第52話


―― シルバーノア・食堂 ――


孤児院から帰えってくると、時刻はまだ10時半を回ったばかりだだが、今回は男連中と元冒険者の村へ向かう事に決める。もちろん抵抗にあったが…


「どうして私達も一緒に連れて行ってくれないの?」


「フィーナ様の仰るとおりですわ」


「君たちのような高貴で綺麗な女性達を、下賤な目に晒したくはないんだよ…分かるだろ?」


「そんな風に言われたら…仕方が無いわね」


「本当に上手い事を言いますね」


と…そんな経緯があって、今回は女性には勘弁してもらい、時間は掛かるがフェルムに御者を頼んでアルム君と馬車で元冒険者村を目指すことになった。


「二人とも急に頼んで悪いな」


「いえ、そんなの気にしないで下さい。それでタクトさんは、元冒険者の村で何をなされるつもりですか?」


「そうだな、まだこれを公表していいものかどうか分からないけど、元冒険者の村を一度解体して町を再建する計画をしているんだ」


「元冒険者の村の住民はどうなされるつもりですか?」


「これから行く村は、元冒険者ばかりと言う話だから、体力や魔力がそこそこ期待ができると言うのが王子と男爵の目論見さ。実際オレも納得しての行動だよ」


冒険者と言えば体力、魔力、行動力、団結力が備わっていなければ出来ない家業なので、過剰な期待はよしておくがそこそこは期待している。


「でも素直に言うこと聞きますかね。元冒険者は、自暴自棄になった者が多いので管理が難しいと聞いた事がありますよ」


「そのへんも織り込み済みだよ。国家やギルドに逆らったりしたら、いくらやさぐされていたって野垂れ死にするからな。駐在している兵士の言うことは聞くって話だよ」


それに王子から聞いた話ではあるが、冒険者という狭い世界の括りで見れば冒険者ランクは絶対的で強者には敬意を示すそうだ。


オレとフェルムは紛うこと無き高ランクの冒険者だが、神の使徒と魔人だから身分を簡単に明かす訳にはいかないので、保険の為に勇者のアルムに同行をお願いした。


だからと言って、水戸黄門の印籠のように勇者の紋章を使うのは面白くないので、自尊心を折るほどの絶対的な力を見せ付ければ従ってくれるだろう…


『名付けて山猿のボス作戦、ってなんだか情けない作戦名だな…』


「悪いけど、少し考えがあるから村に入ったら、俺一人にして傍観していてくれないかな?」


「それは別に構いませんが、何をなされるつもりですか?」


「それはお楽しみだよ」


昼食を馬車の中で摂りながら馬車を約2時間走らせると、辺り一帯が黄金に輝く大麦畑が広がりだして、大人の中に子供が混じって働いている姿が見えた。その先には元冒険者の村が見える。


元冒険者の村と言うので、スラムのようなイメージだったけど村の周りはしっかりと塀に囲まれていた。


「はぁー。情けないよな。子供が勉強もせず働いている姿を見ると」


「タクトさんがいた世界では、子供は働いていないんですか?そちらのほうが不思議ですが」


自分の価値観や倫理観はあくまで日本という恵まれた環境に育ったから…教育の大切さを伝えた先人たちや大人たちにもっと感謝をするべきではないかと反省する。


「そうだな、俺のいた日本という国が恵まれ過ぎていて、そう思うだけなのかもしれないな」


「なぜ王侯貴族や富裕層でもない子供達が身分隔たり無く学校で教養を学ぶのですか?」


「アルム君は、人間の価値に値段があると思うか?」


「ええ。認めたくはありませんが」


「そうだよな。綺麗ごとばかり並べていたけど、俺のいた国は平和で豊かな国だったんだ。国が無償で子供のうちから教養を身につけさせれば、人間としての価値が上がると言う考え方なんだ」


実際に日本では、自分の不注意で車やバイクなどで交通事故を起こした時に、医者、弁護士、子供などを殺めてしまうと生涯年収を算出されて莫大な賠償金額となる。逆に発展途上国や戦争紛争地では命の重みは軽い。


