第25話 

―― ザバル男爵 屋敷 ――


再びフィーナに【精神の癒し】を掛けてもらうと、ようやく落ち着きを取り戻した…


色々なバイトをしたけど特殊な性癖はない。コミケにも一度行った事があるが、コスプレした可愛い女の子もいたがその時は平気だった。


「醜態を晒してしまってすまなかった。そちらのお嬢さんを改めて紹介してくれないかな?」


「いえ、醜態なんてとんでもないです。こちらがお話していた婚約者のアイラです」


「ベッド上から失礼いたします。初めてお目に掛かります。私の名はアイラと申します。以後宜しくお願い致します。助けて頂いて何とお礼を申し上げたら良いのか…」


貴族令嬢のような言葉遣いに驚いた。この屋敷の従者達もそうだが、ひょっとしたらこの国の女性は礼儀作法は必須なのかも知れない。


「気にする事はありませんよ。フェルムは、掛け替えのない仲間ですから」


「そうよ、気にする事はないわ!じゃっ、こちらも紹介するね。まずこちらは、アイラさんの面倒をみて下さったザバル男爵です」


「私は領主のオレスティー・フォン・ザバルだ。以後見知り置いてくれ」


ザバル男爵は、見た目は50代前半で、白髪のオールバック、中肉中背で、とても優しい表情をする。


「それでは、改めまして。私は…」と、フィーナが言い掛けるとドアをノックする音がした。


「入れ」とザバル男爵が言うと、メイドさんが扉を開け現れた。


「旦那様。ご昼食の準備が整いました。殿下もお待ちになられております」


「紹介の途中ですまないが、立場上殿下を待たせるわけにはいかぬ。貴殿達の食事も用意させておるから一緒に食事でもしながら、そこで改めて自己紹介してはくれぬか?」


「それではお言葉に甘えて、食事を頂こうと思うが、三人ともそれでいいかな?」


「そう言えば、朝から何も食べていなかったもんね」


フィーナがそう言うと、どこからともなく腹の音が鳴った。


「ははは…体は正直だ。それでは行くとしよう」


「アイラ、立てるか?無理ならベッドで寝ていてもいいんだぞ」


「筋力が衰えているかもしれんからな」


「ご迷惑をお掛けした、他の皆様にも感謝の言葉を申し上げたいので…」


「それじゃ、俺が何とかするよ」


アイテムボックスから、ミスリル、座椅子、木材を取り出すと、俺は「創作」と詠唱。


座椅子が役に立つ日がくるとは思わなかった。


手持ちにゴムがないので、タイヤの部分は木でしか再現出来なかったが、その分スプリングでサスペンションを創作し乗り心地を改善させた。


簡易的な車椅子が2分弱で完成をすると、勿論、創作スキルを初めて目にした、ザバル男爵とアイラさんは驚愕していた。


「時間が無いのにお待たせして申し訳ない。また後から、殿下を含めて纏めてお話させて頂きますので今は説明はご勘弁を」


「そっ、そうだな…今はあえて聞くまい」


ザバル男爵は、動揺しながらも理解してくれて助かった。


フェルムとフィーナがアイラさんの体を支えながら車椅子に乗せると、部屋を出てサバル男爵について行った。


アイラさんは感触を確かめていていて「なんだか、凄く座り心地がいいです。ありがとうございました」と笑顔。


階段はフェルムが、お姫様抱っこをして降りて、道中で操作方法や使用方法をフェルムに実演しながら説明をした。


「…以上だけど、質問があるならいつでも言ってくれていいよ」


「私からは、今のところ何も無いです。ありがとうございました」


「しかし見事ですな!その車椅子と言うのは。私は初めて見ましたが、これがあれば足の不自由な人々が、我先にと欲するでしょうな」


「ええ、椅子がこのように自由に動かせるなんて考えもしなかったし、とても楽で不思議な乗り心地です」


即興で作ったにしては乗り心地は悪くないようで、アイラさんは満足したみたい。ザバル男爵からの評価も高く創作した甲斐があったな。


「さあ、到着いたしました。こちらへどうぞ」


食堂の扉が開かれると、王子と騎士長がすでに椅子に腰かけて待っていた。


