phase4 待ち合わせ
明くる日、仁蓮駅の構内にあるハンバーガーショップの店内。その奥まったテーブル席に風変わりな少女が座っていた。明褐色の肌に淡いグレーの長髪、おまけに獣耳とふさふさの尻尾というあまりにも異質な容姿は、ただそこにいるだけで周囲の注目を集めている。
さらにその少女の目の前には体格の良い男が立ち尽くしていた。ほんの数十秒前のこと、入店したこの男は少女の姿に見るなり固まってしまったが、懸命に手招きする少女に促されテーブルの前までやって来たのだった。
「ど、どうなってんだこりゃ……俺は夢でも見てんのか……?」
「俺だって夢だと思いたい。でも現実なんだよ、これが」
創作物から抜け出してきたとしか思えない少女は、驚きで固まった男の顔を見上げて苦笑する。ぎこちない笑みを浮かべた口から、犬歯というには鋭すぎる白い牙が覗いていた。
「ひとまずはコスプレだと思ってくれりゃいい。それより突っ立ってないで座れよ、
瑞希は身振りも交えて幸助に着席を促す。ただでさえ図体のデカさのせいで目を引くのに、いつまでも突っ立っていられてはかなわないからだ。
「どっから俺の名前を……あいつか?それとも……」
名前を呼ばれた幸助は眉間に
だが幸助が向けてくる視線にいつもの親しみは欠片も感じられなかった。むしろ赤の他人に向けるそれよりも厳しいくらいである。その気持ちは瑞希も痛いほどわかった。逆の立場なら自分だってそうしただろうから。
「その……だな。信じられないだろうけど、俺は『
「はあ?」
幸助の表情が大きく歪む。何言ってんだこのガキ、と顔に書いてあるかのようだった。きょろきょろと周囲を見回し始めたのは、近くでこの状況を仕組んだ人間がいないかを探っているのだろう。幸助にとっては今の瑞希は「友人の名を騙る外国人のコスプレ少女」でしかないのだから。
そうとは分かっていても、この境遇で唯一頼れる現実の友人にこういう顔をされるのは想像以上に瑞希の胸にこたえた。
「何のつもりか知らねえが、俺の知ってる
幸助は仕掛け人探しを一旦切り上げると、瑞希の真意を確かめるようにじっと見下してくる。頭一つ分以上高い位置から見下される状況に、瑞希は何とも言えない圧迫感を感じた。幼馴染といっても今の体格差は単純に怖い。なによりも幸助が向けてくる視線に肯定的な感情が微塵もないことが悲しかった。
気まずい沈黙が訪れる。流れを変えようと瑞希は手を打った。
「そうだ、俺が誘ったんだし昨日の約束通り飯を奢るよ。何でも言ってくれ」
「……じゃあダブルチーズバーガーセット、コーラで」
「わかった。すぐ買ってくるから待ってろ」
怪しんでいても食い物に反応するのは幸助らしい、と胸の内で苦笑しつつ瑞希は立ち上がる。少なくとも食べ終わるまでは帰らないだろうし、食ってしまえばもう少し落ち着いて話を聞いてもらえるだろう、という打算もあった。
レジに向かう瑞希だったが、その動きを周囲の視線がぴったりと追尾してくる。店内はやけに静かで、ヒソヒソと話す声に混じってスマホの撮影音も聞こえてきた。決して自意識過剰からくる幻聴ではない。
瑞希自身、白昼街中でこんなコスプレ少女を見かけたら自重できる気はしないからだ。物音や話し声に勝手に反応して獣耳はぴくっと動くし、緊張のせいで尻尾が立ち上がってきてしまう。
「(あのコスプレの子、はまりすぎじゃない?)」
「(連休だしイベントとかあるんかね)」
「(こんな田舎でか?顔立ちからして外国人だろうけど、どこの国だろ)」
「(でもさっき日本語話してたぞ)」
「(なんで連れがあんなゴリラ男なんだ?通報案件?)」
「ママ!あのおねえちゃん、おみみとしっぽ生えてる!」
「(ゆう君、しーっ!)」
(全部、聞こえてるんだよなあ……)
今の瑞希の耳はかなり高性能だった。犬ほどではないかもしれないが人間の範疇にはない。それ自体は悪い事ではないが聞こえているのに聞こえていないフリをし続けるのは想像よりずっと辛かった。そもそも演技というものが壊滅的に苦手で、嘘をついてもすぐバレる類の人間だったからだ。
今日ここに来るにあたって、耳や尻尾のような目立つ特徴を隠すことは真っ先に考えたが、それをするにはこの国の夏は暑すぎた。特に今日は朝から蒸し暑く、厚着して変装なんて考えられなかったのだ。帽子で隠せる獣耳はともかく、ふさふさの長い尻尾を隠しきるような格好なんてやっていられない。
