第六章
1
「
ゴーレムの正体が分かったと、電話口で孝太はそう告げた。沙月の脳裏に、ゴーレムの顔が浮かぶ。振り替えれば、すぐそばに居るのに。
「帰り途中に、佐渡さんが言っていた『絆創膏』をまとめ借りしたんだ。このドラマで涼森れいなが休止したのであれば、演技にも何かヒントがあるのでは? ってね。沙月ちゃんは見たことある?」
沙月は首を振って否定したが、それだと伝わらないことを思い出して、「いいえ」と小声で答えた。
「大まかな内容くらいしか……」
「なんたって君が生まれる前だからね。簡単に言うと、シングルマザーと1人息子の家族愛の話さ。その母親が涼森れいなで、そして息子がゴーレムだったんだ。本当にびっくりしたよ。見てすぐにピンときた。萩原海――ゴーレムは、今とまったく変わってないからね」
さすがに角は生えてなかったけれど、と孝太は笑いながら付け加えが、正直、沙月は彼の言いたいことが分からなかった。ゴーレムの正体が分かった事実だけで、頭はパンクだ。それ以上、ただ彼の話を聞くことしか出来ずにいた。
「話の途中でエンドロールまでスキップして、彼の名前を見つけた。萩原海。それがゴーレムの本名だよ」
でも――と、孝太は前置きして、そして、
「驚かないでね、萩原海はもう亡くなってるんだ。9歳のとき。ちょうど『絆創膏』の放送が終わった直後にね」
我慢できず(していた訳ではないのだけれど)、沙月はようやくゴーレムに振り向いた。目が合う。頭に一本の角が生えていることと少し色白なところ以外は、ただの普通の男の子だ。
そんなゴーレムが元子役で、何年も前のドラマに母と共演していて、本名は萩原海で、そしてもう死んじゃっている?
「なら、どうしてゴーレムは今、私の目の前にいるのでしょうか?」
お化けだ。死んだ子役の亡霊だ。だから他のひとには見えないんだ。はてな? でもどうして私には見えるのかしら。そして孝太さんにも。
「どうして、死んだはずの萩原海がゴーレムと名乗り、俺たちの前に現れたのか。どうして、共演した涼森れいなの秘密を彼が守っているのか。彼がゴーレムとして守っている秘密は何なのか。……謎はまだまだたくさんだよ」
謎が呼び水となって、新たな謎を呼ぶ。
「見間違いではないですよね? 似てるだけとか」
「ううん、あそこまで瓜二つなのは双子か子どもくらいだよ。でも、萩原海は9歳の時に死んでるし、もし生きてたら俺たちよりも年上さ」
たしかに、生きてたらこんな小さな訳がない。生きてたら――自分で思っておきながら、その言葉のせいで心にさざ波が立つ。
「そこで、俺は明日にでも萩原海が所属していたカラフル・アカデミー東海を訪ねようと思う。できれば、彼の自宅にも」
「え?」
孝太が早口で言ったものだから、思わず聞き返してしまった。ちゃんと聞こえていたはずなのに。
「明日。俺はゴーレムの萩原海が所属していた事務所に突撃する。新幹線のチケットも買ったんだ。何か分かったら、その度に沙月ちゃんには――」
「私も行きます」
少し間が空く。そして、
「いいけど、岐阜だよ?」
「大丈夫です」
「新幹線だけど、俺はもう明日の席を取ってるんだよ?」
「私も当日買います」
うーん、と電話越しに孝太が頭を捻っているようだった。
沙月は、自室にある小学生から使っていた学習机を見つめていた。いつの間にか、気がつけば座っていた無垢材の机。誰が買ってくれたのかわからない。もしかしたら、御下がりかもしれない。脚には、すっかり色褪せたキャラクターシールが1枚貼ってある。
「叔母さんは大丈夫?」
「なんとかします」
なんとかする。なにがなんでも、この顛末は自分の目と耳で見届けないといけない。そんな思いで、沙月は電話を切った。
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