「おっ、やっと来たな。その乗り物は何か分からないが、アイラさんが目覚めたところを見ると治療は成功したみたいだな」


「ご協力感謝いたします」


その場で、フェルムとアイラが頭を下げた。


「頭を上げてくれ。立ち話もなんだ、早く入って腰掛けてくれないか」


フェルムとアイラさんが頭を上げると、メイドさんに席に案内されて腰掛けた。


アイラさんの分の椅子は下げてもらい、車椅子ごとテーブルに入れると、ザバル男爵はメイドに食事を出すように指示を出した。


大勢のメイド達が、料理をカートに乗せて料理や飲み物が運ばれてきて、順にテーブルに並べられて行った。


どうやら、この世界では料理が前菜~デザートまで順番に出てくるのではないらしい。


「それでは、折角の食事が冷めてはもったいない。頂くとしようか」


食事が始まって直ぐに、ふと横を見るとフィーナとフェルムは食事が進んでいない。


パンなんてひと口かじった程度だった。


『出されたものぐらい、ありがたくいただけよな…とはいえ固いし、お世辞にもお美味しいとは言えないが…』


仕方が無いので、嫌味の無いようにアイテムボックスからパンを取り出す。


「私達の自己紹介をする前に、皆さんに、このパンを食べて頂きたいのですがいいでしょうか?」


「もちろん、パンについては別に構わないが、アイテムボックス持ちとは驚いたよ。私も持っているが、市井の民が持っているのを初めて見たよ」


「そうでしたね。私たちは、三人とも持っているので、忘れていましたが貴重品でしたね」


喋りながら、一人づつパンを手渡した。


全員にパンが行き渡ると、王子達はパンを口に運ぶと目を見開く。


「こっ!これは…なんて事だ!これほどまで美味しいパンを食べたのは生まれて初めてだ!」


王子は急に立ち上がると、絶叫に近い声を張り上げた。


フィーナとフェルムの方を見ると、満足そうにパンを口に入れて食べていた。


「このパンを説明する前に、まず私たちの自己紹介をさせて下さい」


「是非!こちらからお願いしたい」


すると、フィーナが立ち上がり紹介を始める。


「それでは、私から紹介をします」


フィーナがそう紹介したので、立ち上がり「タクト・オザキと申します。宜しくお願いします」と普通に挨拶をした。


俺は貴族でも何でもないし、作法などは今はまだ必要はないとフィーナから言われてる。


「そして、私の名はフィーナと言います。詳しい話をすべきかどうか迷いましたが、此方にいる方々は王侯貴族ばかりなので正直に話します」


「タクトは神の使徒で、私はタクトの眷属です。作法などは容赦ください」


「かっ、神の使徒ですと!」


ザバル男爵はそう叫んで、王子たちは口をひらいたまま固まっていた。


それからフィーナは、俺が地球という別世界から来た異世界人で、神様からアノースの文明の発展と世界の安寧を導く天命を受けた特別な存在だと説明した。


「なるほど…納得しました。そこの車椅子なるものや、このパンにしても、どれもこの世の物では無いと感じました。フィーナ様も神の使徒様なのでしょうか?」


「いえ。私は神様の側近として仕える妖精でありましたが、今はタクトの眷族です」


フィーナは、証明する様に「変身!」と詠唱をして妖精の姿に変わると、神々しく光を放って見せる。


あまりにも静かになっていたので、周りを見渡すと、フェルム以外は驚愕のあまり、持っていたパンを落としたり口が開いたまま固まっていた。


フィーナは、再び変身をして、女医の姿に戻ると【精神の癒し】を掛け回った。


「これは驚いた。寿命が短じみましたよ…本当に神の使徒様とは…アルムとゴルが赤子扱いだったわけだ」


「それで、神の使徒様は、この世界に来て何をなされるおつもりなのでしょうか?力はありますし、世界を正しい方向へ導くために、全種族の頂点に立つとか…」


「誤解しないで下さい。政治など面倒なだけで興味は一切ありません。敬称と敬語もやめて欲しいです。そんな歳じゃありませんし…」


王子は、俺の言葉に驚きを隠せない様子。