幸助を自宅に呼び出すことも考えたが、今の瑞希の部屋は落ち着いて話が出来るような状況ではなかったし、昨日の今日で幸助の家に押し掛けるというのも躊躇われた。お互いもう子供ではないし〈マルサガ〉が切っ掛けで偶然再会するまで何年も疎遠だったという事もある。全身に視線のシャワーを浴びながらレジの前に立った瑞希は、どんな時でも仕事を忘れない店員にほっとしつつオーダーを伝える。
「ダブルチーズバーガーセット一つ。ドリンクはコーラで」
「(おおっ)」
「(しゃべった)」
「(かわいい)」
店内に密かなどよめきが走り、瑞希は自分が動物園の珍獣になったような気分を味わう。この仁蓮市は一応首都圏に入っているが都心からはかなり離れた地方都市だ。有名な観光地や工場等もなく外国人の姿は多くはない。しかも子供となるとまず見かけることはない土地柄だ。コスプレ成分を除いても人目を引くのは避けようがなかった。
支払いを済ませた瑞希はレジの傍の椅子に座り、少しでも目立たぬように身を縮めて待った。一秒が何倍にも感じられる時間を過ごした後で商品がのったトレーを受け取ると、行きと同じように好奇の視線を浴びながら幸助のいるテーブルに戻った。
数分後。瑞希の目の前にはハンバーガーとポテトをあっという間に平らげた幸助が腕を組んでいた。腹が満たされたせいか先程よりは警戒心も薄まったように見え、瑞希は餌付けが上手くいった手応えを感じていた。
「……で、あくまでもお前さんは、自分が瑞希だと、俺の幼馴染の
「そうだ。とりあえず昨日行く予定だったレイドボスの名前でも言おうか」
「そんなのあいつじゃなくたって知ってるし」
幸助の反応は予想通りだったが、大事なのは何でもいいから喋らせ続けることだ。ダンマリを通されるのが一番困ってしまう。
「じゃあこれ。俺の保険証とスマホ。お前とのやりとりも残ってるぞ」
それらの証拠をテーブルの上に並べると流石に幸助の表情が変わった。どちらも他人に貸し出すようなものではないからだ。
「まさか盗……いや、だったら俺に見せるわけねえか。でもそんなバカな話が」
幸助は未だに警戒を解いていない様子だが、警戒と緊張が緩んできているのは瑞希にも見て取れた。今の瑞希の背格好は人外のパーツに目を瞑れば十代前半くらいの少女だし、顔だって可愛いはずだと自信を持っている。自分が作ったのが信じられない出来栄えで、もう一度作れと言われても不可能だと言い切れるくらいなのだ。
そんな少女が友好的に接してくれば、例えそういう趣味がなくとも敵意や警戒を強く持ち続けるのは難しいだろう。
「……どこだ」
「え?」
「瑞希はどこに隠れてるんだ。どっかに隠れてこの様子を録画してんだろ」
「だから俺がその瑞希なんだよ。大体こんな回りくどいやり方でお前を騙したって何の得もないだろ」
「わざわざティリア似の子役を探して、プロにメイクまでさせるとか、あの変態ロリコン野郎、業が深すぎるぜ」
「誰が変態ロリコンだ!このおっぱい星人が!」
「!?」
周囲の目も忘れて立ち上がった瑞樹に、幸助は目を丸くする。
「そういうお前は年上の黒髪巨乳美人が好みだって言ってたな?」
「あ、あいつ子供にそんなことまで
「エロいコスチューム買っても自分のサブキャラじゃ興奮しないとか言って、知り合いにモデル頼んでドン引きされたこともあったな。後で俺に文句が来たんだぞ」
「な、なんだと!?」
瑞希は矢継ぎ早に思い出話をぶちまけた。幸助の表情から余裕が消えていくのを確認して一度言葉を切ると、息を整えてから囁くように続けた。
「小学校最後の夏に行ったキャンプを覚えてるか?」
「お、お前はどこまで……ああ、覚えてるよ。忘れるはずがねえ……」
「二人で抜け出して山崩れの現場を見に行ったよな。俺はそこで派手に転んで気絶して、目が覚めたらベッドの上でさ。後で二人して一生分くらい怒られたよな」
「まさか……本当に……」
瞬きを忘れて凝視してくる幸助の視線を正面から受け止め、瑞希は深々と頷いてみせた。やがて幸助は手で顔を覆うと、特大の溜息を吐きながら背もたれに身体を預けた。
「……なんてこった……こんなことが本当に起きるのかよ……」
幸助は未だに信じがたいという顔で何度も頭を振ると、飲み残していたコーラを氷ごと口に含んでガリガリと
「あとは……お前、股間のちょい上に3つ並んだホクロがあったよな。一緒にプールに行った時に毛が生えたんだぜとか自慢してきたから覚えて……」
「ブッ!!」
幸助の口から砕けた氷が盛大に吹き出すのを見て、瑞希は素早く身をかわした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます