phase53 隠された領域

「なあ。まさか知ってたってワケじゃねえよな?」

「この程度、誰にでも思いつく」


 唐突に現れた階段を見ながら幸助は玲一の顔を覗き込んだ。提案通りに一階の床をしらみ潰しに見回っていると、何の変哲もない床の一角が大きく凹んで下り階段が現れたのだ。最初に気づかなかったのは特に何もない突き当たりだったからである。


「先に来た連中、何で気づかなかったんだろうな。家探しのプロだろうに」

「ティリア、ディアドラ、アジール、暫し階段から離れよ。フェリオンもな」


 幸助が呟いた疑問を無視して、玲一は三人と一匹を連れて隠し階段から離れていく。幸助も一緒に移動しようとするが玲一に制止された。


「おぬしはそこを動くな」

「何だよ」


 一人だけ取り残された幸助に全員の視線が集中する。暑さも手伝って何とも言えない居心地の悪さを感じてしまった。そのままの状態で暫く待つが特に何か起こるわけでもない。「いい加減にしろ」と怒鳴りかけた時、先程の階段が解けるように形を変え、何の変哲もない床に戻る。驚いた瑞希が駆け戻ってくると床は再び階段へと変化した。


「……なるほど、稀人まれびとにに反応する仕掛けってわけだ。こりゃ確かに人間には見つけられんわ」

「あっちのダンジョンでも、近づかないと見えない扉や階段あったよな」


 幸助は感心しながら階段の先を覗き込む。真っ暗と思いきや明かりがついているようで、夜目のきかない幸助でも問題なく降りて行けそうに見えた。その時、瑞希とアジールが何かに気づいたようにピクリと反応した。


「誰かが上がってくる。サイカ、幸助を頼む」


 瑞希は押し殺した声でそう言うと足音を殺して後ろに下がる。アジールと紅美が隠し階段を挟むように陣取った。


「おわぁっ!?」


 嫌な予感がした矢先、肩が抜けそうな力で腕を引っ張られ幸助は痛みに悶絶する。気づいた時には隠し階段から少し離れた場所に移動しており、見上げると玲一の背中があった。


「だからやる前に言えよ!」

「しっ!」


 すぐ傍で瑞希が〈月相のダガー〉を握り、フェリオンと並んで身構えている。幸助は痛みを堪えて腰の拳銃に手を伸ばしたが、味方に当たる可能性が高いと考え直してスタン警棒を握った。瑞希の様子から足音は相変わらず階段を上がってきているようだ。これだけを大騒ぎをすれば気づいていないはずがないのだが。


「え……?」

「な!?」


 ついに足音の主が姿を現す。その姿を見た幸助は、駅で瑞希に会った時に匹敵するほどの衝撃を受けた。その人物は驚き戸惑う幸助達を見回し、歓迎するように両手を広げた。


「ようこそ。我らが同胞達よ」


 身に着けているのは高級そうな白いスーツ。しかしその声、その姿は、消去されてしまったと言っていた瑞希のメインキャラクター、ルインそのものだった。


「君は……ルイン?」

「これは……なんとしたことか」

「そ、そんな……」

「何だ何だ?こいつも知り合いなのか?」


 ただ一人事情を知らないアジールを除いて、全員が呆気にとられて動くことができなかった。特に瑞希の動揺は尋常ではなく、顔からは完全に血の気が引いていた。


「ど、どうしてルインが……俺は、ここにいるのに……」


 今にもその場にへたり込んでしまいそうな瑞希を見て、幸助は我に返って駆け寄り肩を掴んで揺さぶる。


「しっかりしろ!あいつが何だろうが、お前が瑞希だってことは俺が保証してやる!ガキの頃から知ってる俺がな!」


 耳元で怒鳴っても瑞希の反応は良くない。業を煮やした幸助は瑞希の頭を掴んでガシガシと乱暴に撫でた。いつもならすぐに気づいて逃げ出すはずなので、ショックは相当なものだったのだろう。