「はえ~、子供は学校に行くのが無料とは凄いですね」


「まあ無料と言っても、将来的にはその子供が働きだせば、税と言う形で国に税金として返す事になっているから、無料という事ではなく先行投資と言った感じかな?」


「なるほど…よく考えられてるシステムですね。だからタクトさんの言う教育をされて育てた人間は価値が上がり、色々な職業を自由に選べる選択にありつけると言う事ですね」


「そのとおりだよ。だから向こうの世界では俺みたいな平凡な生まれの平民でも、知識はこの世界の人々よりあるんだよ」


「異世界とは恐ろしい世界ですね。タクトさんのような知識を持った人間が大勢いると思うと、それは文明も発展しますよ」


「俺は広く浅い知識と器用貧乏だなけで、スキルに助けられているだけだよ。自分より賢くて凄い人はまだ沢山いるからな…」


『今までそんな事なんて考えた事も無かったよ。アノースと日本で教育を受けて来た俺との倫理観が大きく乖離しているから、意識を改めなくちゃな…』


厩に馬車預けてから、門へ行って三人ともプラチナのギルドカードを門兵に見せると門兵は顔面蒼白になる。


「ようこそおいで下さいました」


王子に書いてもらった書状を門兵に渡すと、書状の中身を見るなり首を捻る。


「少し頼みがあるんだけど、俺たちがこの村に入っている間は、何が起こっても自分で責任を負うから手出し不要でお願いしますね」


「書状にも何も手出し口出し無用と書いてありましたが…畏まりました」


王都や都市部に入るような面倒な手続きなど一切なく、すんなりと村へと入った。


「それにしても、元冒険者の村にまで門兵がいるんだな」


アルム君の話では、元冒険者が逃げ出さないように見張っているのではなくて、盗賊が勧誘に来たりするのを防いでいるという話である。


村の中に入ると果樹園や畑があって自給自足しているようだ。税だけで元冒険者を養うには国民からの反発もあるしコストが掛かりすぎるのであろう。


生産物は売る事が出来るし、金貨を得られるのであれば酒などの嗜好品も買えるから一石二鳥って事らしい。


村に入ると平屋が立ち並んでいて、生活の営みは普通に出来ているようだが、家の外には、まだ昼なのに赤い顔をして酒を呷っている者や、飲みつぶれて道で寝ている者もいた。


「ちょっと今から悪役になってくるから…演技だから真に受けない様にな」


「何をしようとしているのか分かりませんが、やり過ぎには注意をして下さいよ」


「これでも、冷静さには自信が…ないな。頑張って平常心を保つよ」


心配そうな顔をしたアルム君とフェルムに脇道に逸れて貰い、いかにも腕っぷしの強そうな膝から下部を欠損した片足の元冒険者に意図的に喧嘩を売る。


「まったく、昼間っから働きもしないで飲んだっくれていいご身分なこったな」


『このアノースに来てからというもの、忙しすぎて自由が無いからうっぷんが溜まってるんかな…本音ちゃ本音だ。羨ましいよまったく…』


煽られた元冒険者は誰が見ても分かるほど段々と顔を真っ赤にして赫怒を宿して殺気を放つ。


「貴様みたいな若造に俺達の気持ちの何が分かるってんだ!」


「誇れるところが年齢だけとはな。冒険者のなれの果てがこれだと思うと惨め過ぎて情けなくなるよ」


「俺達冒険者が死に物狂いで魔石や素材を得たおかげで、便利な生活出来ているのに偉そうなことをほざきやがって!」


「今は現役の冒険者のご厄介になってるんだろ?手足の一部を失ったからって人生を捨てた負け犬が偉そうに講釈かよ」


俺がそう煽ると、男がいきなり酒の入った鉄製のコップをこっちに向けて投げたので難なく避けると、コップは後ろの壁に当たり地面に落ちて転がった。


「野蛮人に話は通じないか。そんなんだから負け犬になるんだよ。おまえたちと同列にされた犬に申し訳ないな」


呆れ顔で言うと、さらに激高しながら杖をついて目の前まで近寄って来た。


「きっ、さまーっ!舐めやがって!どうやら死にてーみたいだな!」


