第6話 

屋敷の玄関前に着くなり、木製の大きな扉を開けて屋敷の中に入った。


「全館点灯」


フィーナがそう声に出すと屋敷の中のシャンデリアが光ると「うっ!眩し」っと思わず声を出す。


屋敷の玄関ホールは吹き抜けで、床を見るとクリーム色のカーペットが敷かれていて、左右の両脇に設けられた階段を見る限りでは、2階建てのようで階段には赤いカーペットが敷かれている。


「タクト、そこの灰色のマットまで移動して数秒間立って。魔法が発動するから」


言われるがまま、マットの中心で立ち止まると魔法陣が顕現して薄い水色の光に身体が包まれた。


なにが起こったか分からないが何かスッキリした気分。


説明では、これは魔法道具のクリーンマットと呼ばれていて、歯、人体、身に着けている衣服や靴さえも綺麗にして乾燥までしてくれるらしい。


生活魔法のクリーンの魔法とは違い、全てが術式で制御れているそうで、範囲は限られているが温度は自由に変えられるそうだ。


原理、理屈、仕組みは全くと言って分からないが魔法って便利だとしか言いようがない。


魔法の凄さに驚嘆していると、フィーナは翼を広げて飛んで行ったと思ったら階段の手摺に舞い降りた。


「今更質問なんだけど、翼を使って飛んでるんじゃないんだ」


「簡単に説明するなら、魔法で浮力と速度を、翼で方向やバランスって感じかな」


今の話だと飛行機の揚力を使う飛び方では無いみたい。


音を吸収する素材がカーペットしかないので、自分たちの会話が浴室の様に反響する。


「それじゃ、今から屋敷を案内しようと思うけど、玄関ホールについて何か質問ある?」


少し落ちついたので、改めて玄関ホールを見渡すと立派な作りだが何も置かれてないただの空間だ。


「屋敷の中は、広いけど何も無くて殺風景だね…」


「この塔全体をタクトが思うがままに、建物や物を創作したり出来るようにしてあるのよ」


「買ったりしちゃ駄目なんだ。素材や食品以外は全て創作しろと?」


「駄目に決まってるでしょ。この世界の神界にいたのよ。だから、この世界にあるものには、まったくって言っていいほど興味はないわ」


『そこまで言い切りますか!』


「色々と言いたい事もあるでしょうけど期待してるわね。それじゃまず1階から案内するわ」


期待か…なんかとんでもない事になってきた。


フィーナがまた肩に座る。まででもう指定席のようだな…右に見える部屋がリビングと説明があって部屋の中へ。リビングに入ると、壁や天井は白色に統一されていて30畳ほどの広さ、中心には黒い革製のソファーとダークブラウンの木のテーブルが用意されていた。


「まずここがリビング。無いと生活に困るから、ソファーとテーブルはサービスだってさっ」


「せっかく、ソファーとテーブルあるんだから、もう創作しなくてもいいじゃないのかな?」


「さっきも言ったけど絶対にダメ。私はタクトの創作する物に興味があるのよ」


俺はガックリと肩を落として、素材が揃ったら創作する方向となる。


「それじゃ、次の部屋に行きましょうか」


次に繋がる部屋へと指を差し、扉を開けると食事をする部屋…ダイニングではなく、いわゆる貴族がフルコースを楽しむような食事の間だった。


長いダイニングテーブルが縦一列に並べられ、椅子はベージュとダークブラウンの色をした椅子がいくつも綺麗に並べられ、二人だけなのに無駄が多く使い勝手が悪い。こんな広くて豪華な場所で2人っきりで食事って、なんの罰ゲームなんだよと困惑する。


「しばらくは、2人きりだしリビングで食事って事でいいわよ」


「そうしてくれた方が、落ち着いて食事が出来そうだから助かるよ。次の部屋に行く前に、少しお腹が空いたから軽く食事にしない?厨房にも興味があるし」


死んでから何時間経ったのか分からないが空腹感がある。


「そっか、それじゃ厨房を案内するわね」


通路から厨房の扉を開けて入った入ったでレストランの厨房かよ!っとツッコミたくなるほど広い厨房だった。


長い一人暮らしとアルバイトで厨房に入っていたので、異世界の調理器具がどんな物なのかを見たくなったので傍に行くと、簡単に使い方の説明をしてくれると言う事だったのでお願いした。