「……や、やめろ!離れろ!暑い!汗臭い!」


 ようやく正気に戻ったらしく瑞希は幸助の手を振り払って後ずさり、玲一とフェリオンの間に逃げ込んだ。玲一が一瞬睨んできたが、すぐにルインの方に向き直って前に進み出る。


「何とも奇妙な事になったものよな。とはいえ」

「ああ。私達のすることは変わらない」


 玲一と紅美も調子を取り戻し好戦的な笑顔を浮かべる。対応に困っていたアジールはその様子を見て腕を振り上げる。戦力外二人とフェリオンを除いても三対一だが、当のルインはまるで動揺する気配を見せなかった。


「どうにも穏やかではないな。君達は知りたいことがあってここに来たのではないのか?」

「悪いけど、その姿と声の時点で胡散臭うさんくさすぎるんだわ」

「ならばなおさら矛を収めるべきだ。こちらは全てを語る用意がある」


 ルインは相変わらず余裕の態度を崩さない。いかにルインが強力なキャラクターといえどサイカやディアドラとて同等である。アジールにしてもそれに近い強さはあるだろう。そんな三人に囲まれてなおこの余裕は、何か隠し玉があるのではないかと疑ってしまう。もちろんただのブラフである可能性もなくはないが。


「みんな、待ってくれ。戦うつもりはないみたいだし、話を聞いてからでも遅くない。思う壺なのは悔しいけど今を逃したら何もわからなくなる気がする」


 一番動揺しているはずの瑞希にそう言われては引き下がらざるをえない。幸助は警棒を元に戻すと、既に汗で濡れきったタオルで顔を拭った。


「賢明だな。しかし長い話になる。こんな暑い場所で立ち話というのも落ち着かないだろう。ついてきたまえ」


 そう言うとルインはくるりと踵を返し、上がって来たばかりの階段を下りていく。無防備すぎる動きに逆に警戒心を呼び起こされるが、諸々の疑問の答えを持っているという相手への興味が上回った。しかし足を踏み出した矢先、幸助は再び玲一に腕を掴まれる。


「おぬしはならん。フェリオンと先に帰れ」

「は?ここまで来て俺だけ仲間外れとか納得いかねえぞ?」

「あやつは私でも一筋縄ではいかん相手だ。加えて、いかなる罠があるやもしれぬ」

「お前とディアドラとアジールの三人がいりゃどうとでもなんだろ」

「はっきり言っておく。私はおぬしがどうなろうが知った事ではない。だがそれではティリアが悲しむのだ」


 幸助は返答に詰まった。罠の可能性は否定できないし相手が一人だけという保証もない。弱いだけならまだしも人質にされたらその時点で終わりだ。回復アイテムの効果がないというのも致命的である。


 ルインは壁役としての能力に特化しているので瞬間的な火力こそ低めだが、パーティーを組んだ時の頼もしさはよく知っている。当然、敵に回せば非常に厄介な存在であることも。


「サイカ、連れてってあげられないか?戦いになるって決まった訳じゃないし、間違いなく重大な話だろうから一緒に聞いてもらった方が俺も……手間が省けるし」

「いかにそなたの頼みでも、こればかりは」

「ティリアがそうしたいってんなら良いじゃねえか。こいつ一人守るくらい大したことねえよ」

「万が一の時は私が時間を稼ごう。その間にサイカが二人を連れ出してくれれば良いさ」


 頑なに反対していた玲一だったが、アジールと紅美が賛成に回ったことで諦めて手を放してきた。あるいは元々こうなるのは分かっていて、警戒させるために一芝居打ったのかもしれない。


「みんな、ありがとう。戦闘になりそうなら俺と幸助は真っ先に逃げるよ」

「おう。一目散にケツまくるぜ」


 アジールを先頭に再び隊列を組み、幸助は紅美の後について長い隠し階段を下りていく。のっぺりした作りの階段を下りた先には大きな部屋があり、そこを抜けると長い廊下に出た。


 光を放つ巨大な結晶がいたるところに置かれているおかげで足元に不安はなく、どういう理屈なのか空調も行き届いていて、上とは比べ物にならないほど涼しく快適だった。壁や床は石とも金属ともつかない質感で、青黒い色をしており僅かな光沢があった。幸助は同じものをどこかで見たような気がした。


