第32話
―― 王都・貴族街 ――
ギルドから、宿に向かう途中…
風に乗っていい匂いがしてきたので、フィーナに袖を掴まれて半ば無理やりに貴族門を出た。
貴族門を離れ、中央ロータリーに方向へ向かい歩いていくと、祭りの時の様な露天が所狭しと並んでいて混雑していた。
フィーナとフェルムが、お腹を空かせていた様なので色々な店を回った。
とは言ってもアイラが完全復活したわけじゃないので、そこまでの距離ではない。
時刻は午前11時07分と、ご飯を食べるには中途半端な時間だったので、おやつ代わりに軽い物にする。
「それで、みんなは何を食べたいんだ」
フィーナとフェルムが口を揃えて「「やっぱりお肉でしょ!」」と言うので、屋台を見ていると焼き鳥や豚の串焼きなどを見つけた。
「いらっしゃい!兄さん達、面白い格好してんな。でっ何本買う?」
快活に喋る陽気な兄ちゃんに「それじゃ4本」と注文をした。
店主が串焼きを、トングのような器具で串焼きをそのまま反転させて「ほら、好きな串を選びな」と言うので、それぞれが串を取った。
「いくらだい?」
「4本で銅貨1枚に鉄貨2枚だよ」
『日本円で、一本300円か。まぁ妥当な値段だよな』
お金を支払うと「ありがとよー、また来てな」と、威勢のいい返事が返ってきて、行儀が悪いが食べ歩きしながら宿の方向へと歩いて行った。
フェルムの話では、露天で買った物は食べ歩くのがマナーらしく、ゴミ箱はいたるところに置いてあったので感心する。
実際に串焼きを食べてみると、スパイスの味が強くて塩辛く、肉は焼きすぎで固い。冷蔵、冷凍技術が無いので食中毒防止だとの事…打開するには冷蔵庫を開発するしかない。
「バーベキューの方が美味しいわね…」
フィーナがそう言うので、冗談で「それはそうだろ。オレが作る料理は、愛情がスパイスだからさっ、な―んてジョークだよ!」と、おどけてみせた。
「せっかく、そのとおりって言おうとしたのに、自分で否定しないでよね」
「愛のスパイスですか…なるほど、参考になります」
他愛もない会話をしながら貴族門に戻ってくると、ミスリルのギルドカードを門兵に見せて貴族門を通り抜けた。
それから、王城に向かい歩いていると、トロイと看板に書いてある屋敷の様な立派な宿が見えてきた。
中庭を抜け、ホテルの扉付近に近づくと、ドアマンらしき従業員の男性が「いらっしゃいませ。ようこそお越しを…」と、アンティーク風な装いをした木製のドアを開けてくれた。
宿に入ると、クリーンのマットで綺麗にする。
宿の中を見渡すとエントランスは、大きなホールになっていて待合用のソファーが設置してあった。
床は踏み心地の良い上質だとすぐ分かるベージュのカーペットが敷いてあり、天井にはシャンデリアが吊り下げられていた。
受付に向かうと、支配人と思われる恰幅のよい紳士が営業スマイルで頭を下げた。
「お待ちしておりました。タクト様でございますね。殿下から部屋をお取りせよとご命令がありましたのでご案内致します」
「よく私の事がお分かりになりましたね」
「ええ、黒髪の美青年ともの凄い美女、灰色髪の美男子と可憐なお嬢さんの計2組のカップルが目印だと仰っていましたから…」
『アイラの事をお嬢さんと呼ばれた事には抗議はしないんだな…』と、心の中で軽く抗議。
フィーナがもの凄い美女と言う評価は分かるが、カイル王子から自分が美青年だと思われていたと思うと凄く照れる。
「カッ、カップルだってさっ…王子の評価が私の中で爆上がりだわ」
フェルムとアイラも照れ笑いしていた。全員揃ってあまりのチョロさに思わず苦笑い。でも悪い気分ではないのは確かだな。
持ち上げられて気分が良いまま、利用方法など説明を受けてから代表で署名をして受付を済ませた。
支配人が従業員を呼びだすベルを鳴らすと、宿の制服を着た中年の男性が「皆様方、こちらへどうぞ。部屋に案内いたします」と言ったので付いて行った。
ギルドと同じ様に手を差し伸べ、エスコートしながら階段を上って二階へ到着すると、一番奥の突き当たりの部屋と手前にある部屋が王子が押さえてくれた部屋との事だった。
「こちらが、鍵となります。外出の際は鍵を受付に預けて頂いてからお願いします」
宿の制服を着た中年スタッフは、ポケットから鍵を2本取り出して鍵を俺に手渡した。
「様々なサービスについては、部屋の中に案内がございますので、そちらをご覧下さい。それでは、私は失礼いたしますが質問などはございますか?」
「いえ、特に無いです」
「左様でございますか。また分からない事がありましたら遠慮なくお申しつけ下さい。それではごゆっくり」
中年スタッフは、そう言うと一礼をして、この場を離れて行った。
「それじゃ、フェルム中に入ろうか」
「タクト、なに言ってんのよ。私とタクト!フェルムとアイラでしょうが!」
首根っこを捕まれて、強引に部屋に連れ込まれた…
