phase60 マルダリアスへようこそ
『仁蓮駅の獣少女』ティリアと『奇跡の青年』出海幸助から伝えられた情報に、日本政府は大きく揺れた。荒唐無稽としか思えない内容だったからだ。しかし『レッドドラゴン』の件で手痛い教訓を受けていただけに、政府内では慎重派、肯定派が勢いを増していた。舐めてかかれる存在ではないという認識が広がっていたのだ。
結局、政府は情報に基づいて検証を進めることになる。結果としてもたらされた情報の多くが事実であることが確認される運びとなった。この結果を知って政府を対応に苦慮することになる。
仁蓮病を含めた異変がこれ以上拡大することはないという吉報である反面、仁蓮市に元通り人が住める日は当分来ない、という凶報でもあったからだ。加えて首都近郊にこんな危険地帯が出来てしまった事は、由々しき問題であった。
当然、こんな事実をそのまま発表できるわけもなく、仁蓮病の原因は地下に溜まっていた毒ガスということにされ、不明生物はそのままテロリストによるバイオテロということになった。無理がありすぎるカバーストーリーに内外から疑念が噴出したが、「仁蓮市内に立ち入らなければ一切害はない」という情報が広まるにしたがって、国民の動揺は少しずつ収まっていく。
事態がひとまずの落ち着きを見せたことで政府は緊急対策本部を解散。以後、仁蓮市やその周辺で起きる諸問題については
ティリアとその一党との間に、定期的に情報や物資をやり取りする契約を結べたのは、この部署の大きな功績であった。公には伏せられているが、彼女達こそが仁蓮市が孕む最大の危険要素だからである。
混乱が収まるにつれ、危惧されていた日本周辺での有事はギリギリのところで回避され、高まっていた緊張は少しだけ緩和された。とはいえ火種が完全に消えたわけではなく、今後の世界情勢がどうなるかは人々の選択次第であった。
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(あー疲れた。やっぱ堅苦しい場所は疲れるわ……)
仁蓮駅のバイオテロ事件から3年が経ったこの日。恒例となった合同慰霊祭に参加した帰り道。幸助は自分で運転する軍用車両である場所に向かっていた。助手席には幸助と同じくらい体格の良い
本音を言えば女の方が良いのだが、こればかりは仕方がなかった。ちなみに前後にも1台ずつSPの車がついて来ている。車内には大量の酒をはじめ、衣類や化粧品、調味料やお菓子など雑多な物資を山のように積み込んである。ブレーキを踏むたびに不安な音を立てるので、SPはその都度後ろを気にしていた。
人気の少ない町中を進むうち、視線の先に刑務所か何かのような巨大コンクリート塀が見えてくる。それは視界の端から端まで伸びており巨大な城壁を思わせた。とはいえ、この城壁が守らんとするのは内ではなく外である事を知らない者はいない。
塀の少し手前にある厳重なゲートにたどり着き、幸助は車を止める。警備についている自衛官に許可証を渡すと、助手席に乗っていたSPと一緒に車外に出た。生体認証を済ませてから、車体と積み荷のチェックが終わるまで詰所の中で待つことになる。その間もSPに加えて自衛官がつきっきりだ。
最初は本当に窮屈でうんざりしたが、元より覚悟していたことだったし3年も経ては慣れっこになっていた。人は変わるもの、という言葉をわが身を持って味わっている。
「何か飲まれますか?」
「ありがとうございます。お気持ちだけで」
自衛官の1人が気を使ってくれるが幸助は丁重に断った。どうせこの後、山ほど食わされて飲まされることが分かっているからだ。それきり自衛官は口を開くことはなく、小銃を構えたまま動かなくなった。
3年前、この塀の内側で7万もの人々が死亡する大事件が起きた。その原因となった毒はいまだに消える事も薄まる事もなく、内部に籠り続けている。雨が降ろうが風が吹こうが外に漏れてくることはないが、中に入って一度でも毒を浴びれば、逃げ出したとしても絶対に助からない。現場の彼らが知っているのはそれくらいだろう。