「これは魔力を使って調理をする魔道具で魔道コンロと呼ばれているわ」


説明を聞いたのを要約すると、魔道コンロには火の魔石が数か所に埋め込まれていて、魔力を溜めてある魔石を燃料としダイアルで火力を調整出来る便利魔道具だった。


火の魔石を使うのは分かったが、着火をどうやってするのかと疑問に思うが、物理や化学を無視した魔法世界では科学の常識がまったく通用しないので考えるは捨てる。


「それで、ここを開けると保冷庫になってる。この世界には氷属性の魔法はないから、この保冷庫は神様特性の時間が止まるアイテムボックスと解釈してね」


氷の魔法が無いのは分子の動きを止めるという概念が無いからだと思う。また氷属性の魔法を…ってそれどころの話じゃない。なぜなら、保冷庫には食料が全くないからだ。飢えれば死ぬ。


慌てて、食器棚を開いて見てみるが何もない。いや、問題はそれだけでは無い。食材どころか調味料や、その他の調理器具も一切ない事を確認した。一気に血の気が引く。


「ごめん。さっき食事といったけど、食料品がないんだ。町には人っ子ひとりいない状況下で、この先どうやって食料を調達しようとしていたのか教えて欲しいかな?」


「ふふ~ん。任せておいて!」


フィーナは再び、俺の肩に座り、指の差す方へ進むと、通路の奥に向かって歩き出した。


「タクトが驚嘆する姿が目に浮かぶわ。うふふ…」


驚くってか…まさか扉を開けると、そこは町に繋がっていました的なやつか?と思いつつ、少しばかりの不安と期待を胸に秘め、通路の突き当たりに部屋に案内された。


「さぁ!驚くといいわ!」と言うので、ドキドキしながらも少しドアを開けてみると驚愕する。


「――――!住んでたアパートの部屋って、どこでもドアかよ!」


まさか、異世界に長年住んでいた部屋がそのままある事に驚愕。さすがにご都合主義すぎてドン引きするレベルだ。さりげなく、照明を付けるスイッチを押してみたが明かりは点かなかった。


フィーナは、薄暗い部屋のオレの使い古した勉強机に飛んで行って机の端に座る。


「この部屋にある物は、神様が地球の最高神様に頼んで転移して貰った物よ。現在日本にある物は、ここにある物を複製した物を置いてきたと言っていたから、元の世界の物は大丈夫だと思うわ」


