phase7 疑念

 瑞希は幸助と手分けしてアイテムの山を漁り、金やプラチナのような貴金属のアクセサリーを中心に拾い上げてバッグに放り込んでいく。芸術的な価値はよく分からないが、そういった物なら重さに応じた金額になるだろうと思ったからだ。


「ところで特殊効果つきのアイテムはどうすんだ?下手に売っちゃまずいだろうが、ユニークアイテム以外、俺には見分けつかんぞ」

「そういう効果があるか無いかくらいはわかるから俺が抜いとく。あっちでの鑑定済みアイテムみたいに詳細までわかる訳じゃないけど」


 見た目と性能がほぼ決まっているユニークアイテムと違い、一般の特殊効果付きアイテムはその色や形が一定ではない。真紅の宝石があしらわれたブレスレットの効果が、イメージに反して「冷気属性攻撃強化」だったりすることもあるのだ。


 ゲーム内では鑑定済みアイテムの詳細はいつでも見ることが出来たし、システムウィンドウで自分にかかっているほとんどの特殊効果を確認できたが、現実ではそういったゲーム的なシステムが機能していない。

おまけに鑑定してくれるNPCノンプレイヤーキャラクターもいなければ鑑定系の〈特典パーク〉もないので、見た目で効能を覚えていないアイテムは手探りで調べるしかなかった。


 しかしメニューウィンドウすら開けない現実では、調べると言っても簡単にはいかない。「周囲を明るく照らす」のような分かりやすい効果はともかく、「熱属性攻撃への耐性アップ」のような効果の識別は一筋縄ではいかないのだ。鑑定効果のある消耗品もゲーム内では存在したが、この中にあるか分からないし、あったとしても数がまるで足りないだろう。


「色んなところで〈マルサガ〉のままって訳にゃ行かねえんだな。というか、大半はお前が持ってたアイテムなんだろ?もうちょい覚えてねえのかよ」

「適当に突っ込んだアイテムがほとんどだから、あんまり記憶にないんだよなあ」


 ティリア側で保管していたアイテムは、メインキャラのルインでは不要な物、それでいて売るのが面倒だったり、捨てるのはもったいないという消極的な理由で突っ込んでいた物が多いので記憶が曖昧だった。見覚えのない品についても、忘れているせいなのか紛れ込んだからなのかの判断すら覚束おぼつかない。


「困ったもんだな。ところで特殊効果つきアイテムがわかるってのはどんな感じなんだ?」

「分かるから分かるとしか。お前は生まれつき目が見えない相手に「色」を説明しろって言われてすぐに出来るか?」

「ああ、そりゃきついな……まいった」


 お喋りの合間にも瑞希はアイテムの選別を続ける。貴金属を集中的に漁る一方で宝石類はさほど熱心には見ていなかった。値段の見当がつかないからだが、一応目に付いたいくつかは拾って纏めておく。現実ではお目にかかれないような巨大な宝石もあったが、あまりに目立つと後で面倒なことになりそうなので除外しておいた。


「ひぎゃあぁぁっ!?」


 それは青天の霹靂へきれきだった。唐突に指先からおぞましい感覚が伝わり全身を駆け巡ったのだ。驚きと恐怖のあまり瑞希はアイテムの山を転がり落ちる。


「ど、どうした!?」


 驚いて振り返った幸助が何事かと尋ねてくるが、訳が分からないのは瑞希も同じだった。


「急に変な声出しやがって何だよ?ゴキブリでも見たのか?」

「そ、そこの……何か、触った瞬間、物凄く嫌な感じがして……か、身体が」


 ドアの前まで逃げ出した瑞希は、おぞましい何かに触れてしまった右手を庇うように胸に抱いてカタカタと身体を震わせる。幸助は緊張した面持ちで瑞希が見つめているあたりを見回し、やがて何の変哲もないネックレスに目を止めて顔を近づけた。


「もしかしてこれか?」

「それ!それだっ!おい!?危ないから触るな!!」

「そんな厄い物を倉庫に入れとくとは思えんけどなあ」


 瑞希の制止を無視して幸助はそれを指先で突き、問題ないと分かると拾い上げてしげしげと眺める。軽くこすったり首にかけては戻したりと一通り確かめた後、手の平に乗せて広げた。


