第43話
―― ザバル領・ティス村 ――
バベルの塔から村に帰ってくると、村長がアイラを引き連れて駆け寄って来た。
「使徒様。村を代表として、村をお救い頂いてありがとうございます。たいした物は用意出来ませんでしたが、村人達で感謝を込めて宴の準備をいたしましたので楽しんでいって下さい」
「タクト様、村人からの感謝の気持ちを受け取ってやって下さい」
『前回帰って来た時に屋敷の様子が騒がしいと思ったけど、そう言う事ね…アイラの生まれ育った村だし村人からの厚意を無下には出来ないよな』
快く受けることすると。村人全員参加する野外イベントのような形で宴が開かれる。
会場の真ん中には、キャンプファイヤーの様に火が燃え盛っていて、村の広場を中心に明るく照らし出されていた。
木製の簡易的なベンチに案内されて着席すると、村長はコブシを口に当てるとひとつ咳払いして「さあ、今宵は感謝と歓迎の宴だ!皆のもの、存分に楽しもうとしようではないか!」と、宴の始まりを宣言。
屋敷や各個人の家から、女性達が料理や酒が山の様に運ばれ、用意してあったテーブルの上に置かれていった。
宴会が始まると、村の老若男女問わずダンスパーティーが繰り広げられ、それを見ながら酒を嗜む。
少し時間が経つが、隣に座っているフィーナを見てみると、お酒は進んでいるけど、つまみや食事に手を付けた様子が無い。
お世辞にも美味しいと言えないので、フルーツにしか手を付けていない自分も人の事を言えないが…
『調味料を出すのも失礼だけど、食事を用意をしてくれたのに残すのはもっと失礼だよな…』
自問自答の結果、味付け塩胡椒、焼肉のタレ、マヨネーズと食事が美味くなる3点セット?をご用意。
「大っぴらにすると厄介な事になるから、こっそり隠れて使うといいよ」
「やっぱり気が付いた」
「その皿の料理を見て、気が付かないほうがおかしいってば」
ため息交じりに小声でそう答えながら、自分の前に置いてある料理の横に小皿を置いて、パンや肉に3点セットで味付けして料理を食べ始めると、フェルムとアイラも、こちらを見てアイコンタクトを送ってきた。
バレない様に、こっそりと予備の調味料を渡すと二人はにんまりと笑顔。もはや自分への忠誠心や求心力は料理や調味料に向いているんではないかと疑いたくなる。
それを見ていた、アルム君以外の勇者パーティ達もこっそり近くにやってきて頭を下げられる。これじゃまるで何かを企んでいる小悪党と変わりがない。
「いったい、こそこそ何やっているんだ?」
「アルムは、知らないからいいの!これを知ったら、もう普通じゃいられないのよ!」
シェールさんとラルーラさんも、骨付き肉をかぶりつき、うんうんと頷いている。
「くっそ~、僕だけを仲間外れにするなよ!食べせろ!」
「ちょっと!何んで人の肉を取るのよ!返しなさい!」
アルム君はローラさんの骨付き肉を奪うと、逃げながら肉にかぶりついた。
「ひょえー!なんだこのうまい肉は、今まで食べた事ない味だぞ」
「あちゃー!でたよ、空気読めないリアクションバカ!そんな、大きな声で言ったら、バレちゃうじゃないのよ!」
ローラさんは、額に手を当て首を振りながらそう言うと、近くにいた村長についにバレる。
「ん?いかがされましたかな?」
「いやいや、こっちの話です。はい」
「さきほどから、料理に何か掛けられているようですが… 」
