第57話
―― ラッフェル島 ――
列車の試運転が終わると、農業用水路に使う予定の溝にコンクリートを敷いていき、いつでも川と接続できるように水門を設置して今日の作業を終えた。
町から鉱山までは直線距離で結ぶと約50kmほどの距離がある。
前回来た時は車で2時間掛けて移動をしたが、舗装されていない道を車で走るよりも、出来てしまえば直線距離を走る列車の方が早くて快適だ。
「助かったよ。みんなの協力の甲斐あって予定の1/4も進んだよ」
「お礼なんていらないわよ」
「そうですよ。もうこの島はタクト様の島なのですから、従者の私が協力するのは当たり前です」
「それとこれとは別だよ。ありがとう。ラルーラさん約束通りバベルに招待するよ」
「うふふ。楽しみです」
転移スキルでバベルの塔へやってくると、ラルーラさんは、いきなり目の前に現れたバベルの塔に圧倒されていた。気持ちはよく分かる。
「ラルーラさん?大丈夫ですか?」
固まっていたラルーラさんに声を掛けると我に返った。
「ごめんなさい。あまりにも立派な塔なので、驚いて声を失ってしまいました。それに神々しいというのは正にこの事ですね。思わず手を合わせそうになりました」
そう話をしていると、背後から背中を誰かが突っつくので、後ろを振り返るとアイラが困惑した表情でオレを見つめている。
「んっ?どうした?」
「いまさら言いづらいんですけど、私も塔の中に入るのは初めてなんですよね」
アイラは、シルバーノアで寝泊まりしていたので、バベルに来る事自体が初めてである。その事を今の今まで忘れていた。
「ごめん。あまりにも自然に仲間に入ったから、もう案内したと思い込んでいたよ。フェルムもそれならそうと言ってくれたらいいのに」
「私も忘れていました。面目ない」
「もぅ、肝心な所を忘れるなんて駄目じゃないのよ。そう言う私も忘れていたから同罪だけどね」
俺達三人は揃って、アイラに頭を下げて謝ると「そんな謝る必要はありませんよ。ずっと言いわなかった私が悪いんですから」と、首と手を横に振る。
そんな、うっかりもありつつ、二人の入門登録を済ませるとバベルの中へと入る。
塔の中に入ると、二人はフィーナの説明を逐一驚きながら聞いていてた。自分もも驚いた口だが、まだそれほど時間が経っていないと言うのに妙に懐かしさを感じる。それだけ充実した毎日を送っているのかな。
それから各フロアを順に説明をしていくと、最後に屋敷に辿り着いた。
「ここが最後、私達の住まいよ。みんな喉が渇いたでしょ。屋敷に入って飲み物でも飲みましょうか?」
「喋り過ぎて喉が渇いたんじゃないの?」
「何馬鹿言ってんのよ。忘れてるかも知れないけど私は妖精よ。喉が渇くなんてありえないってば、冷たいお茶でも出すから早く屋敷の中にはいりましょ」
「たまには妖精のままでいたらいいのに…じゃないと忘れるってばよ」
「もう…慣れって怖いわよね」
ですよね…肝心な時は意識するのに随分と自分に都合のいい解釈だと反省しつつ、屋敷に入るとリビングに直行した。
リビングに入りソファーに腰掛けると、早速フィーナが用意してくれたアイスティーを飲んで一息つく。
「二人ともどうだった?気に入ってくれた?」
「気に入るもなにも、どれも素晴らしいの一言です。永住したいです」
「私も同意見です。まだ全て見ていないですけど、この屋敷の中もVIPルームをさらに広くした感じで居住性が良さそうですね。ホールにあった絵画や彫刻も素晴らしかったです」
「確かに。センスが良く、嫌味がなくとてもいい感じでしたね」
『パクリですがね…もう面倒なので否定はしないが…』
この後も、少し興奮気味でラルーラさんとアイラが交互で感想を言い合っている姿を黙って聞いていた。今後の参考にするためだ。
それから暫くするとズボンのポケットの中から振動を感じた。ポケットの中に入れていたスマホを見ると、セットしたアラームとバイブ連動して鳴っていたので停止をして、転移スキルでシルバーノアの自室へと戻った。