「特におかしい所はねえぞ。ただのシルバーのネックレスにしか見えん。特殊なあれこれは俺にはわからんが」

「こ、こっち持ってくるな!絶対呪われてるぞ、それ!」


 視界にすら入れたくない瑞希は顔をそむけるが、横目で様子を見るのは止められない。幸助は怪訝そうな顔で瑞希とネックレスを交互に見ていたが、やがて何かに気づいたように目を輝かせた。


「あー……まさかお前」

「何でもいいから早く外に捨てろ!!じゃなきゃ俺が出てく!!」


 瑞希は半泣きになってドアノブに手をかける。幸助が近寄ってくるようならそのまま外に逃げ出すつもりでいた。


「今のお前の、ティリアの種族って〈狼人間ワーウォルフ〉だったろ。あっちじゃ〈銀属性〉が苦手で弱点って設定があるよな」

「……え」


 伝承の通り〈マルサガ〉の〈狼人間ワーウォルフ〉も〈銀属性〉を持つ武器が弱点となっている。さらに防具や装飾品などでも〈銀属性〉が付いている物は基本的に装備や使用が不可となっていた。

 そういう設定が現実ではどうなるのか、瑞希は自分の身で味わう羽目になったのだ。半泣きから仏頂面になった瑞希をよそに、幸助は愉快そうに笑い出した。


「がははは!すげえぞ瑞希!お前、完全にファンタジーの生き物になってんじゃねえか!」

「笑うんじゃねえ!くそっ、他人事だと思って」


 銀が古くから硬貨や食器に使われてきた事は瑞希でも知っているし、現代ではもっと色々なものに使われているという話を聞いた事があった。アウトになる基準次第ではとんでもない事になってしまう。種族的な弱点を緩和する〈特典パーク〉もあるにはあるが今の瑞希には望むべくもない。


「ちょっと調べてみたら、電子部品とか抗菌素材とかソーラーパネルとかに使われてるみたいだぜ」

「はあ……山奥か無人島に引きこもりたくなる……」

「そう落ち込むなって。スマホがセーフなんだからアウトなのはアクセサリーとか銀食器くらいじゃねえの」


 やたら上機嫌の幸助を尻目に瑞希は憮然とした顔のまま、質草を詰めたバッグに手をかける。体積に見合わないズシリとした重みを感じた。これを背負って炎天下の街を歩くのは本気でお断りしたくなる重さだった。


 筋力を上昇させるアイテムも探せばあるかもしれないが、強力な物はアイテムとしてのランクが高く使用条件も厳しい。今の瑞希が使えるのは幾つかの例外を除いて最低ランクのものに限られる。当然その効果は大したことは無く、ほぼ意味はないだろう。


「重っ……ちょっと欲張り過ぎたか」

「どれどれ、俺に持たせてみな」


 早々に諦めた瑞希に代わって幸助がバッグを拾い上げた。


「うお、見かけの割にすげえ重い!なるほどこれが金の重みか」


 重いと言いながらも余裕が見える幸助を見て、瑞希は「男手」という言葉の意味を思い知らされる。バーガーショップでも思ったが力と体格の差は明白だった。幸助とは子供の頃に何度も喧嘩した記憶があるが、今は喧嘩にすらならないだろう。もはやお互い取っ組み合いをするような歳でないが、そのことが寂しくもあり悔しくもあった。


「……そいつである程度、まとまった金額になればいいんだけどな」

「そうだな。今後のこと考えると」

「今後か……」

「お前が鍵森瑞希だと証明する方法がねえ。その上、今のお前はどうしたって目立ちまくるし、耳や尻尾だってちゃんと調べたら本物ってバレちまう。役所に行ったって何の解決にもならんどころか、ヤバイことになる可能性の方が高い。頼りになるのはやっぱり現金だぜ」

「そう、だな」


 瑞希は極力考えないようにしていたが、言われてしまえば意識しないではいられなくなる。戸籍も何もない天涯孤独の身の上、こんな耳や尻尾を生やした子供がこの国でまともに生きていくことが出来るだろうか、ということを。


 人里離れた山奥や無人島での自給自足生活というのはロマンではあるが、そんなことが出来る知識も技術も持っていない。このままではいずれどこかで行き倒れるか、捕まってモルモットにされるか。首輪をつけられて檻に入れられている自分を想像してしまい、瑞希は背筋が寒くなった。


