余談
夏休みの後半
お盆が過ぎた夏休みの後半は、怒濤の期間だった。
いろいろあったが、極めつけは綾音がボーイフレンドを連れてきたこと。
「学生時代のゼミ仲間で、奥さんを亡くした方みたいなんです」
ピークを過ぎた平日午後の喫茶パンチャは、ガランとしていた。おかげで、沙月と孝太は客と綾音の目を気にせず、堂々と席が使える。
「いいじゃん。沙月ちゃんはボーイフレンドには会ったの?」
「うん、2回。優しくて良い人でした」
「ふうん。ハンサムだった?」
沙月はストローを咥えながら、コクンと頷いた。グラスの氷がカランと鳴る。
「そっかぁ、綾音さんもおきれいだからなあ」
ゴーレムが居なくなって、れいなの秘密を知った後も、沙月は孝太と定期的に会っていた。母の本を書くという大義名分のためだか、そのベクトルから派生した名前の付けがたい別軸が生まれつつあることを、2人は薄々勘づいていた。
文章を書くのは骨が折れる。学校の作文とは訳が違う。図書館で物書きの本も借りた。それでも、孝太からレクチャーされる方が何倍も分かりやすかった。
すべて思い出した佐渡や北野にも話をきいた。あの日を境に、皆の記憶は甦った。なぜ、涼森れいなが芸能活動を休止したのか。なぜ、彼女がまた復帰したのか。中には、彼女の体に病魔が巣食っていることを知っている人もいた。沙月は相変わらず母を――れいなのことが気に入らないが、佐渡や北野は彼女に共感し、特別な嫌味を言うことはなかった。
それでも良い。私とれいなの関係は、それで良いのだ。
孝太がタバコを取り出して、深く煙を吐いた。夏休みはもう直き終わる。それても、夏の日差しはまだまだ力強かった。
「そういえば、どうして孝太さんには見えていたんだろう?」
最後の謎。
秘密を守る番人ゴーレムは、沙月と孝太にしか見えなかった。生みの親である綾音にも見えなかったのだ。沙月は鍵を開ける資格を持っている、とゴーレムは言ったが、それならなぜ孝太にも見えていたのか。沙月の手伝いをしていたから、という理由たど弱すぎる。
「実はね……」
孝太はもう一度深く煙を吐くと、勿体ぶったようにニヤリと笑ってみせた。
「沙月ちゃんからゴーレムの話を聞いたとき、お化けのブログを教えたことを覚えてる?」
「はい」
「あれ、俺のブログなんだ」
「え?」
孝太はまだ長いタバコの火を消すと、姿勢を正して沙月に向かった。
「俺、昔からこっち系がよく見えるタイプなんだ。いわゆる霊感的な。ライター兼業でお化けだの幽霊だのって仕事もやるんだけれど、もしろ今は、そっちが本業に近くなってる」
そう言って、孝太が名刺を渡してくれた。
はじめて貰った真っ白なものではなく、濃紺にシルバーの文字でこう浮かび上がっていた。
探偵事務所 所長
白草 孝太
「もし、興味があったり、沙月ちゃんの友達でお化けに悩んでいる人がいたら、連絡ちょうだい。この世の中、人間よりもお化けといった目には見えないことに悩んでいる人が意外と多いんだ」
沙月はじっとその名刺を見つめていた。普通なら、ただの冗談かと思うのだろうけど、彼女の頭に、ゴーレムの顔が浮かぶ。
「分かりました。その時は相談します」
孝太は屈託のない爽やかな顔で笑った。
「ぜひ、以後お見知りおきを」
(『MYSTIC LOVER』おわり――)
MYSTIC LOVER 和団子 @nigita
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