phase51 まれびと

「ひとまず話は終わったぜ」

「おかえり、幸助」


 リビングに戻って来た幸助を見て瑞希はホッとして表情を緩めた。玲一や紅美は何をしでかすか分からないところがあるので心配だが、幸助はそうではないからだ。多少無理をしたがるところはあるが、少なくとも人間を食べたがったり、いきなり殺し合いを吹っ掛けたりはしない。


「しっかしすげえ面子だな。ここが俺の家じゃなけりゃ現実とは思えんぞ」


 幸助は部屋を見回して愉快そうに笑う。ついさっき似たような事を考えていた瑞希は、自分もその数に入っていることを思い出して何とも言えない気分になった。


「さて、今後の我らの方針についてだ」


 玲一が場を仕切り直す。当たり前のように加わっているアジールについては色々と言いたい事もあるが、玲一も紅美も受け入れる気でいるし幸助も反対しなかったので全てを水に流して受け入れることにした。今は一人でも多くの仲間と協力すべきと思ったからだ。


 瑞希は深呼吸して気持ちを切り替えると手を上げて発言する。


「この先、アジールみたいなケースが何度も出てくると思う。そういう人になるべく声をかけて協力していくべきだと思うんだ。すぐには難しいだろうけど、いずれはだけである程度自給自足できるようにしたいし」

「賛成するよ。アジールだけじゃなく色々な相手と戦ってみたいからね」

「賛成だ!俺一人でディアドラの相手なんてやってられねえぞ!」


 間髪入れずに紅美とアジールが賛成してくれるが、幸助は腕組みして難しい表情を浮かべていた。


「反対はしねえけど、そういう連中が味方になってくれるとは限らんぜ。むしろ力試しに殴りかかってくるかも」

「それこそ願ってもないな」

「たつ……ディアドラはそうだろうがティリアが襲われたらどうすんだ。あと俺」

「我らの一人がついておれば心配はいらん。アジールは少し頼りないが時間稼ぎくらいはできよう」

「お前ら二人が強すぎるだけで俺だってそこそこやれるぜ?ティリアの為ってんならなおさらな」


 腕を振り上げてアピールしてくる〈熊人間ワーベア〉に、瑞希は引きつった笑みを返した。自分への好感度が異常に高い理由が分からなくて不気味なのだ。確かにあの時〈魔粘体スライム〉から助けはしたが、ここまで感謝されるほどではないだろう。


「ま、まあ。どうやって見つけ出すかって問題もあるしな。強さに自信がある人はともかく、そうじゃない人は隠れるだろうし。さすがに俺くらい弱いのはそうはいないだろうけどさ」


 仁蓮市はそれなりに広い上に木々が生い茂っているので、本気で隠れる相手を見つけ出すのは簡単ではない。変異したプレイヤーであれば色々な能力を持っているはずなのでなおさらだ。停電していなければ別の方法もあっただろうが。


「物資集めを兼ねて街を回るのが良いだろう。これは私の勘だが、我らの同胞はそなたを無視できぬ。目にすれば必ず何がしかの反応をするはずだ」

「確かに」

「俺もそう思う」

「ええ?」


 勘を頼りに動こうというのは玲一らしくない。しかし紅美とアジールもその通りだとばかりに深く頷いている。瑞希は助けを求めて幸助の顔を見た。


「変異した奴にしかわからんフェロモンだか何だかが出てるんじゃねえの?」

「フェロモンって……」

「別に電波でも魔力でもエーテルいいぜ。ごく普通の人間の俺にはまるで分からんがな」

「普通の人間……?」


 人間なのは間違いないが、一人だけ仁蓮病にかからない時点で普通ではないだろう。


「おうよ。あっちの〈回復薬〉もまるで効かねえしな」

「幸助が普通かどうかはともかく、『変異した奴』というのは気に入らないな。私は自分をそんな風に思ったことはない」


 紅美が不快そうにライトグリーンの目を細めた。玲一もそうだがこの辺りのの扱いはとてもデリケートである。面倒くさいとは思うが本人の精神安定やこちらへの気遣いだと思えばやめろとは言えない。


「じゃあ何て言やいいんだよ」

「普通にマルダリアス人で良いんじゃ?」

「悪くないが少し長いね」


 自分達のような存在をまとめて何と呼ぶかは瑞希も悩んでいた。政府が使っている「不明生物」ではエネミーと区別がつかないし、出身世界から取った「マルダリアス人」は紅美が言うように少し長い。良いものがないかと全員で頭をひねっていると、見計らったように玲一が口を開く。


