第42話 

―― シルバーノア 食堂 ――


昼食を食べ終わって話し合いの準備が整ったので本題に入る。


「まず堕天使が、何をしようとしていたのか教えて欲しいんだけど、何か知ってる事があるなら詳しく教えてくれない?」


「そうですね。まず何から話したらいいのか分かりませんが、レクトリスには堕天使の仲間が後二人いて邪神を復活をさせようとしていたようです」


「邪神なんて初めて聞くけど、フィーナの知っている神様の中でそんないかにもって、邪悪な名称を連想させる神様はいるの?」


「邪神って何?私も初めて聞く神の名ね」


アルム君も詳しくは知らないそうだが、知っている事を話してくれた。


アルム君の話によると、大昔に邪神と堕天使が突如人界に現れて世界を滅ぼそうとしたところを、勇者と天使が阻止する為に戦ったそうだ。


なぜ、邪神が世界を滅ぼそうと思ったかの理由や堕天使との繋がりは知らないらしい。


戦いの結果は、邪神は勇者と天使に敗れたが、神の名を冠とした邪神は不死であるが為、祠を作った後に邪神の体を7つに分けて封印したそうだ。


「いや、今の話ってツッコミどころ満載だろ?邪神ならなぜ人界に封印したんだ?それこそ神界に連れ帰って、他世界の最高神様達に裁いて貰うのがスジじゃないのか?」


「私もそう思う。出来なかった理由があるのかも…それに、現最高神のゼフト様がアノースを受け持つ前の話しだだと思う。もし知ってたら私に話すだろうし、小耳に挟むぐらいはあった筈よ」


「今の話から推測できるのは、この話は神の世界でもタブー視していたんじゃないのか?だって神様が自分の世界を壊そうとしたんだぞ。恥とまでは言わないけど、事例を作ると他世界の神が真似する恐れがあるからな」


「相変わらず達観してるわね。それなら私が知らないのも納得できる。これは私からの質問だけど、封印の祠の守護竜って言うのは何?勇者の力と関係あるの?」


アルム君の話が長かったので要約すると…


祠には、邪神を復活をさせるのを阻止する7頭の竜、つまり守護竜がいて、祠に入ると出入り口が封鎖され守護竜との決着がつかない限り祠から出らないそうだ。


不死の堕天使が守護竜と戦うと、損傷個所が修復されずに封印をされるとので、レクトリスが自ら戦いに赴くのは避けていたとの事らしい。


守護竜の強さを聞いてみると実際戦った事はないので見当が付かないが、レクトリス曰く、堕天使数名か堕天使と勇者が共闘すれば何とか倒せる程度の強さだとの事。


レクトリスはフェルムにクリスタルドラゴンを操らせ、レクトリス、フェルム、アルムの3人パーティを組み、この村の近くにある祠を攻略する予定を俺が何も知らずにぶっ潰したそうだ。


「なるほどって、前にタクトが考察していたまんまだね…」


「3人でパーティを組むまでは予想出来なかったよ。当たらずと雖も遠からずってとこだよ。クリスタルドラゴンを倒した事で封印を解いたのはショックだよ」


「えっ!!守護竜を倒したのってレクトリスを騙す為の嘘じゃ無かったんですか!」


「無傷で勝利を収めたわよ。それで満月の夜になると封印が弱まる的な事を言っていたけど、それについてはどうなの?」


「それこそ咄嗟にでた嘘で時間稼ぎです。次の満月の夜になるのは10日後ですからね。そう言っておけば、タクトさんが祠の封印を解く前に助けにくるんじゃないかと賭けていたんですよ」


「そっか。まんまと、オレとレクトリスはアルム君の策略に嵌ったわけだ」


「堕天使相手に勝てそうなのはタクトさんだけだったので、ご迷惑をお掛けすると分かっておきながら勝負を掛けさせて貰いました。勝手な期待をして申し訳ありません」


「その件に関してはオレも納得をしているから謝る必要は無いよ」


勇者に頼られるのはそりゃいいと思うが、じゃ何のために…愚痴っても仕方ないか。


レクトリスに直接話を聞く選択もあったが、フィーナの事を思うと今はその時では無いと判断して、過去起こった事を知っていそうな天使に話を聞く事にする。


「フィーナ、あのゴミを天空界に付き返したし、邪神の事も聞きたいから天使と会いたいんだけど、バベルの塔から連絡出来るんだっけ?」


「まず…」


「ん?バベルってなに?」


また絶妙なタイミングで、アルム君が話をぶった斬ってきたので、無意識にローラさんの顔を見てしまった…斬鉄剣かよってぐらいスパーンと斬りやがる。


「フィーナ様、話をこの馬鹿が切ってしまって申し訳ありません。この馬鹿には良く言い聞かせます」


「ふぅ、じゃ話を続けるけど…」


フィーナが苦笑しながら語ったのを要約すると、


① 人界と天空界の時間の流れは違うそうだ。(天空界の方が時間が流れるのが遅い)


