第54話

―――― シルバーノア 厨房 ――――


王子に冒険者村で起こった話をザバル男爵の屋敷へ報告をしに行くと王子は「さすがはタクト殿だな。感謝の言葉しかない」と満面の笑み。


ザバル領を出て、北の領主会議に出発することになった。


今日の会議は設備が整っているシルバーノアで行われるのが決まっていたので、ザバル男爵の屋敷から侍女や料理長が派遣される事になっていたので全員を乗せて出発した。


ちなみに今夜のメニューは、バンバンジーサラダ、コンソメスープ、ステーキ、コーヒーゼリーを料理長達と一緒に下準備した。


シルバーノアが自動操縦になると自室に戻って休憩する。


「タクトお疲れね。大丈夫?無理してない?」


「心配してくれてありがとう。今のところは平気だよ」


「ならいいけど…最近っていうか、ずっと過密スケジュールじゃない。タクトの性格的に止めるのは無理そうだけど、ほどほどにしないといつか倒れるわよ」


「そうだな。そもそも飛空艇を作ったのがそもそもの間違えだったんじゃないかと思た時期もあったよ。だけど時間は有限で金貨じゃ買えないし無駄に船や馬車で移動するよりも体も楽だしな」


「その気持ちは分るけど…この飛空艇には何世代も…いいえ、科学の力と知識の力がなければ実現できない物が多数あるからね…朝も言ったけど利用されるのが気に入らないと思ったらきちんと断りなさいよ」


『そもそも、神様やフィーナが望んだ結果だと思うんだがな…利用されてるって言うのも分かっている。まあ島ひとつが対価と思えば安いもんだとは思う。それに善行はいつか自分に返ってくる筈だ』


「分かってるさ。その為の今日の領主会議だし、今は我慢して基礎技術さえ教えて見に付ければ、自然とオレの手から離れていくようにしているからあと少しの辛抱だ。いつまでもこの国に留まるつもりもないしね」


「まあタクトがそう言うなら私は全力でサポートするだけだけど…今日はサービスで肩を揉んであげるわね」


ちょっと照れるが、こんな癒しがあるから頑張れるんだと思うとフィーナには感謝しかない。


『それにしても漸く最近フィーナの行動や言動にも慣れて来たかも…これが出会った頃なら気絶していたな…』


休憩を取った後、艦橋に行くと後10分弱で着くそうなので、伝声管で王子達に各領主達を出迎えるように伝えた。


デニス公爵の領地に到着すると、全住民総出じゃないかと思うぐらいの領民達が公爵邸を囲み熱烈歓迎された。


「ちょっと引くレベルの歓迎のされかただな…」


「この飛空艇を作った凄さだけではなくて、市井の民の為に買い物カートを作ったタクト様の優しさに触れた結果ですよ。手でも振って素直に民の感謝を受け取ってやって下さい」


アンジェにそう言われたので手を振るとドッと大歓声が上がる。どこぞの有名人も真っ青だが…悪くは無い。


この状態で俺自身がタラップを掛けられないので、フェルムに代行して貰ってフィーナと一緒に民たちの前から姿を消す。そうしないといつまで経ってもこの騒ぎは収まりそうにも無かった。


「それにしてもタクトの人気っぷりは凄いわね」


「揶揄うのはよしてくれないかな…まさかこんなになるとは予想外で戸惑ってるんだからさっ」


フィーナはオレの困っている顔を見て楽しそうだが、あまりにも過剰だとこの先外にも出歩けはしなくなる。


会議の前に食事となるスケジュールなので食堂で待っていると、王子が北の領地の貴族達を連れてやって来た。


「皆さん。お出迎えに上がれずにご無礼いたしました」


「なに構わんよ。それにしても、もの凄い人気だな!ワシの就任式よりも盛り上がるとは恐れ入ったよ。それよりこの前は、見舞いと貴重な薬をありがとう。おかげでこのとおり元気になった」


デニス公爵は、すっかり元気を取り戻していた。


「夏風邪でしたからね。それでも今日の会議に間に合って良かったですよ。シュミット男爵、ロイス子爵もようこそ」


「本日は、お招き頂いてありがとうございます。私が代表して挨拶申し上げます」


シュミット男爵とロイス子爵は恭しく挨拶をする。


「私は王侯貴族でも何でもないので頭なんて下げなくても宜しいですよ」


「いえいえ、とんでもございません。神の使徒様に技術の提供して頂けるのに無礼な振る舞いなど出来る筈がございません」


「それで、そちらのお嬢さん達は?」


そう聞くと、ロイス子爵が娘のリリーさん、シュミット男爵が娘さんのミリンダさんと順に紹介をされて、二人は紹介をされると揃ってカーテシーで挨拶。流石は貴族令嬢だけあって様になっている。


