第58話

翌朝…5時に目覚ましのアラームが鳴ると、フィーナはまだ寝ていたので音を立てて起こさないようにベッドから降りた。


着替えてから食堂へ向うと、ラルーラさんも朝早く目覚めたようで食堂で紅茶を飲んでいた。


「あっ、おはようございます」


「おはようございます。今朝は早いのですね」


「ええ。昨日の興奮が少し残っていたので中々寝付けなかったのですが、布団に入って目を瞑っていたらいつの間にか寝てしまっていました。タクトさんは、毎日こんなに朝早く起きて鍛錬ですか?」


「ええ、ストレス発散と始めたのですが、日課になっちゃって」


「その気持ち良く分かります。これだけ毎日忙しいとストレスも溜まりますものね」


ラルーラさんはにっこり笑うと、コーヒーを出してくれた。


「ありがとうございます」


「別に感謝される程の事はしていませんよ。それより、タクトさんとご一緒するようになって、驚きと楽しさで毎日心が躍るようになりました。色々と思う事もあるので、その時は相談に乗って下さい」


「相談ですか?僕が答えれる事ならいいのですが」


「今は多忙な時期ですから…また何れって事でお願いしますね」


『最近よく喋るようになってくれたよ…フィーナとはまた少し違った美人さんだから、笑顔も似合う。世の中の男は何してんだよ』


それからも、少し雑談をしてから甲板で愛刀を振ってストレス発散。異世界美人に囲まれて夢のような話だけど、今の自分の立場を考えると、雑念を追い払わないとやってらんない!


鍛錬が終わってから朝食を食べ終えると、王妃様がベッドの寝心地の良さに感動をしたのだとか…マットレスはプレゼントしておいた。


「おっと、そろそろ時間なので、王城へ陛下達を迎えにいく時間ですの呼んで参りますね」


誰かに頼もうかとも思ったのだが、セキリティーの問題もあるので、後方付けをアイラ達に任せて王城へと向かうと、陛下達は既に外で待機をしていた。


「皆さんおはようございます。今日は朝早くからお疲れさまです」


「おはよう。昨晩は妻が世話になった。礼を言うぞ」


「いえ。とんでもございません。王妃様をお迎え出来るなど身に余る光栄です」


社交辞令だとは、お互い分かっているのだが、多くの兵士の前ではこう言った礼節は必要だ。それからも挨拶をそれぞれが交わしていると、ライズさんとローズさんがこちらに向かってやってきた。


「本日はお招きいただいてありがとうございます。それと、先日は色々と失態をしてしまって失礼しました」


ローズさんは頭を下げるが、常識知らずだった自分が悪い。


「いえ。こちらこそ常識知らずでご迷惑を掛けました。今更ながら申し訳なかったと反省をしています。それでローズさんも今日は一緒に連れていかれるのですか?」


「ええ。ギルド長から、今後のギルドの業務に関わり合いがあると言う事で、実際に見ておいた方が仕事がしやすくなると、急遽私が代表として参加する事になりました」


「早朝から仕事とは言え、お疲れ様ですね。こんな朝早くから迷惑じゃありませんか?」


「いえいえ、迷惑なんてとんでもないですよ。この飛空挺に乗れる事を思えば、死んでも付いていくつもりでしたよ」


「死んだら、どうやって付いていくつもりなんだい?」


「あっそうか!っていうか、言葉のあやですよ。言葉狩りをするなんて、これだから老人は頭が固くて嫌になりますよね」


「相変わらず君は、言い難い事を平気で言うね」


ライズさんは100歳超えの老人と言えば老人ではあるが、見た目が若いから、かわいそうっていうか上司だろ。もう少し敬ってやれよな。


「まぁ、ともかく皆さんお待ちかねなので、そろそろ行きましょうか?」


苦笑いをしながらそう言うと、セキュリティーカードを渡してシルバーノアへと乗り込む。


「ちょうどいいところに…離陸の準備があるので、初めて搭乗する方に船内の案内をお任せしても宜しいですか?」


甲板に上がったところで、ローラさんが甲板の掃除をしていたのでお願いをすると快く引き受けてくれたので、艦橋に戻ってから、いつものルーティンでシルバーノアは王都から離陸をした。


自動操縦になると、朝早かったし王侯貴族の相手をするのもしんどいから仮眠室で休憩する。


狙ってやっている訳じゃないんだろうが、束の間の休憩を邪魔するように王子から連絡が入り、陛下達が話しがあると言うので執務室で対応する事になる。


着崩していたので身形を整えて、陛下達を呼びに食堂に行くと、ライズさんとローズさんが何やら大声で揉めていた。


「TPOはこの世界にはないのかよ。面倒な事に巻き込まれそうだから暫く様子を見てから入ろっか?」


フィーナも同意見なようで、さっと柱の影に隠れて聞き耳を立てると「私はこの飛空艇で働きたいです」と、駄々をこねていた。


ライズさんは困った顔をして首を横に振るがその気持ちはよく分かる。


「いや、それはあなたが決める話じゃありませんよね?タクトさんが言うのならともかくとして、あなたが去ったら誰がギルドの受付をするのですか?それに、あなたは子爵家の令嬢なんですよ」


「別に家を継ぐわけじゃないんですからいいじゃないですか?私がいないとギルドが回らないわけじゃあるまいし、また誰か雇えばいいじゃないですか?この飛空艇にギルド支部を作れば冒険者を一括に纏める事が出来るのですよ」


