phase50 祭りの後

 仁蓮市の異変が長期化するにつれ、世界情勢は急激に緊迫の度合いを増してきていた。混乱を見た周辺国は軍事行動を活発化させており、不測の事態が起きる可能性が日に日に高まっている。


 仁蓮市上空に巨大不明生物が出現したのは、そんな只中のことだった。外見から『レッドドラゴン』と名付けられた巨大不明生物は、市街地の一部を焦土に変えた後、市の上空を悠然と飛行していた。


 報告を受けた日本政府は対応に悩むが、長々と議論している余裕もなかった。それは仁蓮市が首都から近すぎるからであり、万が一『レッドドラゴン』が首都に飛来すれば被害は想像を絶する、まさに国家存亡の危機と言える状況だったからだ。


 攻撃か、静観か。政府内は真っ二つに割れた。〈マルチバースサーガ〉のプレイヤーからも話を聞いていたが、それはあくまでも参考程度である。プレイヤーが知るのはあくまでもゲーム内の仕様で、現実とは異なる点が多いことが明らかになっていたし、「ゲームの仕様でそうなっているから」などという理由で人を動かすことは出来ないからだ。


 秘密裡にコンタクトを取っていた『仁蓮駅の獣少女』から得られた情報も同様である。「放っておけばそのうち居なくなるから絶対に攻撃するな」などと言われても、信用など出来るはずもない。現に仁蓮市の一部が焼き払われているのだから。


 ここにきて政府内で『仁蓮駅の獣少女』への不信感が湧き上がった。人間に近い姿で人間の言葉を喋ろうとも所詮は不明生物であり、そんなものを信用するべきではないという意見が上回ったのだ。強硬派が勢いを増し、攻撃すべきだという流れに傾く。


 別の理由としてを欲していたというのもあった。事件から半月近く経つのに解決の糸口すら見つけられないことで、国民の不満や国際社会の突き上げが厳しくなっていた。諸外国からの「外圧」に加えて「このままでは次の選挙を戦えない」という「内圧」に屈したのである。


 そしてついに政府は自衛隊による攻撃を決定する。国家の威信をかけた絶対に失敗できない作戦だったが、結果は大失敗に終わった。


 『レッドドラゴン』にはあらゆる攻撃が通用しなかった。そればかりか、高熱のガスを吐き、赤熱する槍を雨のように飛ばし、天候すら操って、精鋭が乗る戦闘機を次々に撃ち落としたのだ。結局、自衛隊は撤退を余儀なくされ、驚愕した政府は同盟国に協力を要請。映画さながらの大規模な共同作戦が動き出した。


 この結果を知って国民は、世界は戦慄する。「核ミサイルを使え」といった極論がネット上を飛び交い、「それで殺せなかったらどうする」という不安も多く聞かれた。終末論者やカルトは勢いづき「あれこそが世界を滅ぼす者だ」と声高に繰り返す。


 世界中でパニックが起きようとしていたその矢先、事態は思わぬ方向に転がった。『レッドドラゴン』が忽然と姿を消してしまったのだ。地上に降りたとて、あの図体で見つからないはずがないのだが、どれだけ探してもその姿は発見できなかった。


 目に見える危機が去ったことで日本政府はひとまず胸を撫で下ろしたが、手放しで喜ぶなど出来るはずもない。原因を見つけて取り除かない限りまた現れるかもしれないし、次に現れるのが首都のど真ん中、という可能性もないとは言えないからだ。


 もとより有力な情報を持っていると思われるのは1人しかいなかった。しかし、その言葉を無視してしまったばかりである。今さらどの面を下げて話を聞かせてくれと頼めばいいのか。紆余曲折の後、特定生物災害対策室に「特命」という名の無茶振りが下されることになる。


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「だから、手を出しちゃダメって言いましたよね?街を焼いたって言うけど、この街を見捨てたあなた方が──」


 瑞希は通信機に向かって声を荒げていた。失礼なのはわかっているが、感情のせいで言葉が荒くなるのを止められない。


 あの後、怪獣映画さながらの戦闘が繰り広げられるのを地上から見ていることしか出来なかった。爆発や炎が空を飛び交い雲を切り裂く度に不安に駆られていたが、やがて戦闘が終わり、元の姿に戻った紅美が戻って来たのを見て、瑞希は腰が抜けそうになるほど安堵していた。