シルバーノアに戻ると、各部屋の不在プレートを確認しながら食堂にも立ち寄ったが、シルバーノアには誰もいなかった。置手紙もそのままである。
陛下に説明をするのに時間がかかっているんだろうか…
「誰もいないですね…夕ご飯どうなされますか?」
「王子達も誰もいないって事は、王城でディナーの用意がされている可能性も捨てきれないな。いざとなったら町に行って食べたらいいか…」
「そうね。今から支度するのも面倒だし、ひょっとして用意してくれていたら悪いから声を掛けてか決まますか」
そう決まると、全員で王城へと赴いた。
王城に辿り着くと王族達と面談、ギルドからも数人呼ばれていたようで、初顔合わせする面々と挨拶を交わした。
「それで会議の進捗状況をお聞きしても?」
「うむ。王国騎士団達は堕天使の動向を祠で見張っているが、今のところは動きはないので、戦いを避けるならば騎士団の面々ではなく冒険者の力を借りる事になったよ」
「そうでしたね。騎士団の皆さんは祠の警備でしたね…ギルドの皆さん、ご協力を感謝します」
貴族ギルド長のライズさんに感謝を述べると苦笑い。
「何をおっしゃられると思ったら…逆に声を掛けて貰えなかったら拗ねていたところですよ。冒険者ギルド、商業ギルドともに全面的に協力は惜しみませんよ」
それから、予想通り王城で食事の用意がされているそうなのでご相伴になる事になった。
和やかなムードの中、食事が終わると王妃様が今晩泊まりにきたいと言いだした。
「私は構いませんが、空き部屋が…」
空き部屋の6号室はデニス公爵が使用していたので、親族とはいえ40歳過ぎの男が使った布団と枕を共有するのは失礼に当たる。
「ああ、そう言う事か。叔父上が使ったベッドと一緒じゃと危惧されているのですね。母上の布団はこちらで用意しますので願いを聞いてやっては頂けないでしょうか」
困った顔をしていると王子が察したようで助け船を出してくれた。
『流石カイル王子。言い難い事を察してくれてありがとよ!』
そんな話になり、王妃様の侍女がベッドメイクをやり直してくれるとの事。
「それでは、その間は荷物を一旦アンジェの部屋に置いて頂いて、アンジェや侍女さん達と湯浴みでも楽しんでいて貰えますか?」
「ええ。私も噂を耳にして楽しみにしてましたのよ」
王城で働く侍女達は自分達までまでもいいのか?と茫然としっていたが、あの大浴場の湯を数人の為に捨てるのは勿体ないからと言う理由を言うと侍女達は声を上げて歓喜。
少しでも多くの人に入浴の体感をして貰いたいと言う下心もある。女性限定にしたのは覗くわけじゃじゃないからな。あくまでも、女性の方が美意識的なものに敏感だからだよ。
誰に言い訳をいているのか分からないがともかくとして、今夜は王城から女性が一時的に全員いなくなると言う珍事が起りそうな勢いだ。人数が人数だけに、さすがにそれは無いと思うがな。
王妃様はそう言うと、アンジェとセリスに連れられて、大浴場へと向かうと言って去って行くと、領主達にもお風呂に入ることを薦めた。
「そうじゃな。それでは、私共もお風呂を頂くとしましょうかな」
「そうですな」
こうして、領主達もお風呂へと行ったので、6号室の使用者登録を王妃様に変更してから、侍女達が手早く寝具を取り替えた。凄い連携プレーに驚いた。
明日の資料作りが残っていたので、フィーナと一緒に自室へと戻る。
「ねぇ、いつもの見てもいい?」
「別に断りはいらないよ。どうせ無料で送られて来た物だからね」
カーテンの資料として渡した、通販カタログを見るのがフィーナの中でマイブームのようで、何やら一生懸命チェックをしてポストイットノートを貼り付けている。
「一体なにを一生懸命チェックしているんだい?」
「内緒と言いたいところだけど教えてあげるわ。特に興味があるのは下着かな?私も使っているけど、日本の物は本当に機能的だし可愛いからお気に入りなのよね。ふふーん…興味あるなら見てみたい?」
「馬鹿を言うんじゃない。そんな事をされたら鼻血で死んじゃうよ」
