第7話
異世界生活二日目
ふと目覚めると、
『神界も確かこんな良い匂いって!まっ、まさか!』
恐る恐る目線を横に移すと、昨日眷属となった美女が、布団をかぶり横ですやすやと規則だ出しい呼吸で寝息をたてていた。
現状が理解出来ずに、衝撃と刺激が同時に襲ってきて頭の中が真っ白になる。我に返ろうと体を動かすと緊張しすぎて音が鳴るほどの勢いでベッドから落ちた。
「いててて…」
音が鳴るほどな勢いでベッドから落ちたが、身体能力が上がったせいかほぼ痛みはない。
昨日眠ったベッドの位置を確認するがフィーナは寝惚けてオレのベッドに入ったみたいだ。
未だ胸の鼓動が高ぶったままなので深呼吸をして、ベッドサイドにスマホを置いたのを思い出して時間を確かめる。
『まだ5時半か…』
光の魔石の間接照明があるが、間違えても仕方がない程度の暗さだった。
窓の方角を見てみると、木製の蓋の隙間から日の光が漏れていて、窓を開けて外を覗いて見ると、密閉空間なのにも関わらず朝日の光でフロア全体が照らされていた。
これも、昨日のクロックと言う魔道具の仕業だと思うと、神様はとんでもないと思う…が、今はそれどころでは無い。
結構大きな音がしたので、フィーナを起こしてしまったと思ったけど、寝息をたてたままだったので胸を撫で下ろす。
『眼福…とはこの事だよな。こんな美人とこれからずっと一緒にいられるなんて幸せ者だよほんと…』
隣のベッドに腰掛けると、いい趣味だとは思わないが慣れが必要だと自分に言い聞かせて、フィーナの寝顔をじっと見る。
『見るだけでこんなにも胸が高鳴るのはなぜだ…』
確かに、
『まだ出会って一日も経ってないんだぜ…ひょとして経験は無いが、これが一目惚れというものなのか…』
だとしてもだ、こんなに女性にたいしてしどろもどろになるなんて事はあり得ない。
『何考えてるんだ俺は…フィーナは、神様から授かった大切な眷属であり妖精なんだ。絶対に叶わぬ恋に夢中になり神様との約束を反故する訳にはいかない。この芽生えた恋心は絶対にバレない様にしなきければ』
煮え切らない思いを押し込めるが、なんだかもやもやするから、昨日創作した木刀で素振りでもして恋心を忘れるしかない。
少し空けていた窓の蓋をそっと閉めて、フィーナを起こさない様にジャージを着たまま寝室を出る。屋敷の庭に出ると、まずストレッチをしてから木刀を振り始めると、強化?されたこの体は、木刀がプラスチックの子供の玩具のように軽い。
煩悩を振り払うが如く30分ほど夢中で木刀を振ると、疲れはまったくといいほど感じないがストレスは軽減された。気がするだけかもしれないけど…
「でも、なんだかすっきりしたな。そろそろ朝食でも作ろうか」
若干の汗をかいたが、昨日と同様に、灰色の玄関マットに乗るとクリーンの魔法で体がリフレッシュされる。
『んー。便利!魔法最高!』
普段着に着替えてから厨房へと向かう。
時の止まる保冷庫と言う名のアイテムボックスはとても便利なのだが、時計を入れると時間が停止してズレる。腕時計をした側の手で保冷庫に手を入れるのはよそう…
食材の準備が出来て確認を始めると、ミックスサンド、コーヒー、紅茶を用意をして食事の準備が終わる。
時刻は7時を過ぎたので、フィーナを起こしに行くと「おはよう。朝食の準備が出来たから。一緒にどう?」と起きるように促した。
するとフィーナは、ゆっくりと起き上がって、腕を伸ばしながら「おはよー朝早いのね。今から着替えてくるから、先にリビングで待ってて」と、新婚生活のような会話に少しドキっとしてしまった。
リビングに向かいソファーに腰掛けて暫く待っていると、フィーナが着替えてやってきてリビングのソファーに腰掛けると俺の顔をじっと見る。
「ん?なにか付いてる?そんなに見つめられると照れるんだけど」
少し動揺しつつ、顔が熱くなるのを感じたが、寝顔を見て慣れたせいか昨日よりはいくらかは慣れた気がする。
「罰は上手く行った様ね。うん、表情が良くなった」
罰?いったいなんの?と思いながら、フィーナの顔を見てみると、非常に満足した表情をしている。
「まっ、まさか、俺のベッドに入ったのは、寝ぼけて間違えたんじゃなくワザとなの?」
自分の朝の愚行に赤面をしてしまい、更に狼狽る。
