phase42 失せ物、見つかる

「質問などありましたら答えられる範囲でお答えします」

「ええと……」


 自衛官の茂木に真摯な目で見つめられて、瑞希はなんと答えるべきか分からなかった。その原因となった紙切れ──日本政府からの手紙──は、瑞希の後で玲一が目を通し、今は幸助が読んでいる。手紙は日本語と英語で書かれており、文字を読めない可能性も考えたのか音声データもあった。


「あの、すぐに返事をしないといけませんか?」


 流石に即答はしかねたが、手紙の内容に問題があるわけではない。人命救助への感謝、『仁蓮駅の獣少女』に対する敵意はないこと、出来れば今後長期ににわたって話をするための窓口を設けたい、というだけだったからだ。


「そういう訳ではありませんが、なるべく早く御返答いただければ幸いです」


 茂木の発言はもっともである。あの後、ケガをした茂木たちを家に迎え入れ、患部を冷やすようにして玲一の部屋に寝かせた。医者でも何でもないので出来ることは限られているが、救援が来るまでの辛抱である。少なくとも炎天下で放置されるよりはマシなはずだ。


 風呂場に詰め込んでいた襲撃犯達も、救援が来た時に一緒に連れて行ってもらう事になった。正直邪魔でしかないし、かといって殺すわけにもいかなかったからだ。戦闘中に殺してしまうならまだしも、決着がついた後で殺すというのは後味が悪すぎる。


 加えて玲一のカニバリズム発言も少しだけ気になっていた。キャラ立ての為の台詞を真に受けてもしょうがないとはいえ、「万が一もしかしたらホントに食べるんじゃないか」と思ったからだ。今の玲一からは、リアリティを求める為に危険なことをやらかす作家に似た怖さを感じてしまう。


「俺はいいと思うぜ。とりあえず仲良くしましょう、秘密裡に話が出来る手段を持ちましょう、ってだけだろ。ただ、茂木さん達を疑う訳じゃねえけど、本当に日本政府の任務でここに来たっていう証拠がねえ。こんな手紙だけじゃな」

「おい、失礼だぞ」

「実際に警官のニセモノが来たばっかじゃねえか」

「……それはそうだが」


 幸助の言い分はもっともだが、本人のいる前で言う事ではないだろう。今の玲一なら確かめられるのかもしれないが、交渉しようという相手にそんな乱暴な手を使うわけには行かない。

 その玲一は手紙に軽く目を通した後、黙って成り行きを見守っていた。この状況は以前想定したケースの一つではあるので、言うべきことはもう言っている、ということなのだろう。


「いえ、その通りです。なので此方の誠意の形として、これをお返しするようにと」

「え?」


 返してもらうような物などあっただろうか。首をかしげる瑞希の前で茂木が頑丈そうな箱を取り出してテーブルの上に置いた。かなり焦げているが中身は無事らしい。茂木はその箱を慎重に開いていく。


 箱の中にもう一つ箱が入っていて、それを開くと布にくるまれた細長い物体が姿を現した。長さはさほどでもなく、せいぜいナイフ程度だろう。瑞希はそこで何かを感じて目を見開いた。


「もしかして……」


 布から出てきたのは予想通りの品物だった。仁蓮駅で無くしたはずの強力なユニークアイテム、〈月相のダガー〉である。


「やっぱり!」


 瑞希は我慢できずにダガーを手に取った。どこから見ても、あの時無くしたはずの短剣だった。手に持って念じると、くねるように形を変えて見慣れたペンダントに戻る。間違いなく本物だ。ひとしきり確かめて満足した瑞希は、ダガーを幸助に手渡して茂木を振り返った。


「どこでこれを!?」


 茂木はしばし目を丸くしていたが、すぐ元通りの真面目な軍人に戻る。


「我々が仁蓮駅で発見し回収したものです。防犯カメラの映像や目撃情報から、ティリアさんの持ち物である可能性が高いと考えられたので、厳重に保管しておりました」

「ありがとう!これ、とっても大事なものなんです!」


 瑞希は素直に茂木に感謝を述べた。無くしてしまった事はずっと気になっていたからだ。メインキャラのルインが使うには物足りない性能で、だからこそティリアに持たせていた品ではあるが、今となってはどんなに強い武器にも負けないほどの思い入れが出来ていた。これのおかげで自分もみんなも助かったようなものなのだから。


「気持ちは分かるが落ち着け、ティリア」

「あっ……し、失礼しました……」


 玲一にたしなめられたことで瑞希は己の醜態に気づく。見ず知らずの人間の前で子供のように浮かれてしまったことが恥ずかしい。もちろん茂木はこちらの事情など知らないだろうが、自分の中の問題なのだ。


 照れ隠しにテーブルに置かれた真っ赤な飲み物に手を伸ばす。別に血とかではなく、に〈マルダリアス〉の果実や植物の汁を混ぜたものだ。幸助には不評だったが自分ではそこそこ気に入っていたりする。もちろん客には飲ませられないので、備蓄のミネラルウォーターを出しているが。


「どうやらティリアは乗り気のようだ。私も反対はすまい。具体的な交渉となれば、また別だがな」


 すっかり立場を無くした瑞希に代わって玲一が話を引き継いだ。


「はい。我々は出会ったばかりですし、まずはお互いを知るところから始めるべき、という考えです」

「殊勝な心掛けと言いたいが、おぬしらはそれで収まるのか?こちらはの状況もある程度は知っておる。この国の民がいかほど我慢強くとも、いつまでも耐えられはすまい。頭がすげ変わったので御破算、などと言われては困る」

