関しては特に強い注目が集まっている。赤尾の動画がそれに火をつけたのは言うまでもない。


 既に〈毛玉〉をネタにした動画はかなりの数が投稿されていたが、一部の動画配信者は話題性を狙ってか、赤尾より危険なパフォーマンスを行っていた。そのうちの一人はあろうことか〈毛玉〉をで食っていたのだ。


 赤尾には真似できない見事な包丁捌きを見せつけた後、〈毛玉〉の身を湯にくぐらせ、氷水でしめて見栄え良く皿に盛りつける。この時点で、赤尾の動画とは比較にならないほど見応えがあった。 


 〈毛玉〉を食べる事自体は二番煎じだが、撮影環境や技術面では赤尾よりずっと上だし、ほぼ生食のインパクトは絶大だった。元々のチャンネル登録者数の違いもあって、その動画は赤尾の動画に迫るほどの再生回数になっている。


(こいつはどこから〈毛玉〉を手に入れた?ゲテモノ食いの動画配信者が、そう何人もこの街に住んでるとは思えねえ)


 地球上でエネミーがうろついているのはこの仁蓮市だけのはずだ。そしてエネミーを食べる動画を配信するようなトチ狂った人間が、この近辺に何人も住んでいる可能性は低い。おそらくは誰かがこの配信者に売ったのだ。


 そう思って検索すると予想通り、既に大量のエネミーが売りに出されていた。安くはないが手が届かないほど高額と言う訳ではなく、一部の物好きや動画配信者なら金を出すだろうという程度の値段だった。じきに規制されるとしても今はやりたい放題である。


 赤尾の動画チャンネルの登録者数も爆発的に増加しているが、いまだマイナーから抜け出せていない。これでは一攫千金どころか小遣い稼ぎ程度で終わってしまうし、人生でこんなチャンスは二度と訪れないのは明らかだ。

 〈毛玉〉の残りが入っている木箱に目を向けるが、もはやこれらをネタに爆発的に伸ばすのは難しかった。早急に他の動画のネタを確保する必要がある。


 そんな赤尾の悩みを見透かしたように、外には〈マルダリアス〉の様々なエネミーや植物が姿を現していた。世間的には大問題だろが赤尾にとっては順風である。変貌した街の様子も多少はの足しになるだろう。金で食材を買うだけの外部の連中には真似できない。


 それに加えて〈マルサガ〉のプレイヤーである赤尾は、〈マルダリアス〉の植物についてある程度の知識がある。直接食べられる物から〈回復薬〉や毒の材料まで用途は様々だが、多くがゲーム内での入手依頼の対象だったからだ。


 画面で見る美味そうな果実を食べてみたいと思った事は何度もあったが、まさか本当に食べられる日が来るとは思っていなかっただけに、動画のネタという以上に期待で胸が高鳴った。


(こりゃウカウカしてられんぞ!)


 赤尾は急いで身支度を整える。夜間の外出自粛、日中も不要不急の外出は控えろという要請が出ているのは知っていたが、所詮は要請であり強制力がない以上、従う気はない。政府の言う通りにしたところで一円にもならないし、赤尾の面倒など見てくれないのだから。


 〈毛玉〉以外のエネミーは大抵が凶暴な性質だが、見かけたのはどれもこれも弱く動きも分かっているものばかりなので赤尾には問題にならない。木刀でも持って行けば余裕だろう。


 警官に見つかって職務質問されたら面倒だが、平時ならともかくこんな状況で目くじらを立てるとは思えないし、それでも文句を言うならさっさとエネミーを駆除しないからだと逆切れしてやるつもりでいる。


 準備を終えた赤尾は玄関のドアを開けた。時刻は午前10時過ぎ。外は既にすさまじい暑さで眩暈めまいを感じるほどだったが、この程度でチャンスを逃すことはできない。ヘルメットをかぶりバイクにまたがった赤尾は、ヘリコプターの音を聞きながら異形の植物が繁茂する街へと走り出した。


(なんかやけにドローンが多いな)


 市街地は飛行禁止のはずだが今はお構いなしのようだ。街のような障害物の多い場所では飛行可能範囲はさほど広くないらしいので、それだけたくさんの人間が飛ばしまくっているのだろう。


 赤尾のバイクは事故車や放置車両の合間を縫うように走っていく。倒れた木や切れて垂れ下がった電線、道路まで張り出した太い蔓、アスファルトをぶち抜いて伸びる槍のような草など、〈マルダリアス〉の植物があちこちで見られ、たとえエネミーがいなくなっても復旧にはかなりの時間がかかりそうだった。