「神の使徒様とはいえ、人族の男性であるならば、権力、金貨、女、酒と色々欲望があって、当然じゃないのでしょうか?」


俺は「はぁ~」と、大きく溜息を吐き、無意識にフィーナを見ると目が合った。


「人族ですが、天命を果たさずに欲望のままに生きる神の使徒などありえませんって。この世界より遥かに優れた文明の世界からやって来たんですよ?」


「ですが、男なら美しい女性に取り囲まれたいと、誰でも思うものではないですか?」


「男ですから、まったく女性に興味がないと言えば嘘ですね。惚気るわけじゃないけど、フィーナより美しい女性がいるとは思いませんよ。彼女さえ隣にいてくれれば女性は充分ですって」


『つい、勢いで本音が出ちまったが、フィーナも感涙しているからまあいいか…。まあ良しとしよう』


王子とザバル男爵は話の途中から目を瞑りながら聞いていたが、話が終わると納得した表情をしていた。


「それにしても、タクト殿が他の女性はいらないという気持ちも分かりますな。誰もが羨むほどフィーナ様は美しい」


「確かに、羨ましい限りだな」


皆がそう褒めると、フィーナは赤面して照れていた。


「タクト殿…貴方は、神の使徒なのだ。私どころか全ての者に対して敬語や敬称など必要ないし、これからは私の事もカイルと呼んで欲しい」


「私もその方が助かりますが…体面上、皆さんの前では色々と誤解されるのも面倒なので、カイル王子とザバル男爵と今のまま呼ばさせて下さい」


お互いに呼び方を確認した。


「それはそうと、このパンの作り方なんですが…」


ザバル男爵は忘れないうちに、パンの製法を聞いておきたいとの事なので、厨房に移ると小麦粉を用意してもらいパンの作る工程を教える事にした。


アイテムボックスから培養したパン酵母を取り出して、実演方式で作り方をこの屋敷の料理人全員に説明していると、王子も気になった様子で忙しい合間を割いて話を真剣に聞いていた。


説明が終わり、釜から出来たてのパンが現れた時は、従者ともども拍手が喝采。試食だけで感涙する者までいた。


「感涙するなんて大袈裟過ぎやしませんか?」


「何を仰るやら…少しも大袈裟じゃありませんよ。この世界の主食であるパンが美味しくなればそれは革命と言っても過言じゃありません」


「フェルム殿の言うとおりだ!素晴らしいですぞ!私が食べ物でこれほど感動したのはいつ以来でしょうか!」


「こんな物で驚いていたら、あなた達ショック死するわよ」


フィーナが、そう言ってしまったので、まだ時期尚早だとは思うが、いずれは公開する予定だったので思い切ってシルバーノア案内をする事にした。


「それでは、私達の秘密の場所へと案内しましょう」


「そんな物どこに?」


「それはお楽しみで」


町にあまりにも近いと住民がパニックになるので、ザバル男爵に広くて目立たない場所がないか尋ねてみた。


町を出て、20分ほど馬車で走ったところに、大きな湖があるのでそこなら町から見えませんし、あの湖の近くは魔物が多いですから人もいないでしょうな」


「それでは、そこに向かいましょうか。索敵魔法があれば予め退治すればいいだけですしね」


そう決まると、アイラさんがお世話になったので、執事や侍女達、屋敷全員を連れ出す許可を貰い出発。


門兵は馬車の数に驚き不思議な顔をしていたが、構わずに町から外へと出る。


その後、何もトラブルは無く馬車で走る事約20分、ザバル男爵の案内で森に囲まれた湖畔に辿り着いた。


「それじゃ、フィーナ頼むよ」


「うふふ…反応が楽しみね」


そう言いながらフィーナは、シルバーノアをアイテムボックスから取り出す。


「―――――!ふっ、ふっ、船が空に浮いている!」


そこにいた全員が腰を抜かして、口を鯉が餌を貰うようにパクパクしている者も多数おり、大半は人間的に壊れてしまっていた。


フィーナに【精神の癒し】を全員に掛けてもらうと、全員が徐々に落ち着きを取り戻どしていった。

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