phase33 編集ミス
「う……がっつり寝ちまったか……」
赤尾は床の上でうっすらと目を開いた。昼寝したおかげか
(ティリアはわりと平気そうだったな……やっぱあの辺に住んでるんだろうかね)
〈マルサガ〉には暑さ寒さを緩和するアイテムもあるが、あの時のティリアの様子からそう言った物を使用していたとは思えない。床に寝転んで天井を見上げていると腹が空腹を訴えてくる。時刻を確認すると18時を過ぎていた。
体調と気分は良くないが動けないほどではない。赤尾は近くに転がっていたカラフルな果物を拾って立ち上がった。これを食べるところを撮影することで、夕食と動画作成を兼ねてしまおうと考えたのだ。
街が隔離されエネミーの持ち出しも禁止されたことで、今後〈マルダリアス〉の生き物を食べる動画は赤尾の独占状態になって行くだろうが、時間が経てば真似する人間が出てくるかもしれない。そうなる前に出来るだけ多くの視聴者を集めておきたかった。同じようなネタなら人気と知名度のある方に流れるからだ。
赤尾が空き地で収穫してきた〈モザイクフルーツ〉は、ゲーム内の「森大陸」ではあちこちで野生のものが採取出来るし、栽培もされている食用の果物である。
カラフルなのは外側だけで、殻を割るとクリーム色の果肉と種が詰まっていて、説明文によれば濃厚で美味かつ栄養豊富らしい。「森大陸」の気候を考えると現実でのドリアンやジャックフルーツといった南国の果物が思い浮かぶが、味や食感については想像するしかなかった。
そんな果物が現実で味わえるとなればプレイヤーなら期待せずにはいられない。何よりも毒見の手間がいらないという点が良い。ゲームのキャラクターと現実の人間は違うだろうという意見もあるだろうが、〈毛玉〉が大丈夫だったのだから果物でどうにかなるとは思えなかった。もし何かあったところでその時はその時である。
(これだけじゃちょっと撮れ高足りんか?)
見た目以外は普通のフルーツなので、よっぽど味や匂いなどがぶっ飛んでいない限り動画としての魅力が足りないように思える。食べるのがティリアだったら、ありふれた日本の料理やお菓子でさえ動画は伸びるだろうが、赤尾では企画の内容となけなしのトークだけが頼りなのだ。
街中の光景を収めた映像もあるが、あまり編集に時間をかけてもいられない。投稿間隔が伸びれば、せっかくついた人はすぐ離れていってしまうからだ。
(とりあえずシャワー浴びて、その後だな)
赤尾は流し台に水をためてモザイクフルーツを浮かべると、重い身体を引きずって風呂場に向かった。
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深夜1時を回った頃。一連の作業を終えた赤尾は酒を片手に、己の仕事の成果を見ながらほくそ笑んでいた。モザイクフルーツを切って完食するまで撮影し、街中で撮った動画と合わせて超特急で編集を済ませ投稿。
体調が芳しくない中では少し辛い作業ではあったが、反響はかなりのものだった。隔離のニュースで注目度がさらに上がっていたことも大きいのだろう。赤尾からするとモザイクフルーツはゲテモノとは言えないので心配していたが、誰も見た事のない果物というのは多くの人間の興味を引けたらしい。
今の赤尾がそれなりに注目されているという事もあり、人気の指標の一つである有名動画サイトのチャンネル登録者数はあっという間に50万人を超え、夢の100万人さえ見えてきそうな気配である。
すっかり上機嫌の赤尾は身体の不調を酒で誤魔化しつつ、書き込まれるコメントを読んで気ままに返信をしていく。
『またこいつ良く分からんモノ食ってるな。そのうち死ぬぞ』
「さーせん!何とか生きてます!」
『これ〈マルサガ〉じゃ普通に食料だぞ。じゃあ食えって言われたらお断りだけど』
「美味かった。正直売れるレベル」
『今の仁蓮市の実態が知れる貴重なチャンネルの一つ』
「あざっす。よければ高評価とチャンネル登録よろしく」
『ニュースで謎の感染症とか言ってますけど、サダジーさん大丈夫なんですか?』
「暑くて熱中症になりかけたけど大丈夫。感染症についてはわからない」
『モザイクフルーツ美味そうだった』
「超美味かった。しかもかなり腹に溜まる感じ』
返信はやってもやらなくても動画の伸びにはほとんど影響はないが、気分の問題である。今日はもう寝るだけなのでダラダラしていても問題ない。街の様子を撮影した部分については、他にもアップロードしている人間が多いせいか反応はさほどでもなかった。その部分の方が撮影も編集も大変だったので複雑ではあるが。
そんなことを考えていると、あるコメントが赤尾の目を釘付けにした。
『6分42秒あたりに『仁蓮駅の獣少女』が映ってる』
『マジだ!すっげえ!!』
(はあ?そんな訳ないだろ)
約束を破るつもりはなかったので、ティリアが映っていたところは編集で全てカットしている。少なくとも赤尾はそのつもりだった。しかし慌ててスローで確認してみると、確かに一瞬だけティリアの姿が映っていた。痛恨の編集ミスである。
『やばい、めっちゃ可愛い』
『惚れた』
『望遠じゃなくガチ近距離じゃね?しかもカメラ目線』
『サダジー、この子と面識あんの!?』
『紹介して!』
『死んでも良いから俺も仁蓮市に行ってみたい』
凄まじい勢いでコメントが付いていく。ティリアの姿を捉えた写真は幾つかあるが例の仁蓮駅のものを除くと遠距離からのものがほとんどで、ここまで近くで撮影されたものは少ない。動画となればなおさらだった。
(やべえ、いきなり約束破っちまった)
ゾッとして一気に酔いが醒めてしまう。動画を削除すべきかと思ったが、こうなってしまった以上は消しても無駄である。とっくに保存されているだろうし転載されまくるだけだろう。自分が苦労して撮影したもので他人が儲けるのは腹が立つ。
『サダジー、ひょっとしてこの子も食べる気か?』
『マジで引くわ』
『カニバリスト配信者誕生』
(食わねーよ!人を何だと思ってんだ)
コメントした人間も本気ではないのだろうが、世の中には本当に頭のおかしい人間もいるので、線引きはしておく必要がある。
「食べません。食材集めしてる時に偶然助けてもらって、ちょっと話しただけですぐ別れた」
ティリアの事を考えるなら一切触れるべきではないのだろうが、否定しておかないと極一部の人間が勝手な妄想で暴走しそうなので、最低限の事実だけ言っておく。
『ガチで面識あるんだ?』
『羨ましすぎる』
『話してる動画はないの?あるならアップロードしてくれ』
赤尾の全身から冷や汗が噴き出した。一度火が付いたら下手な火消しは逆効果である。赤尾は返信を止めて画面から目を離した。
「やっちまった……もう二度と会ってくれんかも……」
爆発的な勢いで伸びていくチャンネル登録者数に反して赤尾の気分は優れなかった。何とかしたくとも最早どうしようもない。
(……こうなりゃ飲むしかねえ!時間が経てば騒ぎも収まるだろ!)
優れない体調や約束を破ってしまった罪悪感、予想外の炎上になりそうな恐怖。赤尾は全てから目を背けて二本目の缶チューハイに手を付けた。
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