ドローンと動物を使った実験が定期的に行われているが、ここ最近は毒が強まってきているのではという実験結果が出ており、頻発する電波障害も相まって政府内では不安が広がりつつある。今回の大量の物資にはそういった思惑もあった。
「お待たせしました。御承知でしょうが内部は非常に危険です。くれぐれもお気をつけ下さい」
「ありがとうございます。でも頼もしい友人が迎えに来てくれますので」
敬礼する自衛官とSP達に別れを告げ、幸助は車に乗り込んで壁の根元にある分厚い隔壁の前に進む。二重になった隔壁を慎重に通り抜け、幸助はついに旧仁蓮市内に入った。仁蓮市という区分は少し前に廃止されており、今は特別自然保護区ということになっている。
壁の付近は外でも見慣れた雑草が背丈より高く生い茂る荒地だが、少し進んでいくと周囲の景色は一変し、
実際、ここに入って生きて帰った人間は一人しかいないので、「死の森」というのは間違っていない。空を見上げると大きな鳥が一羽飛んでいるのが見えたが、他の生き物の姿は見当たらなかった。
(おっ、道が綺麗になってるな)
以前来た時は植物や瓦礫のせいで通りにくかった道が綺麗になっていた。もちろん壁の外とは比べ物にならないが、その為の軍用車両である。幸助は森の手前で車を止めて周囲を見回した。ここで落ち合う約束だったからだ。
待つまでもなく木々の間で何かが動く気配があった。幸助が来るのを待ち構えていたのだろう、下草をかき分けて姿を現したのは巨大な灰色の狼だった。大人すら丸呑みにしてしまいそうな口には鋭い牙が並んでいる。
そんな恐ろしい獣を目の当たりにして、幸助は頬を緩めた。共に戦ったこともある懐かしい相手だからだ。続けて一緒に居るはずの少女の姿を探すが、どういうわけか見当たらない。狼は車の前で座り込んで通せんぼをしつつ、何か言いたげに見つめてくる。
「よっ!久しぶりだなフェリオン。お前の御主人はどこだ?教えてくれたらお土産やるぞ」
窓を開けて呼びかけるがフェリオンは動こうとしなかった。賢いフェリオンがこんなことをする以上、何か理由があるのは間違いない。幸助は仕方なく車を降りてフェリオンに近づいていく。
その時、車の陰から小柄な影が飛び掛かって来た。日々の訓練から幸助は咄嗟に反応するが、相手の動きは信じられないほど素早い。
「何だっ!?」
影は猫のような素早さと身軽さで死角から死角へ動き回り、まともに捉えることも難しい。すぐ傍で息遣いが聞こえ、視界の隅に淡いグレーの髪が流れていく。格闘の末、影はついに幸助の背後を取り、首筋に何か硬い物を押しあててきた。
傍目に見れば絶体絶命の危機。しかし痛みの代わりにやってきたのは、懐かしい少女の声だった。
「あははは!俺の勝ちだな幸助!」
「くそ、負けちまったか」
苦笑しながら振り返ると、腰に手を当てて得意そうに胸を張る瑞希の姿があった。会うたびに野生化していく幼馴染には呆れてしまうが、この程度で参っていたらこの森では生きて行けない。
「もっとさあ、普通に出迎えてくれたっていいんだぜ?」
「さんざん待たされたんだぞ?ちょっとくらい脅かしたって良いだろ!」
前に一度戻ってはいるのだが、その時は都合ですぐに戻らなくてはならず、散々恨み言を言われたのを思い出す。こういう時は素直に謝るのが一番だ。
「そうだな。待たせて悪かった。ただいま、瑞希」
「仕方ない。許してやろう」
どちらからともなく突き出した拳をコツンと合わせると、瑞希は目元を拭ってから飛び切りの笑顔を浮かべた。もう完全に女の子じゃねえかと思ったが、もちろん口にはしない。
「おかえり幸助!ちょっと痩せたか?ヒゲまで伸ばして印象変わるなー」
「勉強と訓練漬けだったんでな。そう言うお前は全然まるっきり変わってねえじゃねえか。俺好みの褐色巨乳美女になるのはいつだよ?」
「一生来ないから諦めろ。そうだ、彼女の一人くらい出来たのか?」
「おうよ。写真見るか?」
「え……」
幸助はスマホを取り出して画面を見せる。噛みつくように覗き込んできた瑞希は、何とも言えない、という表情を浮かべた。
「へ、へえ……かなり意外だけど、良いんじゃないか?優しそうだし」
「おい、本気にすんな」
