phase47 変わり果てた再会

 昼下がり。農作業を切り上げて家に戻ってきた幸助は、リビングルームの惨状を見て溜息を吐いた。部屋の真ん中に我が物顔の玲一が陣取り、傍らの瑞希に酌をさせながら上機嫌で酒を飲んでいた。テーブルにはボーリングのピンのように酒瓶が並び、床まで侵略している。


「おい」

「この酒はなかなかだな。そなたはどうだ?」


 幸助が声をかけても玲一は返事すらしない。例の一件の謝礼として大量の酒を受け取ってからというもの、玲一は暇があればこうして酒を飲んでいた。一人で飲んでいるだけならまだしも、こうやってちょくちょく瑞希を付き合わせるのは困りものだ。介護が必要なくなったことで瑞希の負担も減ると思っていたのに、別の苦労が増えている。


「おいっ!」

「騒々しい。永遠に黙りたいのか?」

「明るいうちからガブガブ酒飲みやがって。お前それでいいのか?」

「再会祝いだ。それにこれは私とティリアへの貢物。おぬしに指図される筋はない」


 幸助の説教など玲一には馬の耳に念仏である。確かに玲一のおかげでこの家の守りは万全だし、塀や外壁の補強や日除け作りなどの重作業を短時間で一気に進められたのも、玲一の力によるところが大きい。


 それには感謝しているが昼間から酒浸りはないだろう。家中が酒臭くて堪らないし、瑞希を付き合わせるのも無茶だ。あるいは酔い潰して良からぬことをしようというのかもしれない。


「お前もお前だよ瑞希。断れよ。もう十分付き合っただろ」

「でも……身体が変わったばっかりで不安だろうし……」

「限度ってもんがあるだろうが。大体サイカの顔見てみろ。不安どころか全力で楽しんでますって顔じゃねえか」

「何を言うか。ティリアが傍に居らばこそ、私はこうして笑うことが出来るのだぞ」


 ずるい言い方である。言葉に嘘はないだろうが事実を全て言っている訳でもないはずだ。そしてそんな機微きびなど、酔っぱらった瑞希に見抜けるはずもない。素面しらふでも怪しいところだ。


「……もう少し付き合うよ。でも、あんまり幸助を困らせないでやってくれ」

「わかっておるとも」


 玲一はすっかり出来上がった瑞希の肩を抱き寄せて、見せつけるように頬ずりなどしている。こういった過剰なスキンシップを嫌がっていた瑞希だが、慣れたのか諦めたのかあまり抵抗しなくなっていた。玲一が完全にせいもあるかもしれない。実際、以前とは別人と言ってもいいくらいなのだ。


(まさか……最初から計算してた?)


 玲一は瑞希にそっちの気が無い事は理解していた。なので自分がサイカに変異した直後から全て計画済みだったのかもしれない。完全にサイカになり切ってしまえば、瑞希にそう思われれば、性的な意味での忌避感はごまかせる。そうやって心の距離を詰める作戦だと考えればしっくりくるのだ。


 相手が変わるのを待つより自分を変えてしまえ、というアグレッシブさには感心するが、そこまでする情熱には呆れてしまう。


(短期間にそこまで惚れる要素があったのか……あったんだろうなあ)


 あの日以来、エネミーが溢れるこの街で手を携えて生きてきた。玲一が動けなくなってからの瑞希は、仕事でも家族でもないのに嫌な顔一つせず献身的に介護にあたっていた。いつも病気で身も心も弱った玲一の傍にいて、励まし続けていたのだろう。恋愛感情まで行くかは別として、特別な目で見るのは自然なことだ。


 幸助とて瑞希が望んで受け入れるなら口を挟む気はないが、肝心の瑞希はそんな関係を望んでいないのだから、ガードが緩すぎる本人の代わりに気を付けるのは己の役目だと決めている。


 瑞希には常にフェリオンを出しておくように言ってあるが、そのフェリオンも今ではすっかり玲一に懐いてしまったようで、玲一から餌をもらって尻尾を振っている。あの様子ではとてもボディガードにはなりそうもなかった。


(竜宮さん、どこまで行ったんだ?早く帰ってきてくれんかな)


 窓の外に広がる鬱蒼とした森を眺めながら、幸助は街に出かけた紅美のことを思い浮かべる。ディアドラの身体になって元気になったのはいいが、いまいち何を考えているのか読めないところがあった。