「いいのかこれって…反則じゃない?」


「転移させたのは神様だからいいんじゃない。ありがたく使っちゃいなさいよ」


「確かにありがたいんだが…今思ったんだけど、俺の遺体はどうなったんだ?」


「そうね、魂だけを転移させたのよ。器となっていた体は残念ながら…」


「そうだよな。あの高さから落っこちて無事な訳が無いか…」


「そう悲観する事ないんじゃない?人族としてのパフォーマンスが一番高い18歳の体の器を神様が創作して、魂を今のタクトの器に定着させたんだから」


興味本位で、立てかけてあった鏡を見るとマジで若返っていた…お前は人間か?と問われたら分かりません。と答えそうになるほどの衝撃な事実。


「そっか…18歳になったんだ…神様ってなんでもありだな」


「部屋もまるごと転移させたぐらいだから、自重と言う言葉があることすら知らないかもね」


「ああ。今の一言で全て分かった気がするよ」


それから、この世界で役立ちそうな物を仕分けしながら私物を確認していると、仕事で使っていた道具や教科書や雑誌などが沢山あって良かった。


ふと持ち物を見ると、液晶の時計が目に入る。転移したことに頭が一杯になっていて、この世界の時間の流れとか、色々聞いてない事あるから聞いてみた。


「タクトのいた地球と同じ24時間よ。スキルボードで確認出来るからちょっと待って」


フィーナにスキルボードで時間を確認して貰うと、現在は7/4。時刻は22時55分だった。


日にちは、地球で俺が死亡した日が4月2日でここは7月4日。地球との時差は約5時間程度と言ったところか。


電気が通っていないのは確認済みなので、優先的に冷蔵庫ごとアイテムボックスに収納する。


インスタント製品や調理器具など手あたり次第、マジックバックに詰め込むと厨房へと戻ると慌てて神様謹製の時の止まる保冷庫へ食品を移動。どういう訳か、冷凍食品などは無事だった。


食料品が無事だった理由を聞いてみると、部屋は転移した時点で時が流れ始める仕組みになっていて、俺が部屋に入った瞬間に時が流れ始めたのだとか…


つまりあの部屋にあった時計は正確では無いと言う事だ。ここまでくると、死んでから何時間経ったとかどうでも良くなってきた。自重無き神様には感謝するしかないのだが…


「それじゃ、時間もないし、カップラーメンがあったから作るよ」


「へー、それって地球の食べ物?食べた事ないから、楽しみだわ!」


そもそも妖精が何を食べて生きて来たのかという疑問もあったが、アイテムボックスに直ぐに使いそうな物を収納して厨房へと向う。


冷蔵庫から、食材を屋敷の保冷庫へと移し替えると、ステンレス製のやかんに水を入れて魔道コンロの上に乗せお湯を沸かした。


「ピー」と蒸気と共に音が鳴ると、フィーナは、一瞬何が起こったのか理解が出来ずに驚いていたが、原理を説明をすると「なるほど」と頷いてた。顔を見る限りでは本当に理解したのかは分からん。


