第50話

―――― シルバーノア・食堂 ―――― 


従者達がコイルスプリング式のマットレスの寝心地の良さに感激したそうで食堂にいくと取り囲まれた。


「いつごろこのマットレスは領土内で販売する予定なんですか?」


「残念なお知らせですが価格も生産もまだ何も決まっていないんですよね。かと言って出し惜しみするつもりもないですし、技術的には車椅子と同じですから近いうちには…」


そんなやり取りがあって、ザバル男爵に同じものをこの町で生産する事を条件に、滞在中に屋敷のベッドを全てコイルスプリング式のマットレスに交換する約束をしてしまった。


仲間たちは自分達が優遇されているの事を大棚に上げておきながら「タクト様は気前が良過ぎます」と言っているが、視点を変えればモニター試験や広告塔になると思えば安いし、自領で生産出来るようになればさらに最高だ。


それにコイルスプリングはベッドの他にもソファーにも使えるのでマットレスと一緒に、近い将来宿泊施設などに広がるのを期待している。


従者達が屋敷に戻って行くと、明日の晩は北の領主会議があるので、今日はパーティメンバーと一緒にラッフェル島に帰って雑草を処理したりと農地を整備することにした。


なぜこのタイミングで、こんな話になったかと言うと、勇者奪還作戦の間に宰相のロンメルさんに島の譲渡の件に関して難民村に行って貰った時の話に遡る。


避難した島民達に王国からラッフェル島を俺に譲渡された事を説明に訪問した時に、島を安全にしたのが、飛空挺の持ち主だと説明すると納得をしてくれたそうだ。


今すぐに島に帰れない理由について聞かれたそうだが、島の近海にはまだ海獣がいるからそちらが解決するまで我慢をしてくれたら飛空艇で島に帰れると言ったら大いに喜んだみたい。


だが、ラッフェル島の人口は千人程度と少ないが、島に戻っても冒険者がいないのであれば外貨や物資が手にらない上に、農作物の作付けも出来ていないので生活が成り立たないと相談されたらしい。


確かに農地は一度放置してしまうと荒れ地となって復帰に時間が掛かってしまうので、今のうちに畑を耕しておけば島民が戻って来ても食料の自給が可能に出来るようにしておきたい…

そんな経緯があって、今日は時間が空いていたのでラッフェル島へ農作業にと戻って来た。


「それじゃ、雑草駆除と土壌改良を同時に出来る焼畑農業の説明をするよ」


今の地球では、火事や環境破壊など影響が大きいが為に問題視されているが、アノースでは魔法があるので心配はない。


「じゃ、少し待って、火の魔石の術式を改良して、火炎放射器のように使えるようにするから」


「その火炎放射器とはなんなんですか?」


「出来てからのお楽しみよ」


なぜフィーナが火炎放射器を知っているかと言うと、温泉に入っている時に予定を話し合った時に話題になったからである。


その時に「それじゃ、面倒だからリンクを繋げましょうよ」と、言うのでリンクを繋げて農業っていうか田舎で育った時の知識を共有した。リンクは便利で助かるがプライベートがな…


フィーナが術式を展開して、5分程度の時間が経つと、火の魔石版の火炎放射魔道具が完成したので試しに実験をしてみた。


「よし、それじゃいくよ(フレームブレス)」


クリスタルドラゴンのブレスをイメージして作ったと言うのでそう名付けて詠唱すると、魔力に応じて火炎が広範囲に広がり一気に雑草が焼かれた。


「すっ、凄いです。まるでドラゴンがブレスを放っているようだ!」


普段あまりこういったことに興味を示さないフェルムが妙に興奮していた。


火炎放射魔道具を使用してフェルムは空中から、俺、フィーナ、アイラは田畑や農道を一気に焼いていくと2時間ほどで島民の作った農地は、雑草と害虫の駆除、土壌改良を同時に終わらせたのであった。