「忘れたの?昨日寝る前に、覚えてらっしゃいって言ったじゃない」
「マジか~!本当にするとは思わなかったよ」
「スキンシップみたいなものよ。それにしてもいきなりベッドから落ちるんだから、笑うのを必死で堪えてたんだからね」
「ひょっとして、ずっと起きてたの?性格悪いだろ」
「秘密よ。それよりせっかく作ってくれたんだから、冷めないうちに頂きましょっか」
フィーナは、サンドイッチと紅茶に手を伸ばして手元に引き寄せた。なんだが、上手く誤魔化され感が半端ない。
「まあいいか。いただきます」
「いただきます」
フィーナは、サンドイッチを口に運ぶと目を丸くする。
「こんな美味しい食べ物を口にしたのは初めてかも…」
「いくらなんでも大袈裟だって。それとも、こっちの世界ではサンドイッチが無いとか?」
話を聞いてみると、アノースでは主食がパンであるにも関わらず、どうやら固くてあまり美味しくないそう。高校生の時にパン屋でもアルバイトをした経験もあり、どうやらパン酵母と呼ばれるイースト菌がアノースには無いようだ。
「フィーナ?質問があるんだけど、もし鑑定をして素材をその物から分離したり抽出しようと思ったら可能?」
もしそれが可能なら、パン酵母などの素材を抜き出せば培養が出来るので、出来たらラッキーくらいの気持ちで聞いてみた。
「そうね。試した事はないけど、パンを素材とするなら理論上は可能かな」
「よっしゃ~!」
思わず立ち上がり、ガッツポーズをしてしまった。
「どうしたのよ。突然立ち上がったと思ったら変なポーズで叫んだりして」
「この柔らかいパンが量産出来ると思ったら、つい興奮しちゃってね」
「それは本当なの?だとしたらこの世界に、パンの革命が起こるかもしれないわね」
フィーナも、この食パンが気に入ったのか喜んでいる。正月に気分を出すのに餅つき機と兼用ではあるが、ホームベーカリーを買った事を思い出した。こうして異世界に来てみると買っておいて良かったとしみじみとそう思った。
朝食を食べ終えると、コーヒーを飲みながらフィーナに「今日は、何か予定とかあった?」と聞いてみた。
「迷宮に入るには木刀では心細いから、武器の素材も見つけに行きましょうか?ついでに家具とかを創作する木材に調達にね」
地図を取り出して机に広げて確認をしてみると有難いことに大きく見やすい世界地図だったが、少し残念なのは、縮尺、地名、境界線などの情報は一切書かれていなかった。
それでも、アノース全体の地形だけでも分かるのはありがたい。神様に感謝をしながら地図を見て、アノースのおおまかな地形を把握する。この星の大陸は海で隔たれた似たような大きさの3つの大陸と、おそらくは黒く塗りつぶされた北極と南極の計五つに分断されていた。
「この地図のこの黒い大陸は何だ?」
「この世界では夜の大陸と呼ばれていて、日の光が差さない不毛の大陸で氷で閉ざされていて誰も住んでいないから、神界でも監視はしていないから謎なのよね」
自転と公転の関係だろが、そんな大陸があるのかと驚いた。
「それで、この島はどこに位置するの?」
「ここよ」
この島の位置を教えてもらうと結構大きな島なのにも関わらず、町もそれほど大きくないのは、海のど真ん中にあるので行き来が面倒だからなんだろう。
バベルは、島の西海岸に近い場所に位置しているようで、だいたいの位置は把握出来たのでバベルを中心に探索範囲を絞る事にする。
「鉱山の位置とかひょっとして知ってたりするのか?」
「もちろんよ。これでも神界に500年以上いたからね」
500年と聞いて絶句。神様や妖精に寿命は無さそうだが、鉱山の位置を知っているのなら最初から言って欲しかった。
「じゃあ、今日は鉱山に向かうってことでいい?」
「私は、別に構わないけど、どうやって行くの?歩きだと結構遠いわよ?」
「移動手段がないのか…忘れてた」
「俺の車があるといいんだが…あるわけないよな」
「車って、ひょっとしてあれの事かな?タクト、ちょっとついて来て」
フィーナは椅子から急に立ち上がり、正面玄関を出ていったので追いかけると、屋敷の裏手に目的の物があるのか屋敷の角で俺を手招きしている。
「早く!こっちよ!」
フィーナの行く方角に向かい歩いて行くと、フィーナは屋敷の裏で待ち構えていた。