その様子を見てフェルムとアイラは苦笑いしていたが、冗談と分かってくれてなによりだ。
部屋に入るなり「そこに座んなさい!」と、フィーナはご立腹の様子。
「もう、タクトったら女心が分かってないわね。毎日一緒に同じ部屋にいるのよ。今更じゃないのよ!」
「分かってるってば!冗談だって」
あわよくば…って思った事は確かだが、蛇の生殺しのような生活は、まだ続きそうだ。
「結構広くて洒落た感じのいい部屋ね。外の景色を見らないのが残念だけどね」
「そうだな、早くガラスの作り方を教えて普及させないとな。それよりも今は謁見の話だ。さっきライズさんを見て思ったけど、やっぱり紳士の嗜みとして作法が必要なんじゃないかと思えて仕方が無いんだ」
「そうね。神の使徒は傲慢で、礼儀作法も知らない不躾者と思われるのも癪な話ね」
「だろ?この国の王族との謁見とかもあるからさ、最低限のマナーは必要だと思うんだ…慇懃無礼と思われない程度に振舞うべきじゃないかな」
神の使徒と眷属だからって、もっと抵抗されると思ったけど、あっさりとフィーナに同意を貰い、これからは作法に注意しながら行動をする事になった。
使者がいつやってくるのか分からないので、買い物などに出かけたい気持ちだけど、約束がある限りは宿から出るわけにはいかない。
宿のサービス案内を見てみると、宿にレストランがあるのでフェルム達を誘っていく事にした。
部屋を出て、階段を下りて行くと受付のカウンター支配人に呼び止められた。
「先ほど王城から早馬がやってまいりまして、今夜17時にお迎えに上がられると連絡がございました。謁見の後には宴も開催されるそうなので、正装にてお待ち下さいと伝言をお預かりしております」
「今12時だから、あと5時間か…分かりました、ありがとうございます」
支配人に礼を言うと、レストランへ向かった。
レストランに到着すると、ウェイトレスが「今日はこちらがお勧めのメニューとなっております」と、手書きのメニューを渡された。
「何食べる?俺はこのお勧めのランチにしようと思っているんだけど」
ステーキと言うかと思ったが、全員がお勧めのランチを頼む事になって、注文すると直ぐに料理が出て来た。
「このシチューは、当店自慢の名物料理となっております。ごゆっくりどうぞ」
ウエイトレスさんはそう言うと、お辞儀をしその場を去るとシチューを口に運ぶ。
自慢するだけの事はあって、シチューは美味しかったがパンが固い。シチューに付けてなんとか食べ切ったが、引きちぎらなければいけないほどのパンを食べるには苦労した。
「いかがでしたか?お口に合いましたでしょうか?」
いつの間にか、料理長らしき人物がやってきていたようでいきなり感想を求められた。
これがこの世界の標準だと考えると、否定するのもなんだか違うような気がする。どういったら角が立たないか…
「シチューは、自慢するだけの事はあって美味しいけど、パンが頂けないわね」
言葉を選んでいるとフィーナがど直球ストレート!悩んでいたオレの時間って…もう少しオブラートに包んで言えよな。とつい顔に出てしまいそうになった。
「…失礼ですが、これより美味しいパンがあると?」
料理長は、少し不満気な表情。
「当然よ!タクト、パンを頂戴!」
『俺はドラえもんか!…それに、これじゃ傲慢な悪役令嬢じゃないか…好きな人だからこそ言わなくちゃなんないよな』
しかし、この何とも言えない居づらい空気を取り払うにはパンを出すしか選択肢が無い。今日も買い物は出来そうもなさそうだ…
仕方が無いので、何も咎める事無く自家製のパンを取り出すと、料理長と仲間たちに渡した。
料理長は、渡したパンを口に運ぶと顔色が変わる。
「何だこのパンは!こんな柔らかくて、美味しいパンを今まで食べた事ありません。このパンを、どちらで手に入れたのか教えて下さい!」
結局こんな展開になるのはもう想定済。買い物を完全に諦めた。
まあ、この先、こののクオリティーが低いパンを食べ続けるのも苦痛だったので、この機会に包み隠さずに教える事にする。
「教える前に、パン職人を集めて下さい。このパンの製法を個人で独占するのではなく世に広めたいので…」
「なんと!分かりました、早速職人を集めて参ります。職人を説得する為に、パンを分けて頂けないでしょうか?」
「そういう理由なら構いませんよ。これぐらいあったらいいですか?」
パンを3斤ほど、料理長に渡すと「ありがとうございます。充分でございます」と言って、文字通り矢の如く走り去っていった。
「やれやれ、この先もこの調子だと思いやられるな」
「仕方がないじゃない?これがタクトの使命なんだしさ」
「…だよな。だけどさ、タイミングと言い方を考えるべきじゃない?今から謁見もあるし、今のままじゃまるで悪役に見えるよ」
「うっ、神界では気を遣う相手がいなかったから、これからは気を付ける」