② ゼフト様以外が、天空界の時間のズレを元に戻すには3つの門の鍵が必要。(鍵の在りかは神様しか知らない)


③ バベルは天使を呼び出す事が出来る。


『大体の話は分かったが、納得いかないのはなぜ!今度会ったら神様を問い詰めてやるしかないな。だってこうなる事を見越してバベルを作ったとしか思いようがないじゃないか!』


神様の批判なんてフィーナや勇者の前では愚痴れないので必死に胸で押し殺した。


「オレ達はレクトリスを引き渡しにバベルの塔に向かうけど、君たちはどうする?」


「僕は付いて行きたいけど、ローラ達はどうする?迷惑を掛けっぱなしだから、タクトさんの仲間の応援に二人は置いて行きたい」


「アルム一人だと、迷惑を掛けると思うから、私が一緒に付いて行くわ。シェールとラルーラは、フェルムさんとアイラさんの手伝いを任せていい?」


「私じゃアルムの面倒を見る自信が無いからね。残念だけどローラに譲るわ。いってらっしゃい」


ラルーラさんが本当に残念そうにしていた姿を見て、アルム君とローラさんは驚いた顔をしていた。


人見知りが激しい上に普段は物静かなラルーラさんが自己主張をする姿や残念な表情を露わにするのが珍しいのだろう。


「それじゃ、送っていくついでに村の様子を見てからバベルの塔に向かおうか?フェルムとアイラも心配だから声を掛けておきたいしね」


全員の同意を得ると籠を家畜層に取りに行ってから全員揃って村に転移した。


村の外の目立たない場所に転移をして村へと入るとフェルムが治癒、アイラは村人ひとり一人に優しく声を掛けていた。


「フェルム、アイラ、忙しいところ悪いんだけど、ちょっとだけ話がある。言い難いけど今いいかな?」


「神の使徒様が助けた村人を気遣う必要はありませんよ。それに、ある程度治療に目処が立ったんで構いません」


「今から、ゴミを天空界に送り返す為にバベルに行くんだけど、ラルーラさんとシェールさんが手伝ってくれるそうなんで指示してやってくれないか?」


「それは助かります。人手が足りなくて困っていた所でした。ありがとうございます」


フェルムが答える前にアイラが答えると、アイラはラルーラさんとシェールさんを連れて村長の屋敷に入って行った。この世界の女性は強い!