「車ってこれの事じゃないかな…?」
屋敷の裏に辿り着くと、記憶にある見慣れた車があった。
「おっ、俺の車だ!神様ありがとうございます。車まで転移してくれて…」
ご都合主義にもほどがあるんじゃないかと思うが、冷静に考えてみると電気がない事に気が付いて一気に意気消沈。
「でも、肝心のバッテリーの充電が出来る電気と、悪路だとタイヤがパンクする可能性があるから使えないか」
「ねえ、雷の魔石で電気を代用出来ないの?」
「その手があったか!ありがとう。でも電圧が…そうだ」
車の中にテスターがあるのを思い出したので、トランクを開けて見てみるとあっさりと発見。
「それは何?」
「うーん、これは検電テスターと言って、電圧、抵抗、電流が計れる計測機だよ」
「私の知識では、電気は存在しないから、何に使うのか分からないけど使えそうなの?」
「試してみないと分からないけど、挑戦するから手伝ってくれる?」
「もちろんよ。何が始まるのか楽しみだわ」
「じゃ早速だが、実験を開始しよう!」
「了解よ。私が手伝える事なら遠慮しないで何でも言ってね」
そう決まると実験開始。検電テスターを雷の魔石と車の金属部分に当てたが反応無し。
「悪いけど、魔力を少しずつ流してくれないか?」
「分かった。やってみる」
魔力を流し始めると、魔石が淡く光ってテスターの針が少しずつ上がる。丁度200Vになった場所で、フィーナにこの位置で魔力を維持出来るか聞いてみた。
「常にこの魔力量で良ければ、魔石の術式を書き換えれば出力を固定出来るわよ」
「マジですか!それなら、直ぐに試してくれないかい?」
「それじゃ流すわよ」
フィーナが雷の魔石に触れ「術式オープン」と唱えると魔法陣が浮かび上がり今回は消えないで展開されたままだった。
魔法陣を見るがまったく理解出来ないが、フィーナは見た事ない文字を書き変えて、書き込みが終わると魔法陣は魔石に書き込まれて消えた。
「今のは一体何だったんだ?いつもなら、魔法陣は発動すると消えるのに消えなかったし、何か弄っていたみたいだけど」
「この際だから説明するね。全ての魔法は魔法陣から発動されるのだけど、そもそも魔法陣と言うのは、術式と言う式と特殊な文字で書かれているのよ。だから今やった作業は、その術式を書き変えたのよ」
「最大出力が固定されているんだったら、試してもいい?」
「じゃあ、私が、今度はテスターを使ってみるわ」
フィーナにテスターの使い方を教えると、雷の魔石に魔力を流してみた。
「どうだい?」
「成功よ!安定してるわ」
「やった!これでなんとか移動に、困ることはなさそうだな」
無意識のうちにフィーナの手を握って喜んでいると、いきなり手を握られて照れたのか(かーっと)顔を赤くしていた。
「ごめん、つい興奮して手を握っちゃって」
「べっ、別に気にしなくていいわよ」
『気にしていないと言う割には、思いっきりデレているじゃないか…』
「これで、電気の方は解決したけど、あと心配なのは悪路と、魔獣に遭遇しないかだけだよな」
「それについては問題ないわ。街道沿いには結界石が埋められているし隠蔽のスキル使えば途中で魔獣に遭遇しなわよ。馬車が走っていたんだから道もある程度なら大丈夫なんじゃないの?」
「それもそうだな。スピードを抑えて安全運転で行けばいいか。じゃ準備して、初めてのドライブに行こうか」
「噂のデートですか?デート」
フィーナは身を乗り出して興奮する。
「…いや、違うと思う」
頭を掻いて誤魔化すと、車用の200Vの電源ボックスを、フィーナのアドバイスを受けながら創作して屋敷の庭に設置した。
「何、にやにやしてるのよ」
「そりゃ達成感もあるし、魔石が術式を介せばコンバーターの役割を果たしてくれるから、自分の部屋にある家電が使えるのが嬉しい誤算だからだよ」
「なるほどね~。それは嬉しいよね」
ちなみに、オークを倒した黄色い魔石は雷属性でDランク相当。魔力が満タンの状態で6時間、最大で50Aほどの出力まで対応しているのが分かった。
100Vの電源は、正弦波のコンバーターも車に標準装備で付いているから家電も使えるし、まさに僥倖といえよう。
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