翌日、沙月は綾音に可奈との夏休み旅行と無理な嘘をついた。


 さすがの綾音も疑ってはいたけれど、最後には「本当に台湾にいくの?」なんてすっとんきょうなことを言いだした。


 孝太が車で迎えにくるとは言ってくれたが、それだと嘘がバレてしまうから、駅までバスで行くことにした。

 もちろん、ゴーレムも一緒に。


 夏らしい、よく晴れた暑い日だった。

駅につくと、本当に旅行へ向かう家族たちが多かった。麦わら帽子を被った子ども。おめかししたお母さん。普段はスーツ姿なのに、アロハシャツのお父さん。


 実は、沙月は新幹線に初めて乗る。こんなにチケットが高いのかと驚いたけれど、彼女は律儀に2人分買って、なんとか岐阜行きのプラットホームで孝太と合流ができたのだ。


「おはよう。ちゃんとゴーレムも一緒だね」

「はい。この子のことなので」


 沙月たちは待合室で並んで座った。プラットホームからは海が見える。キラキラと日の光を照らしては、まるで彼女たちの行く末を見守っているかのような。


 新幹線の車内は、初めの方こそ客は多かったけれど、名古屋駅でどっと人が減った。名古屋駅のホームからの景色は都会そのもので、背の高いビルが並ぶ中に、一度デザインビルが伸びているのか見えた。


 新幹線が動き出してから間もなくして、違う車両にいた孝太が荷物を持ってやってきた。通路を挟んだ隣の席に座ると、彼はコーヒーと、ゴーレム用のコーラを渡してくれた。


「ありがとうございます」

「本当はダメなんだけどね。次降りるからご愛嬌で」


 窓外は、ものの5分で田園風景となる。「次は岐阜羽島」と車内の機械アナウンスが流れた。


「もっと早くこうしていれば良かったね」

「何がですか?」

「涼森れいな作品を見返すこと。もしかしたらもっとスムーズに進行していたかもね。それに、彼女が出演している作品はたくさんあるから、『絆創膏』の他にもヒントが隠されているかもね」

「『絆創膏』は全部見たんですか?」

「見たよ。泣きはしなかったけれど、良い話だった」


 「間もなく岐阜羽島」と、今度は車掌のアナウンスが聞こえてきた。それを合図に、孝太は荷物をまとめ始める。


「でも、どうして岐阜の事務所なんでしょうか?」

「『絆創膏』の舞台が岐阜だからだよ。たぶん地元の子役事務所から萩原海は抜擢されたんだろうね。東京や名古屋から連れてきても良かったんだろうけど、子どもだし、なにより経費もかかる」


 メロディと共に、新幹線は岐阜羽島駅に停まった。ホームに降りると、沙月の地元より気持ち程度涼しい風が吹いた。

 駅前のロータリーでタクシーを捕まえる。この時も、孝太はゴーレムのために助手席に座ったのだけれど、バックミラーに年配運転手の訝しそうな顔が写った。


 およそ15分の山道ドライブだった。峠をひとつ越え、高速道路が通る山間の住宅街に、「萩原」と書かれた表札を見つけた。2階建てのコンクリート住宅だ。1階は車庫らしく、門から2階の玄関まで小さな階段が延びていた。


 インターフォンを鳴らして待っていると、小綺麗な初老の女性が玄関から顔を出した。似ている。きっとゴーレムの母親なのだろう。年齢のせいか少し窶れてはいるけれど、面影はあった。


「こんにちは。カラフルアカデミーから紹介を受けました、白草孝太と申します。そして、こちらは」

「東沙月です」


 孝太に促されて、沙月は頭を下げた。玄関先の女性はまだ不信感を残しつつも、「どうぞ」と門を開けてくれた。

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