「まあ悪い事ばかりじゃねえさ。こっちでも経験値を稼いでレベルアップが出来るなら、身体能力上げて〈闘技バトルアーツ〉を覚えられるなら、アメコミのヒーローみたいになれるかもしれん。そこまでじゃなくても身を守るくらいなら余裕だろうよ」

「レベルアップって……あっちのチュートリアルみたいに〈毛玉〉でも狩れって?」


 〈毛玉〉とは〈マルダリアス〉における最弱のエネミー、つまり最弱の雑魚モンスターの通称である。名前通りの姿でゲームスタート地点の周辺に多数棲息しており、初めて〈マルダリアス〉に降り立ったプレイヤーの大半は、チュートリアルにしたがってそれらに殴りかかることになる。一応〈ファーボックル〉という名前があるのだが、その名で呼ばれることはほとんどなかった。


「戦闘とは限らんだろ。〈マルサガ〉じゃ戦闘以外でも経験値は入るんだし、試せることは何でも試してみるもんだ。俺も付き合ってやるからよ」


 そうするのが当然と言わんばかりの幸助の様子に、瑞希の中で燻っていたある疑念が燃え上がる。そしてそれは。気づいた時には口から零れ出していた。


「……どうしてそこまで俺に付き合うんだ?」

「ああ?」


 瑞希はハッとして口を押えたが、一度口に出してしまった感情は止めようがなかった。


「幼馴染なんて言ったって結局は赤の他人だろ。どうしてそこまで俺に付き合おうとする?お前に何の得がある」

「何だいきなり。急にシリアス振るからびっくりして屁が出そうになったじゃねえか」

「ふざけるのは無しだ。お前の言う通り、今の俺は戸籍も何もない人間……いや人間ですら無い。何かあったところで警察や役所を頼ることもできないし、逆に追われる事になるかもしれない。それで捕まれば保健所か研究所か、良くて動物園行きなんだろうさ。こんな奴に付き合って良いことなんてない」


 何か言おうとする幸助を遮って瑞希はさらに捲し立てる。


「分かってるんだよ。お前にとっちゃリスクでしかないことは。このまま俺といたら、お前まで酷い目に遭うかもしれないって。それでも俺はお前以外に頼れる奴がいない……」

「これからアイテム売った金の山分けで儲けさせてもらうんだが?」

「それはお前の取り分だよ。お前がいなきゃ金に換えることも出来ないんだからな。今後も付き合う対価じゃないはずだ」


 瑞希とて内心では不安で心細かった。それだけに自分の話を信じて、全面的に協力してくれる幸助がどれほど救いになっていたかは言葉では言い尽くせない。だからこそ、そこまでしてくれる理由が分からなかった。幸助の本音を確かめずにいられなかったのだ。

 自分の身体が目当てという線はないと思うが、男である以上溜まるものは溜まるという事もまた理解している。今現在、特定の女と付き合っているという話も聞いていない。


「本当のところを教えてくれ。何でお前は俺に付き合うんだ?」


 信じた後で裏切られるくらいなら、最初から正直に言ってもらった方がずっと心は痛まない。神の悪戯としか思えない不幸に翻弄されてきたせいで、瑞希の精神は擦り減っていた。この上、唯一の友人となった幸助に裏切られたら耐えられる気がしなかった。


 瑞希は隠し持っていたペンダントを強く握り締め、幸助の顔を食い入るように見つめた。そのまましばらく睨み合っていたが、やがて幸助はがりがりと頭を掻くと、半ばアイテムに埋もれた窓の外を眺めながら口を開いた。


「……約束、したんだよ。お前は覚えてねえし、俺が勝手にそう思ってるだけの、宙ぶらりんになっちまった約束だがな。それがずっと引っかかってたんだ」

「約束……?」

「俺もあれは夢だったんじゃねえかと思ってた。でも違う。お前の身にこんなことが起きた以上、やっぱりあれは本当にあった事なんだと確信した」

「何のことだよ?まるで心当たりがないんだが」

「とにかくだ。お前を手伝うのは何ていうか、俺の中のケジメなんだよ。それを果たさなきゃ気になって夜しか眠れねえ」

「おい……って、はぐらかすんじゃない。約束って何のことだ?」


 瑞希は目を剥いて詰め寄るが、幸助はニヤニヤと笑って大げさな身振りと共に首を振った。


「覚えてない奴に言う意味はねえな。それに別の理由もある。とびっきり面白そうだからだよ」

「面白そうって、そんなふわっとした理由があるか」

「真面目だぞ。現実なんてものは本当にままならねえ。退屈で不条理でな。お前だってそう思うだろ?」

「……それでも、死なない以上は生きてなきゃならないんだ」

「その現実で、こんなに楽しい激レアイベントが起きたんだぞ?しかも自分のすぐ傍でだ。関わらない手はねえだろうよ」

 