カップ麺に、お湯をそそいで2人分のフォークと水を用意して3分待つ。


「妖精の姿のままでは食べ難いそうだから、人化した方がいいんじゃないの?」


妖精のままではコスパはいいだろうが、食べれなさそうだったので、そう提案すると「そうね。それじゃ変身するわ!変身!」と詠唱。


魔法陣の中から再び美女が現れると、俺は再び固まった。


「どうしたの、顔赤いよ?暑いの?」


顔が赤いのか「うん」と短く答えて目線を逸らすのだが、フィーナは、顔を覗き込みにきて意地悪ではないんであろうが試練を与えてくる。


「とっ、取り敢えず、食べましょうか…」


「ちょっと!なんで口調が変わるわけ?」


「すいません。まだ慣れてないもので」


緊張しながらもなんとか、答えを返した。


「こんな調子だと先が思いやられるから、罰として緊急時以外は人化した状態でいる事にするわね。まっ、屋敷は人類用のサイズばかりだから何かと不便だしね」


そう呆れた口調で言われた。


「はい。分かりました」


「素直でよろしい。食べましょか」


緊張していて、3分計るのを忘れてた…と思いながらカップ麺の蓋を開ける。幸いにして丁度いい感じに出来上がっていたので、出来上がったカップ麺とフォークを渡す。


「聞くけど、カップ麺を食べるの初めてだよね?」


「もちろんよ」


「じゃ、見本を見せるね、いただきます」と言って、一口食べて見本を見せた。


「いただきますって、どういう意味?興味あるんですけど…」


「えーと、この世の中は、食物連鎖によって成り立っている事は分かる?」


「うん。なんとなく分かる」


「俺達が生きる為に、大地の恵みや動物達の命をいただいてる事に感謝と、料理を作る人に感謝をする意味で、いただきますって言うんだ」


「そんな風に食事の事を考えるなんてなんだか素敵な考えね!じゃ、私もこれからは言うね」


フィーナは「いただきます」と言うと、髪の毛を横に掻き揚げてラーメンを口に運ぶ。


なんだか、美人が髪の毛を掻き揚げる姿って凄くいいもんだな…と、見惚れてしまった。


今まで、職場、学食、デートで女性とは食事を何度か共にしたが、こんなにも女性の仕草に惹かれたのは初めての経験だ。


「ごちそうさまでした」


「それも感謝の言葉ね。じゃ私も、これからも言う事にする。ごちそうさまでした」


フィーナも日本の文化が気に入ってくれて嬉しかった。


食事が終わると食器や調味料などを食器棚やスパイスボックスに片付けた。母が地元から送ってきた物や、買い置きの新品が沢山あったのには感謝。


ある程度片付けが終わると、まだ説明を受けていない場所を案内する様で、今度は玄関ホールから左の扉に入るとトイレとランドリールームがあるそうで案内と使用方法を教えて貰う。


まず通路に行き、トイレに入ると古代ローマ式のような作りで、木製のベンチに穴がくりぬかれていて、それに腰掛けて用を足すタイプだが水洗式なのは嬉しかった。


作りを見てみると、やはり水は魔石で運用していているようで、壁にあるプレートに魔力を流す事により上部の水槽に水が溜まる仕組みだ。


トイレットペーパーが無いのはクリーンのマットが足元に敷かれているからで、体積の大きい固形物質はやはり浄化槽に流すそうで、汲み取り式ではなく浄化魔法を使うそうだ。


最後の部屋は、大型のシャンデリアが4ヵ所に吊り下げられているダンスホールだった。浴室だと思い込んでいたので残念過ぎる。クリーンのマットがあるせいで浴槽どころかシャワーさえない…


王侯貴族の屋敷をコピペしただけの事はあるが、ダンスなど嗜んだ事はないので俺には関係なさそうな無駄部屋だよね。


ダンスホールの最奥の木製の雨戸を空けるとテラスに出られて裏庭に繋がっていた。使用用途を聞いてみると、お茶会、昼寝、遊んだりする場所で、野外パーティーに使用するそうで、落ちついたら異世界でもバーベキューをしてみたい。


「さあ、次は2階に行きましょうか」


階段を上がって行くと通路は二手に分かれていて、まずは右に回った所でフィーナは立ち止まる。通路が一直線に伸びていて、寝室が8部屋で右の突き当りには会議室があって、左の突き当りは執務室になってるそうだ。


一番最初の部屋の扉を開けると部屋には布団の敷かれたベッドが2つ並び、窓はガラスではないが木製の蓋がされていていて、開いてみると蝶番が釘で止められていて開閉は可能だった。


「フィーナさん、なぜ全室にベッドが2つあるのですか?」


「あら、お客様が一人とは限らないじゃない?夫婦や恋人の可能性もあるじゃないの?」


一人暮らしが長かったのと、出張で使ったビジネスホテルも個室だったので違和感を感じたが、よく考えたらそのとおりだと納得した。


「まだ表情が硬いわね。別々の部屋にしようかと思ったけど罰として同じ部屋に寝るから」


なんか、よっぽど俺の変化が嫌だったのか、フィーナは怒り口調で言ってきたので諦めて「はい」と答えた。ベッドは離れているので大丈夫だろう。


「これで全部かな。なんか質問ある?」


「今の所は…ないです。それじゃ、夜も遅いし色々ありすぎて疲れたから寝ようとしますか?」


「そうね、私は着替えてくるから、先に寝室に行っててね」


「はい。分かりました」


なんだか、ずっと緊張しっぱなしだ。このままじゃ身がもたない…そんな事を思いながら、ジャージに着替えてベッドに潜り込むと、フィーナは白いワンピースのような寝間着に着替えて寝室に入ってきた。


「なんで、私をチラ見した後に、頭から布団をかぶって壁向いて寝てんのよ」


「緊張するからに決まってるでしょうが…」


「そう。そっちがその気ならいいわ。覚えてらっしゃいね」


「ごめん。そのうち慣れるから」


「それじゃまた明日ね、おやすみ」


「おやすみなさい」


最後は機嫌が悪かったが、異世界生活1日目は無事終わり、色々あり過ぎたのか直ぐに意識を手放した。

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