「これは魔法のスパイスなのです。これをこうして振り掛ければ、あ~ら不思議どんな料理でも瞬く間に美味しくなると言う、伝説の魔法のスパイス…ヒクッ…なのです 」
超人見知りのラルーラさんが、顔を真っ赤にしてテレビショッピングを彷彿させるような常套句を並べて、調味料を振りかざして悪乗りしていた。どうやら酒乱っぽい。
「俺にも貸してくれ」「ズルいぞ俺にも」「レディーファーストでしょ」
こうして、この村に第一次スパイス戦争が始まったのである(嘘)
「すみませんでした。うちの馬鹿勇者が、要らない事したばかりに…なんと詫びたら良いのか」
「ローラさんが謝る必要は無いよ。スパイスだけで、あんなに幸せそうな笑顔で盛り上がれるなら安いもんだよ。くさいセリフかも知れないけど、この笑顔を守るのがオレ達の努めじゃない?」
「くさいセリフな事はありませんよ。タクトさんの仰るとおりです。私もいつまでも幸せに笑っていたいですからね」
なんだか幸せそうな光景を見ているだけで、なんかこっちまでもが幸せを分けて貰っている気分になる。
幸福感をかみ締めていると、後方から鼻をすする音がするので振り返って見ると、アルム君は、酒に酔っているのか真っ赤な顔をして鼻を垂らしながら泣いていた。
「え~話だなー!ぐすっ」
「お前が、この感動を全部ぶち壊しじゃー!」
「ひょえー!」
ローラさんは笑いながら、アルム君を追いかけ回し始めた。
「ねぇ、タクト。本当に、みんな楽しそうだね」
フィーナも、かなり酒を飲んだのか、顔が赤く隣に腰掛けたと思ったら大胆にもオレの肩に頭を寄せてきた。酔ってるせいかいつもより色っぽさを感じる。
「ねぇタクト。あなたは幸せなの?」
「幸せだよ。異世界人のぼっちの俺がこうして仲間達を酒を酌み交わせるなんて最高じゃないか」
「分かるっ!分かるよその気持ち!私もすごーく幸せだよ。いつもタクトの周りは笑顔で溢れているんだもん。私も神界でほとんどひとりだったから、今のこの状況は本当に充実していて満たされているわ。ありがとね」
フィーナは、お酒が入っているせいか、トローンとした妖艶な眼で見つめてきて、甘い声で耳元で囁く声や仕草はまるでテレビの中のラブシーンのよう。
『どっ、どうしたらいいんだこの状況!エロ可愛すぎるんだろ!やっべー、落とされそうだ!どんな修行だよ!』
必死で秘儀九九を2の段から頭の中で詠唱しながら心を平常心に持っていく。
「いつも言うけどパン、ケーキ、調味料、どれをとっても、日本には日常的に存在して売っていた物だろ?笑顔のネタが摸造品ばかりだから素直に笑えないよ」
「自分の評価を上げた方がいいよ。真面目で、正義感が強くて、ちょっと不器用で、でもそんなタクトだからこそ、みんなが慕うんじゃじゃないの?もっと、自分に自信を持ちなさい」
困っていた顔をしていたの見えたのか?フェルムが、絶妙なタイミングで声を掛けてきた。
「よっ! お二人さん。飲んでいますか?」
「ちょっと、どうしたの、顔が真っ赤じゃなの?」
「いや、ちょっと知り合いの村人に飲まされちゃいまして。なんでも迷惑をかけたと…すいません…今まで蔑まれて生きて来た分、今幸せなんです。おっといけない吐き気が…」
かなりの大根役者っぷりに思わず苦笑。
「分かったから、どこかで休憩したほうがいい」
「治癒で酔いを醒ますのもなにか違う気がするから、悪いけどアイラを呼んで来てくれないか?」