「ん……今、何か……」


 その時、瑞希が何かに気づいたように顔を上げる。


「またエネミーの小競り合いか?」


 瑞希は明らかに酔っぱらってふわふわしていたが、耳を小刻みに動かして物音の出所を探ろうとしている。幸助は何となくホルスターに手を伸ばして武器の具合を確かめた。重い上に熱をもつので物凄く邪魔だが、いざという時の為に普段から身に着けて慣れるようにしているのだ。


 戦闘訓練もしているが、エネミー相手の実戦訓練は瑞希が良い顔をしなかった。「お前は大怪我したら終わりなんだから」と言われればその通りだが、いざという時に備えて少しでも経験を積んでおいた方が良いのも事実なので、必ずお守りをつけることを条件にOKをもらっている。


「結構派手な戦闘っぽい。かなり遠いけど……あ」

「なんだよ。もったいぶるのやめろ」

「何かこっちに」


 瑞希が言い終える前に、何かが砕けるような物騒な物音がすぐ近くから聞こえ、家がビリビリと揺れた。


「飛んできた」

「先に言え。どの辺に落ちた?」

「んー……すぐ近所の家だな。結構でかいものっぽいぞ」

「是非もない。様子を見てこよう」

「俺も行く」

「ちょっと待て、お前は酒抜いてからだ。あっちのアイテムはなるべく節約したいとこだが、今はしょうがねえ」


 いくら飲んでも酔わない玲一はともかく、今の瑞希を外に行かせるわけには行かない。幸助はただの箱と化した冷蔵庫から状態異常治療のアイテムを取り出して手渡した。人間にも効けば確実にもめ事が起きる代物だが、〈回復薬〉と同じで人間には効果がないことはもう分かっている。


「よし。じゃあちょっと見てくる。幸助は大人しく待ってろ」

「待ってても暇だし俺も行くぜ。何が来たってサイカとフェリオンがいりゃ余裕だろ?」

「おぬしが食われても助けんぞ」


 3人揃って家を出た途端、瑞希が足を止めて匂いを嗅ぐような仕草を始める。自分がそんなに汗臭いのかと内心慌てるが、しきりに周囲を見回しているあたりそういうわけでもないらしい。


「どうした?」

「ここからじゃ見えない」


 瑞希はそう言うなり家の壁に飛びつき、あっという間に屋根の上に上がってしまった。もう見慣れてきたがサル並みの身軽さである。一方、玲一はその後を追って一飛びで屋根の上に飛び上がった。こっちはもう考えるのも馬鹿らしい身体能力である。幸助にはどっちの真似も出来ないので、フェリオンと並んで地面から屋根の上を見上げた。


 待つほどもなく瑞希と玲一が揃って飛び降りてくる。玲一はいつもと変わりないが、瑞希は分かりやすく緊張していた。


「何が見えたか?」

「あっちの空が赤く染まってた。焦げ臭さといい、かなり大きな火事みたいだ。火がこっちまで来ないといいけど」

「火事?下手すりゃ雨降るまで消えなそうだな。竜宮さん……じゃねえ、ディアドラに何もなけりゃいいが」

「ふん。あやつが炎でどうにかなるものか」


 玲一が馬鹿にするように言った。ディアドラは見た目通り、炎や熱に強い耐性を持っている。そういった攻撃ではほとんどダメージを受けないし、その場にいるだけでダメージや弱体化を受ける灼熱のフィールドでも悪影響を受けない。

 現実の火災では倒壊や煙など他の危険もあるが、その気になれば力づくでどうとでもなるので玲一の言う通りではある。


「んなことはわかってるよ。俺が言いたいのは」


 幸助が気にしていたのは火災が起きた原因の方だった。単なるガス漏れならいいが、他のプレイヤーという可能性も考えられたからだ。


「そうだな。雑魚エネミー同士の小競り合いにしちゃ激しい感じだったし、もしかしたら〈毛玉夫妻〉より強いエネミーが出てきたのかもしれない……あっちの家だ、行ってみよう」


 瑞希に先導されて近所の家の敷地に入った。不法侵入だが咎める人間はもういない。見れば外壁の一部に大穴が開いて瓦礫が散らばっていた。そして荒々しい呼吸音と低い唸り声が幸助の耳にも微かに聞こえてくる。