 一見して怪我はなかったし本人も何ともないと言うので、アジールの紹介も兼ねて何か飲みながら話を聞こうと準備していたところ、再び二階堂から電話がかかって来たのだ。


「そのへんにしとけ」

「あっ」


 横合いからひょいと通信機を取り上げられる。瑞希は牙を剥いて幸助に迫るが、頭をがっちり押さえれるとリーチの差はいかんともしがたい。


「お電話代わりました。どうもすいません。ティリアはちょっと興奮してるんで続きは俺が、出海幸助が伺っときます」

「放せ!まだ話の途中だ!」

「一方的にキャンキャンわめくのは話すって言わんぞ。悪いようにはしねえから、ひとまず部屋に戻ってろ」

「ぐっ……」


 納得は行かないが冷静でないことは認めざるを得なかった。瑞希は幸助の手を振り払うと、腕組みをして聞き耳を立てる。


「でも俺もティリアと同意見ですよ。あのドラゴンはに出たわけでも、に何かしたわけでもないですからね。何か起きてからじゃ遅いってのも分かりますが……え?はあ、なるほど……でも、それはそちらの事情ですよね」


 離れていても通話の内容は聞き取れてしまう。上の決定には逆らえなかったという事らしい。それを聞いて瑞希は怒りが再燃する。


「こっちの話を信用しないなら、こんなの意味ないだろうが!」


 瑞希は幸助が持つ通信機に怒鳴った。命懸けでここまでやって来た茂木達の覚悟と犠牲は何だったのかと言ってやりたかった。


「どうどう、落ち着け。竜宮さんも無事だったんだしよ」

「無事ならいいって話じゃないだろ!紅美が撃たれたんだぞ?お前は頭に来ないのか?」


 瑞希にとって紅美は何よりも大切な身内の一人である。その身内を、協力しようとしていたから攻撃された事に大きなショックと失望を感じていた。加えて「街を焼いたから」という言い分も気に入らない。そうせざるを得ない事情があったにせよ、そっちはとっくにこの街を見捨てたくせに、と思ってしまうからだ。


「俺だって気に入らねえよ。でもあっちの立場で考えてみろ。街を焼け野原にできる化け物が首都のすぐ近くを飛んでるんだぞ?ビビるなって方が無理だ。他の国にもなめられかねんしな」

「それは……でも俺は、放っておけばいなくなるから手を出すなって伝えたんだぞ」


 もっともな理屈に少しだけ怒気を収めるが、それでも苛立ちは収まらない。あのドラゴンは、正確に言えばドラゴンに変身する能力は、ディアドラの種族が取得できる〈特典パーク〉の一つであり任意か時間経過で解除されるものだ。


 騒ぎが起きてすぐかかってきた電話で瑞希はその事を二階堂に伝えていた。その情報を生かしてくれれば無駄な犠牲が出る事はなかったのだ。今回の事で自分達のような存在への恐怖と敵意が強まったのは間違いなく、先の事を考えると不安と焦りが募ってしまう。


 この件で紅美を責める気はまったくなかった。自分が身内に甘いのは認めるが、紅美は攻撃されたから反撃しただけで自分から人間に喧嘩を売った訳でもない。街を焼いたと言うが、現場は完全に〈マルダリアス〉の森になっていて焼き払うしかないような状態だったし、言いにくいが巻き込まれて死んだ人もいないだろう。この街で生きている人間はもう幸助しかいないのだから。


 アジールと戦闘した件についてはこれから話を聞くところだが、それだって何かやむを得ない事情があったはずなのだ。


 「は黙って人間に殺されろ」と言うつもりなら、瑞希はもう人間など知った事ではない。人間に生きる権利があると言うなら、こっちにだってあるはずなのだ。


「これだけの大事件だ。信用できるかもわからない相手の、あやふやな話を鵜呑みにする訳にはいかねえだろうよ。おまけに情報源はどう見たってガキで、人間ですらねえときた」


 そう言われてしまうと瑞希は言い返せなかった。子供にしか見えないのは事実だしこちらの事情を全て話している訳でもない。むしろ隠している事の方が多いくらいなのだ。結局のところ「信用してないのはお互い様」だと気づかされ、瑞希は項垂れて幸助に詫びる。


「ごめん。頭に血が上ってた……」

「毎度の事だし気にすんな。それに謝る相手は俺じゃねえだろ」


 幸助はニヤリと笑うと通話を再開する。手持無沙汰になった瑞希が周りを見回すと、ドアが開いて玲一が顔を覗かせた。


「話は終わったか?ディアドラもアジールも待ちかねて、もう一戦始めかねん勢いだぞ」

「え」


 この家で暴れられてはたまらない。瑞希は慌ててリビングルームに戻る。しかし部屋に入るなり、紅美とアジールは揃って手を振ってきた。およそ戦いを始めるような雰囲気ではない。