「上の建物より広いんじゃねえか?違法建築じゃね?」

「拳銃ぶら下げてる奴が言えた台詞じゃないだろ」


 背後から瑞希のツッコミが飛んでくる。内心は分からないが、少なくとも表面上はいつもの調子に戻ったようだった。廊下を抜け、幾つかの扉を潜ると急に広い空間に出る。何かの生産ラインらしく機械が整然と並んでいた。全体的に工場のような雰囲気だが今は稼働していないようだった。


「あれは〈毛玉〉か?」

「なにっ?どこだ?」


 紅美が指差した先、ラインの端の透明な容器の中に〈毛玉〉の姿があった。そのラインを追っていくと終端に見覚えのある箱が見えた。〈マルチバースサーガ〉の専用端末である〈バーサルウェア〉の梱包箱だった。


「こ、これって……」


 絞り出すような瑞希の声。先頭を歩くルインがおもむろに立ち止まって振り返った。


「見ての通り、ここでは〈バーサルウェア〉を生産している」

「あれの材料に〈毛玉〉が使われてるのか!?」


 事実ならとんでもない話である。〈マルサガ〉のサービスが始まった時期を考えれば3、4年前、あるいはもっと以前から現実に〈毛玉〉が存在していたことになるからだ。


「その通り。さて、もうすぐだ」


 何でもない事のように言ってルインは再び歩き出す。あまりの事態に呆然と立ちつくしていると、背中を玲一に小突かれる。


「呆けるな。おぬしがそんな様でどうする」

「お、おう……」


 衝撃が冷めやらぬまま歩き続け、辿り着いた先は大きなテーブルセットが置かれた応接室のような部屋だった。中に足を踏み入れると、いかにも秘書という雰囲気を醸し出すスーツの女が出迎えてくる。


「自由にかけてくれたまえ」


 幸助は全員に目配せして頷いた。玲一がリュックサックを下ろしてソファの後ろに置く。テーブルを挟んでルインの真正面のソファに瑞希が座り、その両脇に幸助と玲一、右のソファに紅美、左のソファをずらしてアジールが床に座り込んだ。フェリオンは瑞希の背後、荷物の傍に陣取った。万が一の時は紅美とアジールが相手を抑え、その隙に逃げ出すための配置である。


 先ほどの秘書風の女が飲み物を持ってきた。緩くウェーブした瑠璃色の髪を後ろでまとめていて、スーツを着ていてさえスタイルの良さが見て取れる。だがその肌は、人間にあるまじき薄水色をしていた。


「あんたも〈水魔ニクス〉か……と、失礼だったかな」


 うっかり漏らしてしまった一言にも女は眉をひそめたりせず、微笑んで静かに頷いた。幸助は思わずその笑顔に見入ってしまう。自分のメインキャラクターのネレウスと同じ種族ということで親近感が湧いたというのもある。旅先で同郷の人間に会った時のようなものだろうか。


(いいじゃねえか)


 豊かな胸や腰回りを見ていると知らずに頬が緩んでしまう。ワイルドで凛々しい雰囲気を持つディアドラとは全く違うタイプの美人で、幸助は女の一挙手一投足をつい目で追ってしまう。「こういうビシッとした格好も良いな」などと考えていると、脇腹に痛みが走った。見れば隣に座った瑞希の肘が突き刺さっている。


「ボーっとするな、バカ」

「ひ、肘は反則……」


 テーブルの上に置かれた飲み物に手を付けるか迷っていると、アジールが真っ先に手を伸ばして一息に飲み終えてしまった。さすが怖いもの知らずである。用心の為にグラスを持って飲むふりをしていると、自分のグラスを置いたルインが口を開いた。


「まずは自己紹介をしよう。私はネオリック社代表取締役社長の天野行成あまのゆきなりだ」


 ルインの姿をした男は、名刺を取り出しながら慣れた様子で自己紹介を始めた。


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