「私は『稀人まれびと』が良いと思う」

「響きはいいな」

「それどっかで聞いた事あるな。どんな意味だっけ?」

「異界からの来訪者、あるいは神という意味だ」

「ぴったりじゃないか。俺は賛成だけどみんなは?」


 〈マルダリアス〉という別世界からの来訪者と考えればこれ以上ない名前だろう。瑞希は勢いこんで周りを見回す。反対は出なかった。玲一は頷いて宣言する。


「決まりだ。我ら稀人まれびと、共に手を携えてこの地を故郷とせん」

「大げさだなあ。でも同じ境遇の仲間同士、出来る限り協力したいよな」


 人間はもちろん、どれほど強力なキャラクターでもずっと一人で生きていくことは難しい。水や食料はどうにかなっても、それ以外のものは探索で手に入れるしかなく、それだって限度がある。支援物資だっていつまでも降っては来ない。奪うだけではいずれに出るしかなくなるのだ。


 平和に交易出来るならまだしも、自分の能力に酔って「殴って奪った方が早い」とやらかすのが目に浮かぶ。そんなことが続けば稀人まれびとと人間の間で争いが起きてしまう。それは瑞希の望むところではなかった。


 〈回復薬〉などのアイテムについてはもっと深刻だ。今ある分を使い果たしたら補給のあてがない。そういったものを作れる稀人まれびとを見つけるか、作れるようになるまで試行錯誤しなければならない。人手は多い方が良いのだ。


「今まで通りの物資集めや拠点強化と並行して仲間探しって訳だな。まあの情報の代わりに政府から色々貰えるとは思うが」


 幸助の台詞に頷きながら瑞希はふと電話の事を思い出した。幸助にしてはかなりの長電話だったからだ。


「そういえばさっきの電話なんだったんだ?俺は最後までは聞いてなかったから」

「おう、それな。どうも俺らにやって欲しい事があるんだとさ」

「やって欲しい事?」

「市内にあるネオリック社の建物を調査してほしいんだとよ。引き受けてくれるなら、報酬は奮発してくれるとさ」

「酒もあるのか?」


 さっそく玲一が食いつく。幸助の話によると建物を調査するだけの仕事にしては破格すぎる報酬だった。新鮮な食料、衣類に医薬品、大掛かりな浄水装置など、どれもでは手に入らない、入りにくい物ばかりだ。さらにある程度までなら要求も聞いてくれるという。


 金額にすると何百万円にもなりそうな報酬だった。前回の「詫び」に加えて「他国や組織にFAしないでね」というのも込みなのだろう。調査依頼というのも半ば体裁なのかもしれない。


「そんな場所、とっくに調べてると思ってたけど……ある意味、一番怪しい場所じゃないか」

「調べはしたが目ぼしいものは出てこなかったんだとさ。俺らにしかわからん何かがあるかもしれねえってんで調査依頼だ。何も出なかったとしても報酬はきっちり払ってくれるって」

「私は受けて良いと思う」


 玲一がすぐに賛同する。間違いなく酒が目当てだろう。以前貰った分はまだ残っているが、どころではない玲一にかかれば長くは持たない。街を探せば手に入るかもしれないが、蒸留酒などを除いて停電と暑さでダメになっているはずなのでから入手するしかないのだ。


「戦いはなさそうだな」

「面倒くせえ」


 紅美とアジールがつまらなそうに呟き、玲一はむっとして眉根を寄せる。


「まあまあ。俺は一緒に行くからさ」

「そなたならそう言ってくれると思っておった。二人きりの小旅行といこうではないか」


 玲一は微笑みを浮かべて身体をすり寄せてくる。以前ならギョッとしたものだが、もはやこの程度では驚かなかった。ストレートな愛情表現にどう答えればいいかは分からないままだったが。


 瑞希はもはや自分を男だと言い張るつもりはないが、かといって女だと胸を張って言うことも出来ない。玲一についても、この異変についても、色々なことを棚上げしてしまっている。いつかツケを払う時が来るのだろうと、漠然とした不安をかかえながらも忙しい日々に流されてしまっていた。


「俺も行くぜ。話持ってきた立場だしな」

「ティリアが行くなら私も行こう」

「となりゃ俺だけ行かないっつーのはねえな」

「ええい邪魔だ。ついてくるでない」

「まあまあ、探し物なら人数多い方がいいし」


 結局、全員で向かう事になり遠征計画が立てられることになった。玲一はしばらく御機嫌ななめだったが瑞希が宥めると機嫌を直し、テキパキと計画を作り上げてくれる。空を飛べる紅美に運んでもらえば楽なのだが、それはそれで味気ないし途中で稀人の仲間が見つかるかもしれないので、地上を歩いて行くことに決まった。


 エネミーで溢れかえる密林だけに油断はできないが、玲一と紅美とアジールに加えてフェリオンまでいるのだから何が出てこようが問題にならない。むしろちょっとした遠足のような気がして、瑞希は胸がワクワクするのを止められなかった。


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