「おかえりティリア。さあ私の隣においで」

「ティリアの分のつまみと酒はとっといたぜ」

「あ、ああ……ありがと」


 振り返ると玲一が悪戯っぽい笑みを浮かべていた。騙されたと気づいたが、そのまま手を引かれて紅美の隣に座らされグラスを持たされる。反対側には当たり前のように玲一が座った。アジールは身体が大きすぎるので床に座っているが、図体の大きさと毛皮のせいで部屋の中はいつも以上に暑苦しく感じた。


 とはいえ実際に暑いわけではない。もう日は落ちているし、あちこちに置いた氷のおかげだろう。冷気を放つアイテムで雨水を凍らせて作ったものでもう在庫切れだが玲一、紅美の二人がいれば瑞希がアイテムで支援する必要もないので、使ってしまっても問題ないと思ったのだ。


「それでは改めて乾杯といこう」


 玲一の仕切りで3人がグラスに口をつける。鬼と竜と熊が顔を突き合わせて酒を飲む光景は、の人間が見れば肝を潰すのだろうが、瑞希からすれば特に驚くこともない。慣れているという以上に、本能的な部分で近しい存在であるという直感が働くからだ。


 周囲に合わせて瑞希も自分のグラスを傾けた。注がれていた酒は口当たりが良くて飲みやすく、するすると喉を滑り落ちて行く。


「それにしてもディアドラは派手にやったものだ。人間どもはさぞかし胆を潰したであろうよ」

「相手をする気はなかったのだけどね。挑まれた以上は引けないさ」

「ミサイル撃たれたって聞いたけど、ホントに怪我してない?」

「気になるなら確かめてみるかい?」

「い、いや、大丈夫ならいいんだ」


 紅美の冗談とも本気ともつかない口振りに、瑞希はぶんぶんと首を振った。からかわれていると分かっていてもドキリとしてしまう。紅美の身体は以前とは完全に別物になっているし、雰囲気や喋り方もまるで別人のようだからだ。


「あんな連中、どれだけ来ても相手にならないよ。そこの彼の方がよっぽど手強かったさ」

「けっ。あの時はあからさまに手を抜いてたじゃねえか。どうせ変身なんぞしなくたって余裕だったんだろ?」

「そうでもないさ。久しぶりに使ってみたかったのは事実だがね」


 紅美とアジールは昼間に殺し合いをしたとは思えないほど穏やかだった。いつの間に和解したのか、和解したとしてもそう簡単にわだかまりが解けるものなのか。


「二人は殺し合いをしたんだよな?」

「少なくとも俺はそのつもりだったぜ。ディアドラにとっちゃ遊びだったんだろうがな」

「もう戦いは終わった。そして同志だとわかったからね」

「その通り。我らは種は違えど心は同じ」

「おうとも。ティリアに乾杯だ」

「そ、それは……」


 気恥ずかしさから瑞希は顔を背ける。酔っぱらっている訳ではないだろう。玲一は言うに及ばず、紅美もアジールもこの程度の酒でどうこうなるような身体ではないからだ。


「そういえばディアドラは何でアジールと戦ったんだ?ご飯を取ろうとしたって聞いたけど……」

「いかにも強そうだったから戦ってみたくなってね。理由は何でも良かったのさ」

「は?」


 瑞希は一瞬耳を疑った。ゲームならともかく、現実でそんな理由でケンカを吹っ掛けるなんて信じられなかったからだ。


「戦いたかった……から?」

「ああ。サイカは面倒臭がって受けてくれないし、ティリアは止めるだろう?」

「当たり前だろ!二人が戦うなんて!」

「そういう訳だから手頃な相手を探していたのさ。この辺りのエネミーでは手ごたえがなさすぎたしね」

「それで俺の新作料理は台無しになったのかよ。まあ先に手を出したのは俺の方だがよ」

「戦いに後悔はない。だが料理をダメにしたことには謝ろう」

「はっ、まったく調子狂うぜ」


 紅美に悪びれる様子はなく、アジールの方もこれ以上は引っ張る気もないらしい。そんな二人の様子に瑞希の中で違和感が頭をもたげてきた。


(軽すぎじゃないか?ゲームの対人戦PvPじゃなく現実での殺し合いなのに)


 紅美自身対人戦PvPには積極的な方だったが、いかにロールプレイだろうとそこまでやるものか。を満喫しているというアピールにしても、やりすぎに思える。関わりの薄い赤尾までもが同じように振舞っているのも気になった。


(もしかして……いや、まさか)


 瑞希は頭の中に浮かんだ疑念を振り払う。しかしそれは頭の片隅にとどまり、なかなか消えてくれなかった。

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