「冗談半分、本気半分で言ってみただけよ。この世界の女性は胸は布を巻いているだけだけだから、一人じゃ何にも出来ないから不便なのよね。その点日本の物はワンタッチだから重宝するわ」
「えっ!何でフィーナが日本の物を持っているんだ?行ったことあるのか?」
「神様と女神様が地球に行った時のお土産よ!それを参考にして幾つかは創作したけどね」
明らかに動揺をしていて怪しいが理屈は通っているな。女神様か…どんな方なんだろうか。フィーナ以上とは思えないが興味があるのはオレも男だからな。
「そうなんだ。お金はどうしたんだろ…他にも何か貰った物はあるのかい?」
「タクトの部屋の物と同じで製品を複製しただけだと思うよ。後下賜して頂いた物は化粧品や美容関係の物を貰ったくらいかな。神様同士の盟約に従って、ちゃんと地球の神様には報告済みだからその辺は心配しなくていいわよ」
「へー、そうなんだ。盟約があるんだ。神の世界も大変なんだな。しかし、フィーナが化粧や美容に興味があるなんて意外だよ」
「私も女性なのよ。少しでも綺麗になりたいって思うのはあたりまえじゃないのよ!」
「いや、元から綺麗だから必要ないんじゃないかなと思って」
「やだ!照れるじゃない。お世辞でも嬉しいわありがとうね」
フィーナは嬉しそうに照れていたが、お世辞ではない。
『それにしても、色々とツッコミどころ満載だよな。大体フィーナは妖精なのに、どうやってブラジャーとかのサイズが分かったんだ?スキルで調整可能なのだろうか?』
ブラジャーや化粧品を買ったのは、神様では無く女神様なんだろうが、何かが引っ掛かっている。
「いずれ、その時が来たら化粧品は再現したいから、その時は協力をお願いするよ」
「無論よ。鑑定出来る程度は残しておくから何時でも言ってね」
『そんな笑顔で言われたら、ビンに原料書いてあるって言い難いじゃないか!』
話が終わると、フィーナは静かにカタログに目を落としたので資料作りに入る。
それから約1時間、エクセルと向き合い何とか資料が出来たので、俺達も温泉に入ってからシルバーノアの食堂へと戻ると、王妃様を含めて全員がトランプで大盛り上がりしていた。
「王妃様、仕事が残っていたので大してお構いも出来ず、自室に篭っていた事をお許し下さい」
「貴方様がお忙しいのは承知しております。王国の為に動いて頂いているのに遜る必要などありませんよ。それよりも、お風呂は大変素晴らしかったですわ。このトランプと言う遊びも最高に楽しいですし」
王妃様は本当に楽しいようで、子供のように明け透けに笑う。気に入って貰えて良かった。
「それでは、私は明日もまた朝早くから準備があるので、お先にお暇させてもらいます」
「この国の為に苦労をお掛けして申し訳ないです。何も出来ない私達の事をお許し下さい」
王妃様は立ち上がり頭を下げると、全員が立ち上がり頭を下げた。
「頭をお上げ下さい。これは私達二人にしか出来ないことなんで、気になされなくても結構ですから!」
そう言ったものの、王妃様は申し訳なさそうな顔をしていたので、これ以上ここに居ても気を遣わせると思い、おやすみの挨拶をして食堂を後にした。
「あ~。今日もなんやかんや一杯あって、忙しかったな~」
いつもながら濃密な1日だったので結構疲れが溜まっていた。生理的に出たあくびでさえ抑えきれず、もう駄目だと思いつつ布団に入る。
「もう少しペースを落としたら?本当に過労で倒れるかもよ」
「心配掛けてごめんよ。この件が落ち着いたらきちんと休むとするよ。またその時に約束していたデートでもしようか?」
「本当に!今のタクトを見てなかなか催促出来なかったから覚えていてくれて嬉しいわ」
いつも手伝ってくれる、フィーナの希望を叶えてあげたい。それにオレもデートでもして癒されたい気持ちもある。そんな事を思いながら就寝をした。
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