「みんなの協力のおかげで、思っていたよりあっさり作業が終わって助かったよ。ありがとう」


「私達が食べる分も含まれているからね。それにもうタクトがこの島の所有者なんだから協力して当然だわ」


「そうですよ。それになんだか楽しそうだったわね。フェルム」


「つい悪乗りして、この世の物を全て焼き尽くしてやるわ!と叫んでしまいそうになりました。聞かれたら恥ずかしいから止めましたけどね」


フェルムの意外な一言に、全員が「ぷっ」と噴出しそうになった。


時間が余ったので、ノーフォーク農法を実践するために土魔法で畑を耕して、鑑定で土壌を解析をすると少し酸性ぎみだったのでPH6~7の中性にするために石灰を軽く撒き土魔法で再び耕した。


『魔法って本当に便利だよな。土魔法があれば農耕機いらないし。一気に畑を耕せるから時間短縮にもなる』


そうこうしていると、あっと言うまにお昼になっていたので「そろそろご飯にしようか」とアイテムボックスから弁当を取り出した。


弁当の中身はシンプルで、ラップに巻いたおにぎりと、卵焼きやソーセージなど、ちょっとしたおかずを入れた定番メニューだ。


「やっぱり、どんな高級料理よりもタクトの作る料理が美味しいわ。やっぱり愛情がこもっているからかな?」


フィーナは真顔で平気でそう言うのは擦れていないのか、揶揄しているのかどちらか分からないが平気で恥ずかし攻撃を仕掛けてくる。


「そういえば、前にそんなこと言っていましたね」


「それは…そう言う事にしといてもらえればって、あれは冗談で言ったんだから忘れてくれ」


必死て照れ隠しをしている姿を見て笑っている。


「それにしても、思ったより捗ったな」


「そうね、この後どうするの?」


「そうだな、時期的に言うと王都で譲ってもらった、かぶ、じゃがいも、小麦をまこうかな」


「どうしてジャガイモだけじゃだめなんですか?」


「藁やジャガイモだけだと冬場は栄養や水分補給が不足するだろ?だから家畜にカブを与えるといいんだよ」


「なるほどです…家畜のエサは藁や牧草ばかりだったので勉強になります」


「そう言えば、アイラは牧場を経営してたんだよな?」


「はい。その牧場があったから、フェルムと出会ったんです。何かと牧場とは縁がありますね」


二人の馴れ初めの話しを聞きながら昼食を食べ終えた。色々とごちそうさまだ。


それから土魔法で畝を作りカブやじゃがいもの種を一定間隔で撒いて、1日掛けて農作業を全て終わらせる事ができた。


これから水撒きは、温泉帰りにすると言う話になった。


転移スキルでシルバーノアに戻ると、今日も夕ご飯はザバル男爵の従者達が用意をしてくる代わりに、明晩開催される領主会議の打ち合わせをしなかと提案されて了承。


執務室に入ると早速打ち合わせに入る。なぜかオレ主導の元で話し合いが持たれて、まず議題に上がったのは人材の確保である。


現在の領地経営の資料をザバル男爵に見せて貰うと、働き世代は失業者がほぼいなくて何らかの職に就いていた。


この異常なまでの就職率にはカラクリがあって、定職につかない者は冒険者と言う名の自由業が多いからなのだとか…


例え工場を作っても働く者がいなければ、何を提案しても机上の空論になりかねない。


「なんにせよ、タクト殿が現れる前からの事だったからな…鍛冶職人の数も限られていて、それで生活を営んでいたとなると圧倒的に人が足らないんだよ」


「今ある物は置き換えれば生産出来ても、新しい産業を始めようとしたら働き手が足らないと言う事ですね」


「それで昨晩思いついたのが車椅子だ。北の領地にも国が補助している元冒険者の村がある。私はこの村を再建して新しい生産拠点を作るのが一番良いのではないかと考えるのだがどうであろう」


「なるほど、それなら各領地から人々を集められるので、人手には困らないかもしれませんね」


「ちなみに、この国には元冒険者村はいくつあるのですか?」


「全部で16箇所、全ての領地に存在するんだ」


王子に元冒険者村とはなんなのかと聞いてみると、魔物との戦いで体の部位欠損などの理由で就職出来ないので生活費稼げず、街や村に住む事が困難になった国民だと話をされた。