(この光景だけでもそこそこのになるな)


 肩につけた小型カメラの具合を確かめて赤尾は頬を緩ませる。ただ、エネミーは思ったほどは見かけなかった。強烈な日差しと熱気を嫌って物陰に潜んでいるのかもしれない。

 暫く走っていると〈マルダリアス〉の植物の種類や数が増え、サイズも大きいものが増えてくる。こうしてみると赤尾の家の周りはまだマシな方だったのだろう。


「お?あれは〈モザイクフルーツ〉か?」


 前方に見えた空き地に大きな果物が実っているのを見つけて、赤尾は減速して空き地に入った。それは名前通りカラフルな見た目の〈マルダリアス〉のフルーツで、ゲーム内ではそのまま食用となるほか、料理の材料にもなる。見た目が派手なので動画映えも悪くない。


 エネミーの方がインパクトはあるのだが、これはこれで悪くないと赤尾はほくほく顔でバイクを止めた。間近で見ると大玉のメロンくらいの大きさがあり、繋がっている蔓も太くて手で収穫するのは大変そうに見える。とはいえこの程度は当然想定済みである。


「えーと、園芸用のハサミは……」

「危ない!そこから離れて!」

「へ?」


 赤尾がバイクに積んだ道具箱を漁っていると、頭上から女の子の叫び声が聞こえた。びっくりした赤尾はハサミを握り締めたまま、声がした方向を見上げる。


「遅い!ああもう!」


 眩しさに目を細めながら目を凝らすと、屋根の上で褐色の肌の少女が大きく振りかぶっていた。


「ティ、ティリア!?」


 直後、赤尾の頭上でバシュッという破裂音がして、ベトベトした黒っぽい液体が降り注いできた。ヘルメットを被ってなかったら頭に直接かかっていただろう。


「っ!?何で名前を……!」


 少女は空き地の隣の建物の屋根に立ったまま、驚いた顔で赤尾を見下ろしていた。


「な、何でってそりゃあ」


 驚きのあまり言葉が続かない。いつか会えたらいいとは思っていたが、こんなに早く実現するとは思っていなかったからだ。これはきっと運命に違いないと赤尾の胸が高鳴る。肩に小型カメラを付けているのを思い出し、ティリアの姿が中心に収まるようにさりげなく姿勢を変えた。


「あんた誰だ。どうしてその名前を知ってる?」


 赤尾が答えられずにいると、ティリアは警戒心をあらわにして身構えた。一部では『仁蓮駅の獣少女』として急速に有名になっているが、名前まで知っている人間は極僅かしかいないはずなので、彼女の態度はもっともではある。


「そ、その前にお礼を言わせてほしい。〈魔粘体スライム〉の不意打ちから助けてくれたんだよな?助かった、ありがとう」


 赤尾が大きく手を振りながら感謝を伝えると、ティリアは驚いたように目を見開いた。〈魔粘体スライム〉という単語に反応したのは明らかで、その態度が赤尾の確信をさらに強くする。


「そうか、〈マルサガ〉の……なら知っててもおかしくない、か」


 ティリアは何度か頷きながら構えを解いた。アピールするなら今しかないと赤尾は自己紹介を始める。


「俺は赤尾貞治あかおさだはる。アルバイトしながら動画配信やってる。〈マルサガ〉は始めてから半年くらいかな。そこまで気合入れたプレイはしてないけど」


 動画配信をしているので喋りはそこそこのつもりだが、ティリアの反応はかんばしくない。先程までとは打って変わって赤尾への関心を失ったようだった。


「赤尾さん。弱いエネミーしかいないからって油断してると死にますよ?今回は偶然助けられましたけど、こんなことは多分二度とないです」


 ティリアは思い出したように言葉遣いを改め、言い終えるや踵を返して立ち去ろうとする。赤尾は慌てて引き留めにかかった。せっかく本物に会えたのに、これでお別れなど悲しすぎる。


「待った待った!ちょっとだけ、もうちょっとだけ話を!そ、そうだ!ゲーム内で俺のキャラクターの家がティリアの家の近所なんだ。それである日ティリアを見かけたんだけど、すごく完成度高くて可愛かったから──」