それから、転移スキルでバベルの塔へと転移すると、バベルの塔は夕日に染まっていた。


「ひょえー!ここはどこ?って、本当塔があるよ!本や話で見聞きしたことあるけど、塔が実在してるなんてビックリだよな!」


どうやらアルムは驚くと「ひょえー」とか「うひゃー」と言う癖があるようで、ローラさんは恥ずかしいそうに頭を抱えていたが気持ちは分る。


「ごめんなさい。空気は読めないし、人の話に直ぐに割り込んでくるし…正直言ってうざいですよね?ね?」


ローラさんは、同意を求めてきたが苦笑いしてその場を誤魔化した。


バベルの塔の入り口がある階段下に到着すると、フィーナが「今から面白いものを見せるから、塔の上部を良く見ててね」と言って階段を駆け上がって行った。


なんの事かさっぱり見当もつかないけど、言われたとおりに空を見上げてると、空に巨大な魔法陣が顕現した。


塔が神々しく光輝きだしたと思った刹那、神々しい光が塔の上部に一気に集まって天空に向かって一直線に空を貫いた。


「ソーラ・レイだと!!」


「ひょえー!なんだか凄いぞローラ!」


「確かに凄いけど、あんたの(ひょえー!)でせっかくの演出が台無しよ!!もう帰れ!」


最後は夫婦漫才で締めると、階段を上がり門の入り口へと向かった。


「どう、綺麗だった?」


「驚ろいたよ。月でも吹っ飛ばすのかと心配しちゃったよ」


「うふふ…面白い冗談をありがとう。管理者権限で命ずる。謁見室まで転移」と命令する。


魔法陣が顕現したが、いつもの魔法陣とは緑色に対して赤色と色に違いがあった。


フェーナに促されて全員揃って魔法陣の中に入ると、赤の魔法陣は魔道エレベータと同じ仕組みのようで、転移先は塔の屋上だった。


塔の屋上から、水平線に沈む夕日が海に映る姿は、言葉にならないほど美しく綺麗だった。


「本当に綺麗な夕日ね。この景色を見れただけでここに来た価値があるわ。オマエサエイナケレバモットイイ!」


最後の一言が機械の様な無機質な声だったので、振り返えると神界で見たような立派な神殿が建っていて、アルム君が腰を抜かして口をぽかーんとしていた。


「何でこんな所に神殿があるんだ!?シルバーノアからバベルを見た事あるけどこんな神殿無かったぞ?」


「うふふ…隠蔽魔法よ」


「なるほど、驚きのあまりその事が思い浮かばなかったよ」


「それじゃ、この神殿の奥にテーブルと椅子があるから、天使が来るまでそこで待ちましょうか」


アルム君に【精神の癒し】を掛けて貰い、神殿の内部へ足を進めると、神殿内の神聖な空気を感じて心が引き締まる思いがした。


「まるでここは聖域だな。空気が違うと言うか、神様が住んでいる場所みたいな…」


「この神殿が作られている素材は神界から持って来て作られた物だからかな。それに人界、神界、天空界と繋がる場所だからその影響が少なからずあるのかもね」


いつもの夫婦漫才が聞こえないので後ろを振り返ると、荘厳な雰囲気にのまれたようで鳩が豆鉄砲を喰らったような表情をして立ち止まっていた。


フィーナにもう一度【精神の癒し】を掛けてもらうと「ここはどこ?私は誰?」と、再起動。


「すいません。経験の無い雰囲気に、いつのまにか自分を見失ちゃいました」


「前にタクトさんにお見舞いされた神威のような威圧を感じるんですが…」


うん。もう面倒なので無視でいいだろう。


神殿の奥の間にある部屋へと辿り着くと、そこは疑似された神界のよう。


外に出たような青空と草原の中に、お茶会が出来そうな六角形の焦げ茶色をしたカゼボがあって、カゼボの形に合わせた六角形の机と椅子が置かれていた。


幾ら慣れたとはいえこれには声が出ないほどの絶句!【精神の癒し】で再起動したものの思考停止した状態に陥った。


フィーナに案内されて、放心状態でオレやアルムさん達が腰掛けると、フィーナが気を利かせて紅茶を用意してくれたお陰で何とか復帰。


段々と雰囲気に慣れてくると光の中から扉が現れて、モノクルを掛けた金髪ロン毛の白い翼を生やした若い男の天使が現れた。


俺の中での天使のイメージとは合致はしていたが、人を値踏みするような目で見て来たので最悪の印象だ。


「これは、フィーナ様でしたっけ。ゼフト様から事情は伺っております」


「余計な言葉を発するなら、地獄に送るわよ」


フィーナは、腕を組み高圧的な態度で接すると、天使は顔が一気に青ざめる。


「それは、穏やかではない話ですね。ゼフト様に謹慎を申し付けられた、私達天使にどのような用件でしょうか?」


「どのような用件ですって!これを見なさい!」


フィーナは、小さくした籠を元の大きさに戻すと天使は籠の中を見て驚きの表情になる。


「こ…こいつは重罪犯のレクトリスじゃないですか!!私では対処出来ないので、少々お待ち頂いても宜しいでしょうか?」


「いいけど、少しでも余分な事言ってみなさい、その後どうなるか分かっているでしょうね?」


「もちろんですとも。後任の者にも伝えておきます」


天使は何かを思い出したような顔つきで、震えながら天空界に戻って行った。


「なぁ、なんだかあの天使かなりフィーナにビビっていたけど過去に何があったんだ?」