「今日は二人共、今後の勉強のため文官として連れてきております。何か無礼があっても目こぼしをしていただければ」


「私は貴族ではありませんからね。目こぼししていただきたいのはこちらの方ですよ、お二人とも勉強とは関心ですね。がんばってください」


「はい。心遣いありがとうございます」


食堂で会議をするのだがその前食事となり、ザバル男爵から派遣された給仕たちによって食事が並べられて食事を堪能。


俺としては食べ慣れてはいるが、北の領主達の反応はいつものように大袈裟なリアクションだった。


「いやー。こんなに美味しい物を食べたのは初めてです。どれもこれも馴染みのある素材ばかりと言うのに…」


「本当においしかったです。どうやったら、こんなに美味しくなるのか、是非また私の屋敷の料理長にご指導してほしいものですわ」


「そう言ってもらえて、作った甲斐がありましたよ。ですがどの料理もザバル男爵の料理長に教えたものばかりで、今日の料理も私は味見をしただけで料理長が作った料理ばかりですよ」


「そう言う事だ。我々がこれから目指すべきは料理だけではなくて、この飛空艇にあるものを自分たちの手で生産出来る体制を作る事だ。いつまでも施して貰うばかりではなく各領地で作れるものは作るのが今後の課題だな」


今日の会議の本題はまだ伏せてあったので、給仕たちが机を片付ける間にVIPルームや甲板に用意した、俺が創作した物をひとつずつ丁寧に説明をした。


創作物の説明が一通り終わると、再び食堂に戻ってコーヒーや紅茶を淹れてから休憩する事になった。


「しかし、紹介があった製品が我が領地で作れるなんて信じられん」


「確かにそうは思うが、素晴らしいではないか!これらを我が領地で作れるのだなんてな!」


と、休憩の筈なのに興奮冷めやまらぬ様でそう言いながら北の領主達は盛り上がっていた。


休憩もなし崩しになって、その勢いでこれらを作る素材について話し合いがもたれた。


王子からもたらされた資料と話し合いの結果、洋式便座は陶器が名産品らしいデニス公爵領。


ガラスは、今後大量に必要とされるので、珪砂や石灰が沢山とれるロイス子爵領。


ベッド、ソファー、カーテン、マスクは繊維加工が盛んな町を持つ、シュミット男爵領。


馬車の部品、ソファーやベッドのスプリング、買い物カート、タイヤやベアリングの製造ですでに実績があるザバル男爵が受け持つ事で合意。


ちなみに、馬車の総組には、ガラス、馬車用のソファー、ベアリング付きの車輪が必要のためデニス公爵領で組み立てられることに決まった。


「いやー。有意義で実に素晴らしい会合であった」


「そうですね。思ったよりすんなり決まって良かったですよ」


「それでは、技術を教える前に皆様に、これだけは守ってもらいたいと言う事があります」


そう言い始めると、全員が息を呑み耳をこちらに傾ける。


「まず、素材はお互いに融通し協力しあうこと。値段は適正価格で販売すること。獣人族、魔族、エルフ、それぞれの国に行くので、もし技術者の育成が必要な場合は受け入れすること。以上の事は必ず守って頂くようお願いします」


領主達は「「勿論だとも」」と承諾をした。


会議は思いのほか順調に終わって、続きは工場の建設予定や訪問日は、明日の朝から始めることになったので、席を立とうとすると「話があるのだが少し時間をくれないか?」デニス公爵に止められた。


「別に構いませんが、人払いをした方がいいですか?」


「そんなたいした話じゃないから、このままでよい」


「分かりました。それでお話と言うのは?」


「それでこれからタクト殿は、次はどこへ行って何をするつもりなのかな?」


「まぁ、まだ決定した訳じゃないのですが、東にある穀倉地帯の領地に行こうと思います」


「はて、どうしてじゃ?穀物なら毎年廃棄するほど余っておるじゃないか?」


「はい。だからこそ行きたいのです」


「その意図を、是非聞きたいんだが?」


そう問われたのでプラスチック製品を机の上に出して、この先、他の製品を作るにはどうしても必要になると話した。


プラスチックの素材となる小麦や、トウモロコシなどの収穫状況、在庫を各領地に見に赴き、合意が得られればそれらの素材を使ってバイオプラスチックを生産出来る工場を作りたいと説明。


この話は、以前に王子に相談したことがあり、この王国では小麦、サトウキビ、ジャガイモは毎年豊富に取れる様で、毎年廃棄になるほどの収穫量があると話をされた事がある。


これは、この星がそれほど人口も多くはない割には、広大な土地が余っているので畑が多く、穀物や野菜などの収穫量に対して消費量も少ないそうだ。


だからと言って、日本のように減反や農業を廃止すると教養や手に職を持たない農家の人々の働く場所が無くなり、一気に失業者が増えてしまう恐れがある。


過剰供給となれば、需要と供給のバランスが崩れデフレ状態になるので穀物や野菜を、王国が一度全て買い取って価格の安定を図っているので豊作の年は財政が圧迫。


そんな訳で、思いついたのはバイオプラスチックである。


バイオプラスチックとは、学校の授業での話しでは、地球温暖化や石油がいつかなくなると言う前提で、地球でも各地で開発や研究が進められていた。


しかし加熱するにしてもなんにしても石油燃料が必要になってコストもかかるし、食糧難になった場合は困ると言う事で、なかなか開発も研究も進んでいない分野だった。


しかし、石油のないこの世界では、石油由来のプラスチックの生産をするのは無理。


なので実際に作る事にしてみると、本などを調べると、まず澱粉に糖分と水をを加えて、発酵をさせてバイオエタノールを作る。


それから硫酸で水分を飛ばし、ポリ乳酸が出来るという工程ではあるのだが、問題は硫酸やポリ乳酸という劇薬を管理するのは難しいと言う事だ。


設備を用意するのは簡単であっても、事故などを考えると甲種レベルの危険物取扱の教育には、法令はともかくとして、物理化学、消火方法などの知識を植え付けるには時間がかかる。