 幸助は拳を固く握り締めて、瑞希の視線を正面から受け止めていた。その表情から演技ではなく、本気でそう思っているとしか思えなかった。好奇心が強いのは知っていたが、ここまでとは思っていなかった。


「本当に、それが理由なのか?」

「じゃあ『幼馴染の親友を放っておけないから』って答えたら、お前は納得すんのかよ?」

「それは……」


 瑞希もそういった返答を予想していなかった訳ではない。だからもし幸助がそう答えたらその場は引き下がっただろうが、疑念は残ったままだっただろう。


「ほっとけないってのもウソじゃねえが、それが全てじゃねえ。それによ、お前が今のチビっこから、スタイル抜群の褐色おっぱい美女に進化する可能性だってなくはないだろ?理由としちゃそれが一番かもしれねえな」

「人をどこぞのモンスターみたいに言うな……はー、ちょっとでも見直した俺がバカだった」

「男だからな。お前ならわかるだろ」

「わかるが……その対象が俺だと思うと今の内にお前を去勢しておきたくなる」

「そいつは勘弁してくれ。女は好きだけど自分がなるのは嫌なんで」

「お前が女になったらメスゴリラだもんな」

「おう、ティリアになったからって調子にのってやがるな」

「何とでも言え。下心持つのは勝手だが、俺がお前と、男とどうこうなんてありえないと断言するぞ」

「おっと、新鮮なフラグ発言いただきました」

「……やっぱり、ここで去勢しておくか」


 瑞希は隠し持っていたペンダントを取り出して幸助に突きつける。それは手の中で見る見る形を変えて、三日月をモチーフにした美麗な短剣へと変化する。全体に精緻な装飾が施され、宝石がちりばめられていて芸術品としての価値も高そうな品だった。


「げ、〈月相のダガー〉だと!?」


 幸助の目が大きく見開かれた。高レベルのユニークエネミーの低確率ドロップ品だけあって、短剣でありながら攻撃力もそこそこある。しかしこのユニークアイテムの真価は別の所にあった。

 一つは装備条件が緩く今の瑞希にも扱える事。もう一つは月が満ち欠けするようにペンダントから武器へと変化する仕組みがある事だ。とくに後者は現実世界で携帯するにはうってつけだった。ペンダントとしてはかなり派手なのが欠点だが。


「ははっ。何ビビってんだ。冗談に決まってるだろ」

「お、おう」


 ホッとする幸助を尻目に、瑞希は足元に転がっていた分厚い本に視線を落とす。それは〈チュートリアルブック〉といい、ゲームの操作説明や序盤のヒントなどが書いてあるマニュアルである。ゲームに慣れたプレイヤーには無用の長物なのに、売る事も捨てる事も出来ないので真っ先に倉庫の肥やしにされる品であった。


 しかしそんな無用のアイテムだからこそ今は都合が良い。瑞希はダガーを逆手に持ち替え、本の表紙目掛けて思い切り振り下ろす。現実の包丁やナイフで分厚い辞書を貫通するのは難しいが、このダガーの刃はあっさりとそれを貫通してみせた。


「……」


 目の前で幸助が顔を引きつらせているが、突き刺した瑞希自身も動揺しまくっていた。ここまであっさり貫通するとは思わなかったのだ。しかしここで狼狽えてしまったら意味がない。〈チュートリアルブック〉ごと短剣を持ち上げ、幸助の目の前にかざして見せる。


「わ、わかったな?お前の態度次第じゃ冗談じゃ済まないぞ」

「イエスマム」


 神妙に縮こまる幸助を見て瑞希はくすりと笑った。幸助の言い分に完全に納得できたわけではないし、約束というのも気にはなる。しかし溜めこんでいたものを吐き出せたおかげで胸は間違いなく軽くなっていた。

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