「あ~昔ね、私を怒らせたから、不死な事をいいことに簀巻きにして何度も首を刎ねてやったわ…なーんて、冗談よ嘘よ」


『いや…あの天使のビビリ方は異常だった、絶対冗談でも嘘でもない!!』


フィーナを怒らせない様にしようと心に誓う。


それから約10分ほど待っていると、今度はスキンヘッドの老人の天使が若くて美人の天使を召し使えてやってきた。


「お待たせしました。アっ違った、フィーナ様ご無沙汰しております。相変わらずお美しいそのお姿…」


「社交辞令はいいわ。それに、今なんか違ったって言わなかった?」


「いやいや、名前を言う前に緊張しまして、あい変わらずの『あ』が先に出てしまいまして」


「もういいわ。それで、そこのゴミの落とし前、どうつけるつもり!ですか?引き取って頂けるのですか?」


『マジ怖いよ。やばいいよこれ…ビビリ過ぎて粗相しそうになっちまうっ』


フィーナは、ビビっているオレに気が付き、青い顔をして誤魔化し始めるがもう遅い…アルム君もローラさんも気を失ってる…


「もちろん引き取りますとも。今すぐ天空界へと戻って長老会を開き、禁固刑を2千年ほど与えるとしましょう」


「それでいいわ。タクトは天使に何か聞きたいんだっけ?」


「2、3質問があるんですけどいいですか?」


「使徒様でいらっしゃいますな。どうぞ、何なりとご質問して下さい。私が知りうる事なら何でも包み隠さずお答えいたします」


『どんな調教を受けたら、天使がこんなに腰が低くなるのやら…』


アルム君とローラさんを再起動させると、それから質疑応答が始まり、纏めると…


約1500年前に、当時最高神だった邪神は邪な思想を持つ天使とアノースに住む人類を思いのまま操ろうと結託。


その場は天使によって拘束されたが、邪神は神の権限を剥奪、天使も権限を剥奪されて、例の白い部屋と呼ばている亜空間に軟禁される予定だったそうだ。


だが刑が執行される直前に、別動隊の邪な思想を持つ天使達に身柄を奪われたらしい。


その後、その最高神は邪神へ、邪な思想を持つ天使は堕天使と認定され、逃亡先の人界で当時の勇者と天使に封印されたそうだ。


邪神が人類を操って何をしようとしていたのかは、口を割る前に邪神も堕天使も勇者に封印されてしまったので今でも謎だと言う話だった。


ちなみに、レクトリスは封印されていた堕天使ではなく、他世界から補充された元天使だそうで、恐らく尋問や拷問して何か情報を得たら神様経由でフィーナに連絡をくれるそうだ。


いつでも連絡をとれるなんかよっ!と思ったが、そりゃそうか…さっきバベルは神界と繋がりがあるっていってたもんな…


後は約500年ほど前に封印を解かれた堕天使が、現在どこにいて何をしているのか知っているか?との問いに対して、天空界が世俗と離れて随分と時間が経過しているので何も知らないとの事。


だが、老人の天使が「他の堕天使を助ける為に守護竜に再び封印をされたのでは?」との可能性の話を聞いて妙に腑に落ちたのは、数百年もの間、神様やフィーナに身を隠して活動するのは不可能に近からだ。


その後は有力な情報がなかったので、レクトリスを天使達に引き渡して、常に天使を睨みつけているフィーナから天使を解放した?


「ご両名の事は最高神様からお聞きしておりましたが、こちらの方々はどの様なご関係で?」


「紹介が遅れました。勇者のアルムと仲間のローラです」


そう紹介をすると、アルム君は紋章を浮かび上がらせた。


「おおー!正しくそれは勇者の紋章…先代の勇者には、お世話になっていました。なにかの機会がございましたら、最高神様に許可を頂いて天空界に寄って下さい。歓迎を致します」


「ねぇ、ちょっと。それは、私達に言う言葉じゃなくて!」


「ごっ誤解ですよ。あれ?同じ事言いませんでしたっけ?」


老人の天使は慌ててその場を言い取り繕う。


「まぁいいわ。天空界に行くなんてこっちから願い下げよ、ふんっ!」と、拗ねた顔をしてそっぽを向く。


「皆様、私達はこれで失礼致します。もし機会がございましたら、お会いしましょう」


天使達は顔を引きつらせながら、急いで天空界へと戻っていった。


「思ったよりも情報が少なかったわね」


「そんな事ないよ。1500年前なら全ての物質が風化して文献も残っていないだろうし、より詳しく確かな情報が聞けたと思うよ」


「そう?タクトがそう言うなら、そうかもしれないわね」


「それにしても、流石フィーナ様でした…天使は喋っている途中、落ち着かずにずっとガタガタ震えていましたもん」


「そこは若気の至りよ。追求しないで欲しいかな…なんなら分かってもらえるまで、アルム君が天使の代わりに練習相手として付き合ってくれる?」


殺気をはらんだ視線でアルム君を睨みつけると、アルム君は恐怖で固また。


「フィーナ、その辺にしておけよ」


「冗談よ冗談。本気にしないで。私は…か弱い女性なんだからね!」


『――!どの口か言う!』


恐らく3人同時に突っ込んだ後、フィーナはオレの方を向いて、今にも舌を出しそうな悪戯っぽい笑みをしていた。


その姿を見て、オレは思わず苦笑いで応えて、アルム君とローラさんは、大いに安堵した表情を浮かべた。

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