「見てこよう。ティリア、そなたは下がっておれ」

「わかった。大型エネミーっぽいし、気を付けてくれ」


 玲一は一人で壁に開いた穴の前に近づいていく。すると穴の中から何か大きな影が飛び出してくる。


「ぐるぅあああ!!」


 日差しの下で毛皮に包まれた太い腕が振り上げられた。さしもの玲一でも、まともに食らえばダメージは免れないように思えた。しかし玲一は振り下ろされた腕を紙一重でかわすと、逆にその腕をがっちりと掴む。体格差など無意味と言わんばかりに巨体を引っこ抜き、勢いよく地面に叩きつけた。どすんという音と共に地面が揺れる。


「おぐぇっ!?」


 地面に叩きつけられて悶絶している謎の生き物は、人間と獣の中間のような姿をしていた。いつぞや奇襲してきた〈狼人間ワーウォルフ〉に似ているが、あれよりもずっと大柄だ。幸助は咄嗟に腰から拳銃を引き抜く。


「な、何だこいつ!?こう焦げてちゃよくわからん!」


 全身が分厚い毛皮に覆われているが、あちこちが焼け焦げていた。〈マルダリアス〉のエネミーにはそれなりに詳しいつもりだが、ゲームではこんな状態にはならないので、種類を特定するのは難しい。


「炎で焼かれてるな。どうも吹っ飛ばされてきたみたいだし、誰かにやられたのか」


 真っ先に思い浮かぶのは先日現れたという〈大黒毛玉ニゲリオス〉だが、それはサイカがあっさり倒したと聞いている。もしもゲームのように〈再発生リスポーン〉するのだとしたら厄介である。いくら倒してもきりがないからだ。


 緊張しながら戦闘を見守っていると、その生き物は玲一の〈闘技バトルアーツ〉に抵抗出来なかったらしく、見えない何かに押し潰されているかのように四肢を広げ、苦悶の声を上げた。

 精神や幻惑系の〈闘技バトルアーツ〉には分かりやすい派手さないが、一旦かかるとえげつない効果を発揮するのだ。


「ひとまずこれで良かろう。ティリア。そなたも感じているのではないか?」

「うん。理屈は分からないけど、何となくね」


 瑞希と玲一が顔を見合わせ、何かが通じ合った会話を始める。どうせ魔力とか霊感とかエーテルとかのスピリチュアルでオカルトなものだろうが、もちろん幸助にはさっぱりわからない。


「説明!ホモサピエンスにも分かるように説明しろ!」

「こいつ、たぶん俺達と同じだよ」

「なに?てことは、こいつの中身は」

「サイカ。何か知ってるかもしれないから話をさせてくれ」

「うむ。私もそのつもりであった」


 玲一が怪物の頭に触れると、それは急に跳ね起きて地面に座り込んだ。見たところどこも拘束されていないが、自ら腕を後ろに回して立ち上がろうともがいている。己が縛られていると思い込まされているのだろう。


「クソが!この縄を解きやがれ!!」


 人間からかけ離れたその生き物は、幸助にも理解できる言葉を、日本語を口走った。エネミーは基本的に言葉が通じないので、中身が人間であるのは間違いないだろう。


「知っていることを洗いざらい吐け。さすれば解いてやろう」

「誰がてめえの言いなりになるか!この縄を千切って頭から食ってやる!」

「ふむ」


 目を細めて手をかざす玲一を見て瑞希が割って入る。


「サイカ、待って。こいつも同じ境遇だっていうならおだやかにいった方がいい」

「我らへの認識を弄るだけだ」

「そんなことする時点で穏やかじゃねえだろ」


 〈闘技バトルアーツ〉の効果が切れて自分が気持ちを捻じ曲げられたことを知ったら、此方への印象は間違いなく最悪になるだろう。二度と会わない相手ならともかく、殺さない以上はもめ事の種は少ない方がいい。しかし相手は火傷や戦闘のせいか相当に興奮しており説得は難航しそうに思えた。


「……ん?そこのお前……おお!ティリア!ティリアじゃねえか!」

「へ?」


 地面に座り込んだ黒焦げの生き物は、瑞希の顔を食い入るように見つめていた。

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