仕方が無くこの方法を諦め、それからも教科書や本を見て、実際に試行錯誤しながら実験した結果、満足出来る品質になんとか成功した。


試した方法は、時間は掛かる上に、配合の分量で品質や強度が変わるため品質管理が難しい。


メインの素材は、小麦粉、トウモロコシ、サトウキビのなどの澱粉に水、グリセリン、酢酸を混ぜて加熱しながら攪拌をする。


混合物が透明で濃くなったら加熱を止めて任意の着色料を加える。こうして出来たものを金型に入れ、冷ますのに約2日を掛ければ完成である。


この方法は時間は掛かるが、安全にバイオプラスチックが完成したと言う理由から作られた方法である。


穀倉地から余った食料を、バイオプラスチックやバイオエタノールに変えれば、食料を廃棄すると言う無駄も省ける上に、需要が高まれば値段のコントロールもやり易くなるという思惑もある。


素材が澱粉であるため、カーボンニュートラルになる時間も早いので環境にも配慮できるし、加熱の方法も火の魔石さえあれば魔力があればなんとかなる。


「なるほど、これがそのバイオプラスチックか?」


「はい。空いている時間に作ってみたら結構うまく完成をしたので、次は穀倉地帯に行く事に決めたんです」


「そうか、それにしてもこのバイオプラスチックというのは軽い上に丈夫だな」


「ええ。元いた世界では、必要不可欠な素材でした」


「なるほど。それでは、次は東の公爵領のロマリアに行くとよい。国王である兄と私の妹だ、多少の融通や無理は聞いてくれるだろう」


「以前のプレゼンの時に紹介された程度ですが、お会いしたことはあります」


「うむ。ワシからも便宜を図ってもらえるように連絡をしておこう」


「宜しくお願いします」


「それでは、今日はここまでとしよう」


話が終わったので部屋に戻ろうとすると北の領主達が待ち構えていた。まぁこうなるとは予想はしていたのだがワザとらしく聞いてみる。


「どうかされましたか?」


「その、言いづらいのだが、今晩この船に泊めてもらうことは出来ないであろうかと…」


「お願いします。一度だけでもいいので、この飛空艇で別世界を味わってみたいのです!」


予想はしていたが、北の領主や娘達の必死に頼む姿を見ると無碍には扱えないし、結局泊める事になってしまった。


部屋の準備をしている間に、領主たちは、お風呂に入って旅の疲れを癒しす為に入って貰うことになった。


「それじゃ、カイル王子とアンジェ、北の領主たちに、お風呂の入り方を指導してやって貰えませんか?」


「無論だ。任せてくれ」「了解したわ。任せておいて」


二人はそう返事をすると、他のメンバーも従えてお風呂へと向かったので、フィーナを連れて客室の改修へと向った。


まず、公爵を一般客室に泊める訳にはいかないので、空いている6号室へ。


領主二人と娘二人は、一人ひと部屋づつに入ってもらう事にして、ベッドだけでもと思い、コイルスプリング式のクイーンサイズへと変更をした。


部屋の改修を終えると、女性陣がまずお風呂から出てきた。


「お二方とも。お風呂はいかがでしたか?」


「とても素晴らしかったですわ。特に石鹸と言うのは匂いがとても素晴らしく、お肌はつるつるすべすべになりました」


「ええ。それに濡れた髪を乾かすドライヤーも、とても素晴らしいですわ。クリーンの魔法では味わえない感覚でした」


「石鹸なら在庫がありますから、いくつかプレゼントしますよ。ドライヤーはまだ試作段階なので製品になりましたら屋敷にお送りしますね」


「私の住んでいる屋敷にには、お風呂がないのでこれを機に思い切って作って貰う事にしますわね」


相変わらず女性にはお風呂と、バスアメニティーは好評で、石鹸を作るときに副産物として得られるグリセリンは、バイオプラスチックの他にも保湿成分として化粧品や薬などにも使える。


それから、女性陣に牛乳やコーヒー牛乳を配っていると、男性陣もお風呂から出てきた。


「タクト殿!お風呂とは素晴らしいものであるな。疲れが癒えた感じがするぞ!」


男性陣はいつもながら、感想が大雑把ではあったが気に入ってもらえて良かったと思った。


こうして、明日も会議もあるのに、皆はトランプやリバーシを始めた。まるで修学旅行のようだ。

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