こう言う素直なところがいいんだよな…気持ちも分かるし。神様とずっといたんだから仕方ないよな。
「分かってくれてありがとう。人の気持ちも分かるようになれば、きっとフィーナは今以上に美しくなるよ」
「もぅ…冷やかさないでよ…でもありがとう。これからも至らないところがあったら言ってね」
それからもややあって、食後の紅茶を飲んでいると料理長が息をハァハァ…と切らせながら帰って来た。
「職人に集まるように言っておきました。職人たちは必ず来ると息巻いていましたから…ハァハァ…」
貴族街にパン職人を入れるわけにはいかないと話しをされ、貴族街からパン職人が集まる厨房へ行くとなった。
トロイの料理長に案内をされて、貴族門を出ると中央の噴水のあるロータリーからパン屋街へと入る。
横目で何が売っているのかリサーチしながら、何人ぐらいの職人が集まるのかと聞くと最低でも30人との事。
この王都で一番大きなパン工房に集まってくれているそうで、パン屋街の中でも、一際大きいパン工房に辿り着くとパン職人達はすでに集まっているのが見えた。
料理長の案内で、裏口から厨房へと入ると、必要な材料や調理器具をキッチンに並べて準備が整ったので全員厨房へと入って貰った。
「それでは、これから我が国に伝わる、パンの作り方を実演にて説明させて頂きます」
実演しながら教える事となったのだが、より高級感を出す為に、キッチンに強力粉、培養したイースト菌、バター、牛乳、砂糖、塩を取り出して、説明をしながら作り方を丁寧に説明しながら実演する。
パンを発酵させるのに時間が掛かるので、予め発酵させておいた生地を取り出して釜で焼く。
『これぞ秘儀テレビクッキング!』
そんな、馬鹿な事を心の中で言っていたのは秘密である。
ちなみに、今使っている材料は町や村でも簡単に入手出来ると言う事だったので、今回はトロイにあった材料を分けてもらった。今度フィーナと一緒に買出しに行こうと思う。
質疑応答をしながら暫く時間が経つと、もの凄くいい匂いがパン工房の中に充満してパンが焼き上がる。
パンを作る時にバターと牛乳を入れたので、職人たちはパンの匂いでだけで感動をしていた。
釜からパンを器具を使って取り出すと、みんなで出来上がったパンを試食をする。
「なんと言う美味さだ!しっとりしている上に、もっちり感が半端無い!」
「このバターの風味、柔らかさ、味わい、どれをとっても素晴らしいです。非の打ち所がない」
と、パン職人達は感涙していた。大袈裟だとは思うけど高級宿ですらあのクオリティーのパンだ。主食だし感動するのは当然か…
それからも、個人的に礼を言われて収束していくと、このパンの製法を世に広める為に、パン職人達に無償でパン酵母を提供する事を前提に条件を出す。
① このパン酵母の使うパンの製法は原則公開する。(他国や市井の民も対象)
② この製法で作ったパンは、高級品扱いとせずに適正価格で販売する。(材料費、研究費は別)
③ この製法だけではなく、互いに知恵を絞って色々なパンを研究する。(パン酵母の改良、菓子パンや惣菜パンなど)
以上の事を条件につけて話をすると、職人たちがざわつく…
「必ずや国中いや、世界中に広めてみせますが、本当に無償提供をされるおつもりですか?」
「ええ。いくら美味しくても市井の民の口に入らなければ意味がありませんからね。その分パンを安くしてやって下さい」
「貴方様は神様ですか?しかしながら、それでは気がすみません。な――!みんな!」
「そうだ、そうだ!」
「それでは、このパンを美味しくする菌の名称を、タクトのパン酵母と言う名で、広めると言うのはどうですか」
職人の一人がそう言うと、他の職人もその意見に賛同。
「ちょっと待って下さいよ!流石に名前は恥ずかしいですって!」
断固拒否の姿をとると、フィーナが横から口を挟む。
「いいじゃないの。名前を広めるチャンスなのよ」
「そんなの求めてないし、目立つ必要ないってば!」
「ですが。前も言われていたじゃないですか。勝手に登録して不当に利益を得ようとする輩が出てくる可能性もある訳ですから」
「…もはや、歴史に名を残しましたね。今までの偉業を考えると遅いぐらいだと思いますが」
仲間の中で一番まともな常識者と思っていたアイラまでもがそんな事を言いだす始末。
言っておくが偉業なんぞ立てたつもりはない。全部丸パクリだ…これじゃ詐欺師だよ。
なんだか、もう収拾がつかないので、諦めて了承する事にした。
「この度は、本当にありがとうございました。必ずこのパンを広めます事を約束させていただきます」
最後にトロイの料理長がそう〆ると「ここでも神様認定されちゃったね」と、フィーナは嬉しそうに言っていた。
これじゃ、神様に申し訳なくて顔向けが出来ないよ…
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