『なるほど…それはいい考えかも…』


ごもっともな意見に、ライズさんは顔をこわばらせた。


「その意見はいいかもしれませんが、それでもあなたが勝手に決めてはいそうですかって事にはなりません。それに貴族ギルドには簡単には入れないのは、あなたが一番良く知っているでしょうに…」


最初は皆、生暖かい目で見ていたのだが、見かねた陛下は「ゴホン」と咳払いをする。


「陛下…すいません。今ここでするべき話ではありませんね。またギルドに帰ってから話し合います」


ローズさんは顔を青くして、頭を下げる。


…空気が読めない娘と、この話の続きがあるのか思うとライズさんにも同情するよ。


こうして話が落ち着いたようなので、何も知らぬ振りをして食堂に顔を出すと、みんなが姿勢を正すと、まるで教室に入った教師のよだと苦笑いをしてしまう。


「陛下、お待たせして申し訳ございません。準備が整いましたので参りましょうか?」


何食わぬ顔でそういうと「多忙なところを呼び出してすまなかったな」と、陛下は少し安堵した顔をする。


そんな訳で、陛下、公爵、宰相、ライズさんを連れて執務室へ入ると要件を聞いてみる。


「それで急な話とは何でしょうか?」


「杞憂に終わればいいのだが、今後カイルから聞いた列車が開通をすると、タクト殿が考案した物がこの世に出回ると、後々面倒事が起こらないか心配になったのだ」


「陛下の言うとおりです。列車が開通し町同士が繋がれば、今まで需要のあった馬車や冒険者の護衛などの仕事を奪いかねない」


「それに、現在タクト様が考案した製品が他の領地の職人と競合すると、現在ある工場なども軒並み潰れて、大量に失業者が出る可能性もあります。そうなると商業ギルドが黙ってないでしょう」


「いつぞやにお会いしたワーグとか言う、商業ギルド長がですか?」


確か、ワーグとか言う恰幅の良いバーコード頭だと記憶している。


「そうだ、商業ギルドのワーグだ。実を言うと恥ずかしい話、王国と商業ギルドは仲があまり良くないのだ。存じているかどうかは分からぬが、本来ギルドとは国際機関であり、全くとは言わないが国が介入しにくいのだ」


意見や要望は言えるのだが、強要や強制は出来ないと言う話で、商業ギルドと王国でこれまでにも何度か揉めているそう。


貴族ギルド長のライズさんとは仲が良いのでは?と尋ねると、ライズさんは首を横に振って渋い顔をする。


なんでも、ライズさんは貴族ギルドと冒険者ギルドの両方を任されているのだが、他の種族のギルドと商業ギルドについては住み分けが違うので、運営方法には口を挟めないのだと申し訳なさそうに謝る。


「それは面倒な話ですね。それで商業ギルドはどんな仕事や管理をしているのですか?」


その問にライズさんが答える。商業ギルドの役割は3つあり、店舗の仲介(店舗の不動産業)、新しく開発された製品の管理(特許や権利)職業の斡旋(ハローワークのようなもの)であった。


「それでは、揉め事になるようでしたら。私が作る物は全て権利を放棄し、王国が権利を所有すると言うのではどうでしょうか?」


そう提案すると、ロンメルさんが首を横に振る。


「それは、大変嬉しいのですが、そうなると、やはり商業ギルドが黙ってないでしょう。やつらは強欲ですから必ず難癖をつけて権利を奪いにくるでしょう」


「ええ。ギルド長の私が言うのもなんですが、今の商業ギルドを纏めているワーグは、私利私欲の塊みたいな男ですからね。国が権利を全部持っていくとなれば、下手を打てば反乱を起こすかもしれません」


ライズさんは困った顔をしそう言う。


もし俺が全ての権利を放棄して、国や領主が製品の権利を持つ事となると、これから各領地で作られる製品が全て国や領主の管理になってしまう。


そうなると、困るのは商業ギルドであって類似製品を作っても、儲けは権利を持っている国や領主の物になってしまう。


そうなると、商業ギルドの運営資金になっている儲けが一切無くなってしまう。しかも、今まで商業ギルドが権利を持っていた物が、全てが売れなくなると言うおまけつきである。


『革新的イノベーションの問題は、各国で擦り合わせなければならないって事だな…』


「そう言う事ですか。それは厄介な問題ですね。しかし、反乱とは穏やかな話ではないですね」


「やつらは金に物を言わせ、私兵を数多く雇っているのだ。今は、わが国の兵士と均衡を保っているので揉め事は無いのだが、ここでバランスを失えばやつらが私兵を動かすかもしれん」


「そんなやつらに、私の創作した物を売りたくはないですね」


「その気持ちは分かるが、王都を戦場にするわけにはいかぬ。それ故に国も我慢しているのだ」


納得はいかないが、何とか解決策を見つけると一度棚上げして、次の問題は失業についだ。


馬車は、駅と町や村を繋ぐ短距離に…御者は駅員や運転手に斡旋すると言う話に。各領地にある工場や職人については、今ある工場に技術提供をしつつも設備を改修してはどうかと提案した。


「そういう話しであれば、商業ギルドも納得するでしょう。それでは列車の件が済み次第、一度商業ギルドのワーグと話し合いをする場を設けます」


「そうですね。その他、色々な事についてのは、今日の晩までに考えておきます」


「教えて貰う立場のワシらが、こんな面倒事を頼むなど本当に申し訳ない」


「いえ、お国の事情なら仕方がありませんし、ソフトランディング出来る、落とし所を見つけましょう」

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