からかうつもりで出したゴリラの画像にそんな反応をされても困ってしまう。ボケ返しならまだしも、半ば本気で信じている節があったからだ。こんな森の中で人間からかけ離れた連中と暮らしていれば、信じてもおかしくないかもしれないが。
「何だウソかよ!ちょっと変だと思った」
「ちょっとなのか……まあ実際、見合い話はいくつも来てるがな。むしろ早く決めろってせっつかれてる」
囲い込みとハニトラ対策、もっと言えば自分に何かあった時に備えて跡継ぎを作ってもらいたいのだろう。宝くじの一件以来まともな交際など諦めていたし、提案を受けると決めた時点でこういった事態は覚悟していたが、こうまで明け透けだとさすがに萎えてしまう。
「ふーん……モテモテで羨ましいな?ええ?」
「お前だって外に出りゃモテモテだろうよ。他の連中は家か?」
「アジールとシレニーは家で歓迎パーティーの準備中。ディアドラはほら、あそこ」
瑞希が指をさした空には、先程も見かけた大きな鳥が飛んでいた。だがよくよく目を凝らすと鳥とは違う姿をしているのが分かる。
「ああ、だからエネミーが見当たらなかったんだな」
幸助が空に向かって手を振ると、ディアドラは返事代わりにUFOのような変則機動を見せてくれた。さらに十数発の火球が打ち上がり、はるか上空で立て続けに炸裂する。歓迎の花火代わり、にしては規模が大きすぎて少し恥ずかしくなってしまう。
「このまま家までディアドラとフェリオンが護衛についてくれるから」
「最強に心強いぜ。お前は?」
「は?乗せてけよ。それくらいのスペースあるだろ?」
「そう言うと思って助手席は空けといたぜ」
「うん、いい心がけだ」
瑞希と共に車に乗り込みフェリオンの先導で車を発進させた。森の中に入っても道は入念に整備されており通れない箇所はなかった。ここの植物は異常なほど成長が早いので、ちょっと放置すればすぐに車は通れなくなってしまう。
それをよく知っているだけに、道を整備した瑞希達の苦労が目に浮かんだ。ディアドラ達の力なら余裕かもしれないが、車が通れる程度に抑えるとなると、それなりに手間だろうからだ。
「それにしても今回はすごい量積んで来たなあ」
瑞希はさっそくお菓子の一つに手を出していた。今でも一か月に一回ほど物資が搬入されているが、あまり融通が利かないので自分が持ってくるものは嬉しいらしい。
「ああそれな。最近アレの影響が強まってるとかで上も気にしてんだよ」
「お前があんまり待たせるから、怒ってるんじゃないか」
己は関係ないと言わんばかりに、瑞希はチョコレート菓子を頬張って幸せそうな顔をしていた。立場上、それはちょっと困るのだが、拡大さえしなければギリギリセーフではある。勝手に侵入するバカの死期が早まるだけのことだからだ。
「そういやあれからまた増えたんだって?」
「ああ。どうにも男が少なくて肩身が狭いって、アジールはいつも文句言ってるよ。だからお前が来る時はいつも嬉しそうなんだ」
「ああ、その気持ち分かるぜ……ところでサイカはどうしてんだ?」
「それは見てのお楽しみ」
「そいつはどういう……ん?何だありゃ?前来た時はあんなもんなかっただろ?」
木々の間、前方の道路脇にカラフルな物体が見えてくる。車を近づけて見上げるとそれは大きな看板だった。デフォルメされた瑞希と思しきキャラクターと一緒にカラフルな文字が躍っている。
「こりゃすげえ……力作だな」
「すごいだろ?看板作りは初めてだって言ってたけど、さすがはサイカだよ。もちろん俺も手伝ったんだからな」
「へえ……ところでこのマスコットキャラクター、お前がモデルなんだな」
「俺は恥ずかしいから嫌だって言ったんだけど、みんなこれが良いって言うから仕方なく……」
「何言ってんだ。お前以上に相応しい奴なんていねえよ!」
真新しい看板と、恥ずかしそうに俯く瑞希を交互に見て幸助は含み笑いを漏らす。看板にはこう書かれていた。
『ようこそマルダリアスへ!
終
今時のロールプレイングゲーム ~幼馴染と獣少女~ 冷凍螽斯 @kuironyo
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