phase16 バッドエンド?非情の結末
「ちょっと通ります!死にたくなかったらどいてください!」
大声を上げながら滑り降りてくる瑞希に気づき、ホームに取り残されていた人々は一様に怯えの表情を浮かべる。さらにそのすぐ後から馬鹿げた大きさの白い毛玉が転がってくるのを見て、悲鳴を上げながらホームの端に寄る。勢い余ってホームから転落してしまう者も中にはいた。
(何でまだこんなに人がいるんだよ!)
瑞希は胸の内で吐き捨てる。利用客などとっくに逃げ出していると思っていたが、ホームには人が残っていたからだ。上からの物音や悲鳴に気づかなかったのか、気づいていても危機感が足りなかったのか。
(この連中を囮にすれば少しは楽に逃げられるんじゃないか?どうせ赤の他人。巻き込まれる方が悪い。逃げ遅れる方が悪いんだ)
そんな考えが頭をよぎる。それでも瑞希は故意に他人を巻き込むような事は出来なかった。そんなことをしたと知れたら、幸助は、玲一は、紅美はどう思うだろう。表面上は仕方がなかったと慰めてくれるかもしれない。しかし心の内では失望し、軽蔑するに決まっている。
瑞希は彼らに見限られてしまう事だけは耐えられなかった。それは今の瑞希に残された唯一と言って良い大切な物だったからだ。結局のところ自分の為、他人の為などとは口が裂けても言えない。さっき笑いながら撮影していた野次馬達と大して違いはないのだ。
チラリと後ろを振り返ると、下り坂で加速した〈
何かしらのアイテムで足止めしようにも、取り出そうとスピードを緩めた途端に追いつかれそうだし、人を巻き込んだら洒落にならない。頼みの綱は刃に塗った毒薬が回ってくれることだが、この分だと望みは薄そうに思えた。
(こんなに、走ったの、高校以来、だっ)
追いかけっこのせいで瑞希の体力は既に限界で、さっき大声で叫んだせいもあって今にも倒れてしまいそうだった。そんな瑞希の目の前にホームの売店が立ち塞がる。
店員は既に逃げ出していたが、いかに今の瑞希が身軽といっても一足で飛び越すのは不可能だ。駆け上がれなくはないがその隙に追いつかれるし、この距離では横っ飛びしても間に合わない。もう少しで尻尾を巻き込みそうな距離に来ているのだ。
「ううっ、くそっ!」
瑞希は頭を庇いながら売店のカウンターの内側に飛び込んだ。その直後、〈
「うぐぅぅっっ!」
痛みと衝撃で意識が薄れる中、悲鳴と共に遠ざかっていく沢山の足音が聞こえた。さしものユニークエネミーも多少はこたえたのか、あるいは疲れたのか動きを止めたようだった。店は全体が大きくひしゃげてしまい辛うじて立っているという有様で、出入口のドアは吹き飛んでいるし棚も商品もメチャクチャである。
(ま、まだ……動ける……)
瑞希は必死に身体を動かし、ガラス片や潰れた商品の上を這って外に出た。痛みに顔を歪めながら自分の状態を確認する。致命傷こそ免れたが痛くない場所の方が少ないくらいだった。特に手足の傷は酷く、流れ出した血で肌は赤く染まっていた。
タンクトップもあちこちが切り裂かれていて、少しばかりまずい格好である。しかし今は服のことなど構っていられなかった。
あの〈
(に……逃げ……ないと……)
瑞希の予想はすぐに現実となる。背後から感じた気配に、瑞希は四つん這いのまま振り返った。売店の真上にユニークエネミーの白い巨体が浮いていた。その行動の意味するところを知っていた瑞希は、小さく悲鳴を上げてホームに身を投げ出した。
刹那、白い巨体が急降下する。爆発のような轟音と共にホームが大きくうねり、先程の衝突とは比較にならない破壊が生み出された。売店だったものは完全に破壊されてあたり一面に飛び散り、駅のホーム自体が大きく陥没して縦横にヒビが走る。直径数mの範囲が隕石でも落ちたように丸く陥没していた。
それは重量級のエネミーが好んで使用する〈
「……!!」
悲鳴すら上げられず空中に飛ばされた瑞希は、勢いのままホームに落ちて長い距離を転がった末にようやく止まった。反射的に体勢を変えて頭から落ちるのは避けたものの、ダメージは甚大だった。
「う……ごほっ……!」
苦痛に喘ぐ唇から血が溢れる。瑞希は全身のほとんどに擦り傷や打撲を負い、血と埃に塗れていた。骨も何本か折れているように思う。興奮しているせいか痛みはそれほどでもないが、身体はまるで言う事を聞いてくれず逃げるどころか立ち上がることすら出来そうになかった。
そんな中、遠くの喧騒や耳鳴りに混じってシューッという不気味な音が聞こえてくる。
(か、回復……)
ウェストバッグを探ろうとして瑞希は愕然とする。あるはずのものがそこになかったからだ。おそらくはさっきの衝撃でどこかに飛ばされてしまったのだろう。
ゲーム内ならキャラクターの所持品、〈
絶望に染まった瑞希の視界の端に〈
「い、やだ……」
瑞希は必死に這いずって逃げようとするが、その動きは芋虫のように鈍かった。一方で「獲物」がもはや抵抗も逃走もできないと見たのか、怪物は急に見た事もない行動を取り始める。
毛皮の一箇所に丸い穴が開いて不気味な色をした内部が覗き、そこから濡れ光る細長い管の様なものが何本も吐き出されてくる。植物の蔓のようなそれは見る見るうちに横たわる瑞希の方へ伸びてきた。
異常な気配に振り返った瑞希は驚きと気味の悪さに身を震わせる。〈マルダリアス〉での〈
「いっ!?」
不気味な蔓が傷だらけの素足に触れた瞬間、瑞希は電流が走ったような痛みを感じて意識が飛びかける。足が痺れて力が抜けた。毒だと気づいた時にはもう遅かった。痛みにのたうつ瑞希の身体に次々と蔓が巻きついてくる。蔓が肌に触れる度に新たな毒が撃ち込まれ、瑞希の身体は浜辺に打ち上げられた魚のようにびくびくと跳ねる。
「た、たす……け……」
瑞希は情けなく涙を流しながら、捕食者に慈悲を乞うことしか出来なかった。生きたまま食われるという根源的な恐怖は、瑞希のちっぽけなプライドを粉砕するには十分すぎた。友達を助けることが出来たという達成感も何の救いにもならなかった。
やがて瑞希は自分の身体が浮き上がるのを感じる。怪物が蔓を巻き取っているのだ。形ばかりの抵抗をするが巻きついた蔓は外れなかった。瑞希の目に化け物の口らしき暗い大穴が映る。穴の中からはとても嫌な臭いが漂ってきていた。
恐怖と絶望で瑞希は頭がおかしくなりそうだった。今までだって散々酷い目に遭ってきたのに、最後が化け物に食われて終わりなんて救いがなさすぎる。どうしてこの世界は、運命は、こうまで自分に辛く当たるのかと胸の内で繰り返した。神なんてものがいるなら呪ってやりたいと思った。
(こんな世界……全部、消えてなくなれ……ば)
そんな瑞希の思いなど何処吹く風と、〈
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