そう言うと、胸ぐらを掴もうとしてきたので、ワザと服を掴ませる。


「おっ!なかなかの腕っ節じゃないか。それぐらい元気なら働けよ。あと酒臭せーんだよ!」


胸ぐらを掴み返し、元冒険者を片手で持ち上げると男の顔色が青色に変わる。


「なっ!なんだと!」


「赤くなったり青くなったり信号機かよ!たっく!」


男の手が胸から離れたので、そのまま男を人のいない道へと放り投げると男は道に転がっていき壁に激突。


「なっ、なんて馬鹿力だ!貴様は何者だ!」


「俺の名はタクトと言う。まだやるか?仲間を呼ぶなら今のうちだぞ」


そう挑発すると元冒険者は地面に座って仲間を呼ぶ口笛を鳴らす。


すると、腕や足を欠損した、モヒカンやスキンヘッドのガラの悪い男連中が武器を持って家から出てきて、次々と俺を囲うように集まってきた。


『おっと、リアル世紀末じゃねーかっ!』


「おい!ダズリーどうした?埃まみれでそんな所に座っちまって」


「この若造が、オレを馬鹿にしやがったから、分からせてやろうとしたら、逆にやられちまった」


『全員で4、50人ってとこか、騎士団相手でも楽勝だったから余裕だろ』


「惨めな元冒険者諸君…少しでも冒険者としての自尊心が残っているなら相手になってやる。かかってきやがれ」


「このクソガキが舐めやがって!」


片腕の無い元冒険者の一人がいきなり斬りかかってきたので、ひょいと横に避け足を掛けて転倒させると、勢いのまま転がったまま壁にぶつかり、目を回して立ち上がらなかった。


「やれやれ、この程度かよ…沸点が低すぎやしないか?程度が低すぎてドン引きだよ。元冒険者ならパーティ組んでたんだろ?低ランク冒険者だった意味が分かってがっかりだよ。ほら時間をやるから態勢を整えな」


さらに煽ると、正面に剣を持った者、左右にには杖を構えた者が並び隊列を作り始めた。


「これだけの人数相手に後悔するなよ!やっちまえ!」


ダズリーがそう言うと、魔法を使う者が各属性の魔法矢を放ち始めたのが見えたので、縮地で間合いを詰めて片っ端から正面の元冒険者を手刀で意識を刈り取っていく。


「くっそー!しくったぜ!おいお前ら!魔法を使うのはやめろ!今魔法を放つと味方に当たる」


元冒険者は苦虫を噛みつぶしたような顔で睨む。


「おい!てめーら!こいつはただもんじゃねー!もし剣士がやられたら、一斉に魔法を放つ準備をしておけ」


「おっ、おう!」


魔法士達は、混戦の中では魔法が使えないのは騎士団と戦った時にも有効だったので織り込み済みだ。魔法士達が味方の元冒険者がやられるのをただ黙って見ているしかないのを逆手にとって、剣を持った元冒険者を次々と始末する。


「クソったれが!魔法が使える者は囲え」


ダズリーが仲間に言っていたことがまる聞こえだったので、倒れている冒険者を一人抱え盾にするように構えた。


「おい貴様!卑怯だぞ!」


「ったく、馬鹿か?こっちは人の言葉が分からない魔物じゃないんだぜ?それにもしこれが、魔物だったらどうするつもりなんだ?仲間を見殺しにするつもり?」


「そっ、それは!」


俺はそう言うと、抱えていた冒険者を静かに下ろし、倒れている冒険者から少し離れ、何の魔法攻撃が来てもいいように両手に魔力を流しておく。


「さてと、卑怯者になりたくないし、これを負けた理由に言い訳されたくない。遠慮なくかかってこいよ!」


元冒険者達は歯軋りをし、仲間同士で合図をすると色々な角度から魔法を打ってくるので、全属性に耐性を持つ咄嗟に思いついた魔法を発動した。


「アイスシールド」


自分の周りに氷の壁が出来ると、全員の魔法が全て氷の壁に阻まれて魔法は霧散する。


「ばっ馬鹿な!氷魔法なんてありえねーだろ!!」


元冒険者達全員が呆気にとられていたのを一気に手刀で気絶せると、隠れて見ていたアルムとフェルムが呆れた顔をしながら駆け寄って来た。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る