 赤尾はヘルメットを脱ぎながらティリアに向かってまくし立てた。このまま別れたら二度と会えないかもしれないと思ったからだ。赤尾の必死さが通じたのかティリアは振り向いてくれた。


 あからさまに胡散臭い物を見るような表情だったが、現実のティリアの表情は記憶よりずっと生き生きしていて魅力的に映った。屋根の上という状況をまるで感じさせない態度や身のこなしからしても、単なるコスプレなどではありえない。


「キャラクターの名前は?」

「アジールって名前の〈熊人間ワーベア〉でプレイしてたよ。某有名動画サイトじゃ、サダジーって名前で動画配信もしてるんだけど……知らないかな」

「知らないです」

「そ、そうかー……知らないかー」


 出来ればもっと知名度が上がってから会いたかったところだ。もっともいくら有名になったところで、ティリアが動画など見るかは分からないが。


(そもそもこのティリアはどういう存在なんだ?)


 当然の疑問だった。流暢な日本語を話している事からして、記憶や人格、つまりがプレイヤーである可能性は高いが、〈マルサガ〉は色々といわくつきだったし、こんな異常な事件まで起きた以上はティリアの正体がどれほど突拍子のないモノだったとしても不思議はない。


 例えば地球を侵略しに来た宇宙人だったり、超古代文明の遺産だったり、異世界のクリーチャーだったりしてもだ。


「話はそれだけですか?そろそろ行かないといけないので……」


 ティリアの正体について考えを巡らせている間に、退屈したティリアが帰りそうになっている。赤尾は慌てて引き留めを続けた。


「これでも動画サイトのチャンネル登録者数は50万人を超えてるんだ。昨日〈毛玉〉を食うところを配信したら一気に伸びてね。実は今も新しい食材を探しに出て来た所で……」

「食べた?〈毛玉〉を?」


 数字は多少盛ったが、今頃は超えているはずなので嘘ではない。ティリアは少し表情を緩めると、塀の上に飛び移って赤尾の顔をしげしげと見つめてくる。そして何かを思い出したように手を叩いた。


「ああ!そういえば〈毛玉〉を食ってたバカ──」


 そこまで言ってしまってからティリアは慌てて口元を押さえた。


「す、すみません……」

「いいっていいって。バカやってるのは自覚してるしさ」


 申し訳なさそうに呟くティリアを見て、赤尾は胸の内で「よっしゃあああ!」とガッツポーズを決めた。心の距離が大きく縮まった気がしたからだ。それが一方的な思い込みでない証拠に、ティリアは塀の上から地面に降りてきてくれた。


 塀は2m近い高さがあったが着地の物音はほとんどせず、ティリアの動きも階段を一段降りるような気軽さだった。やはり人間ではないのだと思うとますます興味を引かれる。だがティリアがすぐ目の前に立ったことで、赤尾の意識はその姿を鑑賞することに持って行かれてしまった。


(おお、間近だとさらに……)


 〈マルサガ〉でもこんな至近距離で見た事はなかったし、いかに〈バーサルウェア〉の映像が美麗とはいえ、現実と比べれば見劣りする。


 三角形の獣耳、ゆっくりと動くふさふさの尻尾、整った可愛らしい顔立ち。淡いグレーの髪は日差しを受けて輝き、明るい褐色の肌は滑らかで傷一つなく、まぶしいほど健康的だ。


 人外の凄みを感じさせる瞳や鋭い爪も、赤尾にとってはチャームポイントにしかならない。背格好は子供だが、口調や態度のせいか見た目より大人びた雰囲気があった。


 まずいと思いつつもホットパンツから伸びる太股ふとももに目が吸い寄せられる。


 しばらく無言でティリアの姿を堪能していたが、ここは真夏の炎天下である。強烈な日差しと熱気のせいでだんだん気分が悪くなってきた。


「あの、ここ暑いですし日陰に行きませんか」

「さ、賛成……でもちょっと待って、これだけは収穫していかないと」


 ティリアの提案に一も二もなく頷いた赤尾は、握り締めていた園芸用のハサミで蔓を切って〈モザイクフルーツ〉を3つほど収穫する。それをバイクの荷台に放り込むとティリアの後を追った。


 日陰になっている塀際にまで移動すると、積んであった荷物から凍らせたスポーツドリンクを取り出して一口呷る。ティリアの様子を伺うとウェストバックから小さなペットボトルを取り出して咥えていた。そのままでも清涼飲料水のCMに使えそうだと赤尾は思った。

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