「それに関しては信じていただく他ありません。なので、この交渉はくれぐれも内密にお願いしたいのです」


 玲一と茂木の2人で話が進んでいく。自分が交渉の矢面に立たずに済むのでとても気が楽だった。可能なら全て玲一に全部任せてしまいたいが、流石にそれは許されないだろう。飲み物にまじっていた種を口の中で転がしていると、不意に茂木が視線を向けてくる。


「ティリアさん」

「な、なんでしょうか」

「御返事はいつ頃頂けますでしょうか」


 すっかり油断していたところに不意打ちを食らい、瑞希は慌てて種を飲み込んでしまう。どうも全部バレていたらしく幸助が呆れ顔を浮かべた。


「しっかりしろよ。俺の意見はもう言ったし後はお前次第だ」

「この国に手を貸すも貸さぬも、そなたの心のままに。どちらを選ぼうが私はそなたと共にある」


 この場にいない紅美が気になるが、こういう場合はみんなの決定に従うと言っていた。最終決定権を預けられた瑞希は重圧で胃が重くなる。まずいことになったとしても後からどうこう言うような者はいないが、全員の行く末に関わる重大な決断だからだ。


(でも……悪いことはない、よな?)


 瑞希とてこの国には愛着があるし、事前に想定していた中では最も無難な交渉相手だったからだ。全く問題がないではないにせよ、フェリオンに加えて玲一という特大戦力が揃ったからには、力づくで来られても押し返せる。そう考えて瑞希は首を縦に振った。


「受けます」

「ありがたい。これで肩の荷が下りました」


 握手でもするべきかと思ったが、彼らからしてみればこの街の生き物は全て『謎の病原体のキャリア』のはずで、そんな相手と握手などしたくはないだろう。もっとも防護服が焼けてしまった時点で手遅れなのだろうが。


「ところで連絡手段って?……あ、失礼」

「ははは、言葉遣いは気にしないでください。こちらとの連絡にはこの通信機を使っていただければ。見た目は少し大きめのスマートフォンですが料金の心配はいりませんし、停電に備えてポータブル電源と太陽光発電パネルも用意してあります。使い方ですが」


 茂木は取り出した箱をテーブルの上に置くと、何か言い淀むように見つめてきた。このような電子機器を使いこなせるかどうか気にしているのだろう。事情を知らないとはいえ馬鹿にされているようで少し面白くない。


「それくらい……」

「普通のスマホとそんなに違わないですよね?なら俺が教えますよ。どうしてもわかんなかったら説明書見ますし」


 それくらい分かると言おうとしたところで幸助に出鼻を挫かれる。意味ありげにウィンクする幸助を一睨みして、瑞希は唇を尖らせた。


「そのあたりはお任せします。ところで、その、差し支えなければお聞きしたいのですが、出海さんは御身体の方は?」

「俺ですか?体調ならこの通りまったく問題ないです」

「……それは素晴らしい。やはり若いというのは良いですね」


 茂木の問いは明らかに仁蓮病を意識してのものだろう。今やこの街のほとんどの人間が立ち上がる事もできないのに、1人だけ元気いっぱいなのだから不思議に思うのも無理はない。瑞希だって日々そう思っているのだから。


「そういや救助はいつ頃来れそうですか?早くちゃんとした手当てをしないとまずいんじゃないかと。車は無理でもヘリコプターなら」


 幸助の問いに茂木は首を振った。木が多い、気流が不安定、エネミーの存在などの様々な理由でヘリコプターを飛ばすのは難しいのだという。加えて今回の作戦が極秘任務であるというのも関係しているらしい。確かにこんな話し合いがマスコミにすっぱ抜かれたら、どうなるか分かったのものではない。


 ただ、少し前に襲撃してきた連中のことを考えると、情報はとっくに漏れている気がしてならない。この国の防諜はザルだなんだと言われているが、事実だとすれば交渉相手としてはさらに不安が増してくる。とはいえそのあたりを茂木にぶつけるのはお門違いだ。


「それに防護服が破損してしまった以上、我々は封鎖ラインの外に出ることは出来ません。たとえ感染していなかったとしても」

「そんな」


 淡々と語る茂木を前に瑞希は言葉に詰まった。7万の市民を実質見殺しにしなければならないほど、政府はこの未知の病気を警戒していた。生活物資は運ばれているが治療という意味ではほぼ手つかずである。


 茂木の話によると、考えられる限りの対策をしていてすら発症してしまった自衛官や医療関係者が何人もいるらしい。事件発生当初から仁蓮市内で活動していた自衛隊の部隊は、「仁蓮病」が明らかになってから市の郊外に仮設の駐屯地を建設し、そこに留まっているとのことだ。そして隊員は一人残らず市民と同じ病で苦しんでいるという。


「私達は志願してここに来ました。こういう事態も覚悟の上です」


 茂木はそう言って胸を張った。エネミーに防護服を焼かれ、瑞希達に助けられた時点で感染は免れないと覚悟しているのだろう。瑞希は居たたまれなくて目を伏せた。


「……凄いですね。見ず知らずの人の為にそこまで出来るなんて」

「職務ですから。それに手当も付きますし。ティリアさんの方こそ、仕事でもないのに多くの市民を救ってくれました。自衛官として、この国の人間として深く感謝します」


 敬礼する茂木を見て瑞希は狼狽えてしまう。巻き込まないように動いたのは確かだが、それだって幸助達に軽蔑されたくないという利己的な理由からで、無関係の人間を積極的に助けようなんて気はなかった。勘違いで褒められることほど居心地の悪いものはない。


「い、いえ。それはたまたまで」

「御謙遜を。あの時ティリアさんの活躍がなければ、きっと何十人もの死傷者が出ていたでしょう」


 何を言っても無駄だと悟った瑞希は、諦めて苦笑しながら見よう見まねの敬礼を返した。

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