phase27 ゲテモノ動画配信者

「みなさんこんばんは!ゲテモノハンターのサダジーと申します!今まで色々な物を食べてきた私ですが今回はなんと!今話題のあの生き物を調理して、食べてみようと思います!」


 赤尾貞治あかおさだはるは深夜に一人、カメラの前で不自然に表情を作ってみせる。自分でもバカ丸出しだと思うが、そういうのがウケているのだからやらない手はない。何だって流行に乗っからなければダメなのだ。とはいえ、それだけで成功するほど甘くもないが。


「見てください!これが今『仁蓮市の怪物』でバズってるです。本物ですよ!」


 赤尾は有名動画サイトで活動する動画配信者だった。一般的にゲテモノとされる生き物を食べる動画を投稿しているが、ライバルが多すぎて知名度も人気も伸び悩んでいた。

 今日日、虫を食おうが段ボールを食おうが毒キノコを食おうが、それだけでは大して見てはもらえないのだ。


 何とかしたいと思っていても、一般人が手を出せるネタなど既に誰かがやっている。同じネタでは有名配信者に吸われてしまい、自分の動画チャンネルの登録者数など増えはしない。


 そんな最中、赤尾の身に降って湧いたような好機が訪れた。もちろん『仁蓮市の怪物』である。赤尾は〈マルチバースサーガ〉のプレイヤーである上に、渦中の仁蓮市に住んでいたからだ。


「取って来たばっかりなので鮮度抜群です。基本的に大人しいですが捕まえようとすると襲ってくるので、特殊な訓練を受けた人以外は真似しないでください。まあ私も訓練なんて受けてませんが!」


 〈毛玉〉の写真を見た直後「これは動画のネタになる」と思い、町中を走り回って手頃な大きさの毛玉を何匹か捕まえて持ち帰った。野生の獣を捕まえるための道具が手元にあった事、毛玉が比較的おとなしいことを知っていたからこそである。


「知ってる人もいると思いますが、こいつは〈マルチバースサーガ〉っていうオンラインRPGのモンスターにそっくりなんです。こんなものが身近に現れたと知ったら、ゲテモノハンターとしては無視できません!ぜひ味見をしてみようと思ったわけです!」


 ライブ配信のコメントには「正気か?」「可哀そう」「バカだろ」「これで死んだら伝説」などといった文言が流れていく。これまでにない反応の良さに、掴みはバッチリだと赤尾はほくそ笑んだ。


「可哀そうって言う人がいるのは分かりますが、こんな見た目でもエネミー、モンスターなんです。一斉に襲われたら結構危ないやつです。特定外来生物の指定間違いなしです、たぶん」


 まるっきりでまかせでもない。群れで襲われたら怪我くらいはするだろう。攻撃しようとしなければ襲ってこないが、毒蛇だって人間が近づかなければ襲ってこないので似たようなものだ。


「もし世の中が酷いことになって食べ物がなくなった時、食べられるものが一つでも多ければ助かる確率は上がりますよね。私の動画をそういう目的で見てくれている人も結構いるんじゃないかと思います」


 手ごろな一匹を掴んでジャブジャブと洗う。過去に食べた物の中でもとびきり得体の知れない生き物を食べることに不安がないではないが、今まで一度も腹を壊したことのない赤尾は自分の胃腸に自信があった。なによりリターンが特大だし、今やらなければ他人に先を越されるのは確実だった。


 それでもいきなり食うほど命知らずではなかったので、赤尾は別の個体をさばいて動画用に飼っていた虫や蛇や魚、あるいはネズミ、果ては近所のカラスや野良猫などに食べさせて毒見をさせていた。それらに変わった様子がないことを確認してすぐ、赤尾はこの配信を始めたのだった。


「こちらが良く洗ったモノになります!はい、どう見ても毛の塊ですね!ゲームでも〈毛玉〉ってそのまんまな名前で呼ばれてる雑魚モンスターです。果たして食べるところはあるんでしょうか?ではでは早速これを捌いていきます!あっ、グロ注意ですよ!」


 正直、腹を壊すことより動画を削除されたりアカウントを消される方が怖い。緊張しながら毛の塊に包丁を入れると、不気味な紫色の体液が流れ出してくる。


「うわ……」


 まともな人間ならこの時点でゴミ箱に投げ捨てるだろうが、まともではない赤尾はこの程度では怯まなかった。紫色の汁くらいアメフラシだと思えば大したことはない。アメフラシはクソ不味かったが、見た感じからしてあれよりはマシだろうと出刃包丁で皮を剥いでいく。


「うーん、さすが未知の生物だけあってよくわからない構造をしていますね!骨らしきものも見当たりませんし謎です。まあ私はプロでもなんでもないので、多少見た目が悪くなっても食えればいいという事で」