「そうね。治癒でいい気分を台無しにする訳にはいかないからね。今すぐに呼んでくるから大人しくしてるのよ」
フィーナが、アイラを呼びに行くと、フェルムは見計らったように素に戻る。
「ご迷惑だったでしょうか?お困りの様子でしたので助け船を出したのですが…」
「いや、グッドジョブだ。もう少しで、好きって言っちゃう所だったよ」
「えっ!好きじゃないんですか?」
「死ぬほど好きだけど、訳があって言えないんだ…マリアナ海溝よりも深い事情があるんだよね…」
「マリアナ海溝とはなにかは分かりませんが、相当お辛そうですね」
「ああ、分かってくれるか、心の友よ」
そう言った勢いで、フェルムに抱きつくと、フェルムも乗りで返してくれた。
「やばい、来ましたよ!」
「もう~何してるのよ。タクト様に迷惑かけてダメじゃない!」
「アイラちょっと気分が悪い。少し吐いてくるよ」
フェルムは、今度は迫真の演技でその場を誤魔化した。本当に出来た仲間であると思った瞬間、木陰で本当に吐きやがった。
『思わず貰いそうになったじゃねーか!』
フェルムを介抱した後に肩を組んでどこかに行こうとしていたアイラを呼び止めた。
「今晩はどこに泊まるんだ?転移が必要なら頼むけど?」
「今日は、久しぶりに、我が家で寝るつもりです。家も無事でクリーンの魔法で綺麗になりましたから」
「そうか分かったよ。今後の話もあるから、明日の朝7時に迎えにくるよ」
「分かりました、用意をして門の外で、お待ちしております」
「さてと、勇者達にも泊まり先をどうするか聞きに行って、俺達も寝るとしようか?」
「だね。酔いも醒めてきたから頃合いね」
折を見て勇者パーティに今夜はシルバーノアで寝る事を提案すると全員が諸手を挙げて喜んでいた。バベルの客室から拝借した、ふかふかの大きな布団とトイレが魅力だそうだ。
村人達に、また明朝に別れの挨拶に寄る事を伝えると、村長が屋敷に泊まるように勧めてくれたが丁重に断った。
勇者パーティをシルバーノアの客室を貸し与えてから温泉に入って、屋敷に転移と思っていたら、フィーナが夜風に当たって帰りたいと言うので、久しぶりに歩いて屋敷に帰る。
暫く星を眺めながら歩き出すと、無言でフィーナが腕を組むように腕に掴まってきたので拒否をせず、腕を組んで歩きながら月と星の光を楽しむ。
そんなに長い距離ではないので、瞬く間にバベルに到着すると、組んでいた腕を離し、俺の正面に出て急に立ち止まる。すると後ろに手を組み話し出す。
「今日は、本当にありがとうね」
「どうしたんだ?急に畏まって」
「そうかな?いつも素直なつもりなんだけどな…今日さっ、タクトに「俺のフィーナに……」と言われた時に、私…鳥肌立っちゃたよ」
「あっ、あれは、咄嗟に出ちゃったんだ。勝手に所有物宣言しちゃってごめん」
「なんで謝るのよ!私は嬉しかった。心が震えたよ!って言いたかったのに!」
「そうなのか?何かごめん…」
「うふふ…」
「ん?何がおかしいんだ?」
「いやね、こんな会話、タクトと出会って、初日にしたな~ってね。随分と時間が経った様に感じるけど、まだひと月前の話だと思うと濃い人生もなかなかいいなーと思ってさ」
「だよな…つい先日の話なのに、もう数ヶ月も前の話のような感覚だよ」
「そうだね。色々あったよね…タクト!」
フィーナは俺の名前を叫ぶと、いきなり俺の胸に抱きついてきてパニック!