なぜ、王都や町に一緒に共存をしないのか疑問に思ったので理由を聞くと、二人とも苦虫を嚙み潰したような顔をしながら話し始めた。


「元冒険者は魔物と戦いで四肢の一部が欠損しても気性が荒くてな、魔法も使えれば腕っぷしも確かなので放置していると治安維持が大変なんだ」


「冒険者は魔石や素材で比較的裕福なんじゃないかと思っていたんですか、貯蓄などしないんですか?」


「全員とはいいませんが…冒険者はいつ死ぬか分からないから、金貨を蓄えず自由気ままに遊んでいる連中が多いんです。我々も冒険者ギルドを通して魔石や素材を売った金貨を貯蓄するように促しているのですが、ヤツらは自分だけは大丈夫だと根拠のない自信だけは一人前なんです」


「冒険者ランクはヤツらの矜持ですし、一攫千金を狙う冒険者もいて、身の丈に合わぬ依頼を受けて怪我や体の一部を欠損をした者が多いのです。地道にコツコツと働いている領民からしてみれば、自業自得と言われても仕方がない職業なのですが、冒険者がいなくなれば魔石や素材が手に入らなくなりますから、他に選択肢が無いんですよ。ジレンマってやつですな」


上級冒険者はともかくとして、中級冒険者以下の冒険者は引退をしてもならず者が多いので定職者とは折り合いもつかず、まして障害を持つ身寄りのない元冒険者は隔離されるようになったという歴史があるのだとか…


『話を聞けば聞くほど冒険者の扱いが、サブカル知識とは違うようだ。男爵が言う様に自業自得とはまさに、この状態の事を言うんだろうな』


そんな背景があって、国家、冒険者ギルド、上級冒険者との会合が持たれ、魔石の買取価格を一部改訂して、魔石や素材の買取価格の一部を運営費として元冒険者村を作り国と冒険者ギルドが生活を保護しているそうである。


なぜ国がそこまで冒険者に介入してまで隔離するような真似をするのかを尋ねると、こうでもしないと盗賊などの犯罪者になるケースが後を絶たないからだと言う理由であった。


「なるほど。国の運営も大変なんですね」


「そうなんだよ。ロンメルもいつも頭を抱えているよ。何せ、障害を理由にやぐされて働かない者が多いからな」


話をさらに突っ込んで深堀して聞いてみると、元冒険者は障害を理由に酒に溺れて働かなくなる者が多く、そう言う者には必ずと言っていいほど子供が親の代わりに働くというよくありそうな話であった。


遠い昔に奴隷制度があったころ、子供を売る冒険者の親が多発したので奴隷制度は廃止されたそうだ。


元冒険者の女性の場合は、子供を連れて出て行き夜の商売へと身を投じる者も多く、他に男が出来て子供を放置したり虐待があったりして、結局は孤児院に保護されるのが落ちだそうだ。


現代の日本は人権が確立されていたのでそうでもなかったが、世界の歴史を紐解いてみると同じような歴史を歩んでいるので、どの世界でも人類とは似たり寄ったりの歴史を歩むものだと思わず苦笑い。


「話を纏めると、足が不自由でも魔力さえあれば、車椅子でカバー出来ると言う事ですね」


「正しくそのとおりです」


「分かりました。わたしも障害者向けの単純作業を考えましょう」


「国が抱える問題までタクト殿に解決して貰おうとする厚かましい提案なのに理解してくれて本当に助かるよ」


「本当ですな。タクト殿に足を向けて寝られません…」


「別にそんな事を気にする事はないですよ…逆に言えばビジネスチャンスじゃありませんか。上手くいくとは限りませんしもっと気楽に行きましょう」


地球では魔法が無かったので、障害を持つ元冒険者がいったいどれだけ作業が出来るのかを見極める為に、元冒険者の村や島に連れていくのに参考程度までに孤児院を訪ねてみたいと言うと、王子や男爵はあまりいい顔はしなかったが了承をしてくれた。


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