 半透明の身の部分を取り出し、しつこいくらい流水で洗ってキッチンペーパーで水気を拭き取る。初見ではないがやはり不気味だった。


「見た感じ肉っぽくはないですが……ではこれに下味と衣をつけて油で揚げていきます。流石に生は怖いんで良く熱を通さないといけません。みなさんもコイツを食べる時は十分火を通しましょうね!」


 味が染みるまで調味料に漬けておきたいのだが、今はそんな時間はない。料理番組のように「あらかじめ下ごしらえをしておいたものがあります」と言うのは企画の都合で不可能だ。『本当に食ったのか?』と疑われては台無しである。


 画面を確認すると視聴者数がぐんぐん伸びている。これなら人気実況者の仲間入りは間違いないと、赤尾はますます笑みを深めた。調味料と衣をつけた食材を次々と高温の油の中に放り込んでいく。


 出来上がった揚げ物を皿にのせてテーブルに運び、缶ビールを開封するといつものように食レポを始めた。


「それでは『仁蓮市の怪物』を食べますよ!世界初!世界初です!たぶん。それではいただきます」


 赤尾は一つを口に放り込んでもぐもぐと咀嚼そしゃくする。


「ふむ……柔らかそうに見えて噛みしめるとそれなりに歯ごたえはあります。タピオカよりは固いですしナタデココに近いような、そうでもないような。食材自体の味はほとんどしません。何とも言いがたい独特のクセがありますが……思ったより普通に食えます」


 既にインパクトは十分だが、わざとらしく表情を作って少しでもを稼ごうとする。正直なところ以前に食べたムカデだのヒルだのに比べれば、ずっとマシな部類だった。最後の一つをごくりと飲み込んでカメラの前で口を開け、本当に飲み込んだことをアピールする。


 少しでも体調がおかしくなったら吐くつもりでいたが、今までの経験からしてこの分なら多分大丈夫だろうと赤尾は思った。すべてを食べきってビールで流し込み、まとめに入る。


「という訳で今回は『仁蓮市の怪物』として知られる毛玉を食べてみました。もしかしたらレベルが上がってるかもしれません!また違う食材が手に入ったらチャレンジしてみようと思います。この動画が面白いと思った方はぜひチャンネル登録と高評価をおねがいします!」


 得意満面でライブ配信を終えると、赤尾は二本目のビールを開封する。この分ならチャンネル登録者数は相当伸びただろうし、インパクトが残っているうちに次の動画を配信しようと決意した。


(しかし思ってたより普通に食えるもんだったな)


 赤尾は残りの毛玉を放り込んである木箱に目をやった。〈マルサガ〉のエネミーが現実に現れた理由に興味はあるが、考えたところで分かりっこない。動画が伸びて金になりさえすれば何でも良いというのが今の赤尾の本音だった。


 出現したエネミーは最弱ランクの雑魚ばかりなので、政府が本腰を入れればあっという間に駆除されてしまうだろう。稼ぎ時は今しかないのだ。


 『仁蓮市の怪物』がらみの画像や動画を眺めながら、次の企画について考えを巡らせていると、その中の一枚の画像に赤尾の目が釘付けになった。獣耳と尻尾を生やした少女が駅員と揉み合っているところを撮ったものだ。


「こ、これ、ティリアじゃねえか!?」


 淡いグレーの長髪に明褐色の肌、そして獣耳尻尾を生やした少女。知らない人間が見れば超ハイレベルのコスプレイヤーか、画像加工だと思うだろう。しかし赤尾はそれが本物であると確信を抱いた。


(エネミーだけじゃねえのか!ちくしょう、超会ってみたいぞ……どこかでバッタリ会えたりしないもんか)


 とはいえ赤尾はティリアと面識があるわけではない。キャラクターの自宅が近所だった関係で一方的に知っているだけだ。ある日偶然すれ違った時、その造形がとても素晴らしかったったので、遠くからスクリーンショットを撮ったりしただけである。


(別にストーカーじゃねえし。それくらいならハラスメント行為にならんし)


 赤尾は居もしない誰かに向けて言い訳を並べる。ゲームなので現実世界よりは美男美女は多いし、ゲーム全体で見ればティリアと並ぶキャラクターは何百人といることだろう。赤尾がティリアに惹かれたのは、その容姿が赤尾の好みを突いていたからだった。


 色々言われそうだが現実の子供に一切興味はないし、誰に何と言われようが脳味噌の中まで文句をつけられる筋合いはない。それはさておき、あのティリアが現実に、それもすぐ近くにいると知れば居ても立ってもいられなかった。さりとて闇雲に探し回って見つかるはずもない。


(動画が伸びればチャンスあるか?)


 動画が伸びまくって話題に上ればもしかしたら、と思う。それにただの〈マルサガ〉プレイヤーではなく有名動画配信者という肩書がつけば、親しくなれる可能性も上がるかもしれない、という下心もあった。


 何にせよこのチャンスを生かさない手はなかった。赤尾はティリアの情報を求めて、空が白むまで画面を凝視し続けた。

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