「今日はこれ以上タクトを困らせないから暫くこうさせていて」
なされるがまま、そしてなすがままフィーナを優しく抱きしめた。
「私ね今日本当に怖い思いしたのよ…」「うん」
「その時ね、タクト助けて!って叫んだら、本当に来てくれたの…」「うん」
「助けてもらって、こうやって、胸に飛び込んだら、凄く安心したの…」「うん」
「タクトが、頭を撫でてくれて、嬉しかったの!!」
あざとく催促された形だがレベルアップっしたのか、条件反射的に優しく頭を撫でていた。例えるなら自動運転に近い状態だ。
頭と心は既にパニックから、何も考えれないほど壊れそうになっていたのは言うまでもない。
暫く経つと、名残惜しそうに離れ、再び腕を組んで屋敷に戻って行ったが、着くまでの記憶が曖昧だ。
再起動をして、いつもの様に別々のベッドに入ると、今日の出来事を振り返る。
一喜一憂しながら思い出していると、何を思ったのか衝動的に「色々と怖い目に遭ったなら夢見が悪いといけな…今日は一緒の布団で寝ようか?」と誘っていた。
フィーナは可愛く照れ笑いしながらベッドに入って来たと思うと、腕に抱きついてくるまでがお約束。
だが、腕を抱きつかれたのに暴走どころか何も出来ずに、だだ冷静になろうと直立不動のまま羊の数を数える事になった。
翌朝…
ほとんど眠れないまま朝を迎えると、勢いで自分から誘っておいて大いに後悔。
真逆とばかりに満足気に隣に眠る、どんな形容も薄っぺらく感じてしまう美女を見て『神の眷属の妖精じゃなかったらな…』と思うと、ため息が漏れてしまう。
博士が人肌が恋しく…なんて言ってはいたが、妖精相手に抱き返す事も出来ない…自分の人生のままならなさを呪いたくなる…
フィーナを起こしてから勇者達を迎えに行き、全員で村へと転移スキルで移動した。
転移スキルがバレるとまずいので、車を止めていた場所に転移をすると徒歩で村へと向かった。
村が見えてくると、門の前でフェルムとアイラが、憑き物がとれたような笑顔で元気よく手を振っている。
「皆さん!おはようございます!」
「二人ともおはよう。出発する前に、フェルムとアイラに話があるんだけどいい?」
「…構いませんよ」
二人はオレが何を言いたいのかを悟ったかのようで、気まずい雰囲気に…
「何となく言いたい事は分かっていると思うけど、今から二人の従属契約を解こうと思う。二人は村に残って結婚をして子供を作り、未来に繋げていくのも悪くないんじゃないかと思うんだ」
「そんな話をなされるんじゃないかと思っていましたよ。ですが、最初の出会いや動機はどうであれ、今の私達はタクト様に惚れたからこそ従属のままでお傍に置いて欲しいのです」
「フェルムの言うとおりです。これから世界を変えると仰ったではありませんか。私達にそのお手伝いをさせて下さい。私達は見届けたいのです。神の使徒様である貴方様が世界を変える所を…」
二人があまりにも真剣な表情でそう言ので、胸がジーンと熱くなる。
「二人ともありがとう。もし俺が間違った事をしたり、間違った行動をとったりしたら遠慮なく叱ってくれ。少し頼りないかも知れないけど、これからも宜しくな」
「こちらこそ、これからも、不束者ですがどうか宜しくお願いします」
後ろを振り返るとなぜだか、みんな感涙をしていた。
「タクトさん。あなたは幸せ者だ!羨ましいよ。こんなに仲間に慕われて…信用出来る仲間がいて」
「ちょっと待って、アルム!それどう言う意味よ。私達が信用出来る仲間じゃないってわけ?」
「そうじゃないってば!誤解だよ~」
アルム君とローラさんは、相変わらず夫婦漫才を繰り返すが、自分は本当に幸せ者だと思った。
フィーナも目頭を押さえて落涙するのを堪えながら、手を差し出したので仲間4人で手を重ね合う。
「よし、辛気臭いのは止めだ。さてと公爵領に寄ってから王都に戻るとしようか!」
追っかけっこを始めていた、二人にわざと聞こえる様に大きな声でそう言うと…
「タクトさーん!置いていかないで~!」 「こら!待ちなさいよアルム!」
ラルーラさんは呆れた顔をし、珍しくシェールさんが声を押し殺してクスっと笑って反応を示していた。
ローラさんの、ドロップキック一発で騒ぎが収まると、全員で村人達に別れの挨拶をして村を離れた。
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