「という訳で、どこか良いとこないかな?」


 カウンターでコーヒーを淹れつつ、綾音あやねは「うーん」と返事をしてくれた。


 地元商店街にある喫茶店「パンチャ」。木造の店内は、もともとは仏具店を改装したもので、窓は少なく、間接照明が店内をオレンジ色に暖かく照らす。


 ここの店主である綾音は、沙月の叔母なのだ。


 彼女は親指をメガネのブリッジに当てていた。考えごとをしている時の彼女のクセだ。やがて、今度はポケットからセブンスターを取り出すと、マッチで火をつけて煙をゆっくりと吐き出した。これも何かを思い付いたり、閃いた時のクセだった。


「台湾かな?」

「海外? 今からパスポートとか間に合うかな?」

「あ、そっか……」


 そうして、綾音はまだ長い煙草の火を消すと、また親指をメガネに当てる。


「このままだと、本当にグランピングになっちゃうよ」と、沙月は可笑しくなって笑ってしまった。


 昔から変わった叔母だった。母の妹に当たるのだが、沙月は彼女と過ごした時間の方が長い。自転車の乗り方を教えてくれたのも、上手く絵を描くことを教えてくれたのも綾音だった。しかし、その教え方か独特で、本人自身が天才肌なのだから、最後は決まって「気合いが足りん」と怒られるのだった。


 年齢のわりには肌も綺麗で、眼鏡を掛け始めたのも数年前からだった。パッチリとした瞳が沙月と似ている。よく親子だと間違われるくらいだ。


 もうすぐ16時になる。この時間は、喫茶パンチャは暇なことが多いのだが、今日は特別だった。


「こんにちはー。少し遅くなってすみません」


 現れたのは青年だった。ボーダーのポロシャツにジーンズとラフな格好で、前髪も目にかかっていた。


「どうも、いらっしゃい」

「ライターの白草しらくさ孝太こうたです」

「店主の東綾音です」


 ひとしきりの挨拶を終えると、ライターと名乗った孝太と目があった。彼はニコリと笑って「娘さんですか?」と綾音に聞いた。


「いいえ、姪っ子です」

「そうなんですか!? 似ているから親子かと」

「よく間違われるんですよ」


 沙月はなんだか居心地が悪くなってきて、さっき拭いたばかりのコーヒーグラスを、意味もなく手に取った。


「今日はありがとうございます。早速ですが、お話を聞かせてください」



 『Machiko』という全国誌は沙月も聞いたことがあった。女性向けのライフスタイル誌で、グルメやファッションなど毎月特集内容が変わるのだが、今回が「カフェ」の特集なのだとか。

 そこで、もともと仏具店だったパンチャに編集部の目が留まったらしい。しかし、東京からわざわざ来るわけではなく、地元のフリーライターであった孝太に依頼が入った訳だ。


「どうして、仏具店を改装して今の喫茶店を始めたんスか?」

「私の祖父がここでお店をしてたの。でも、亡くなって空き家になっちゃったから、今では住まい代わりに憧れだった喫茶店を開いたんです」


 孝太と綾音は四人掛けのテーブル席に座っていた。今日は事前の打ち合わせらしく、後日カメラマンも来て本格的な撮影と取材があるらしい。


「じゃあ夢が叶ったわけだ。改装する時に、綾音さんのこだわりとかも聞かせてくださいよ」


 孝太は話が上手かった。いや、聞き上手なのかもしれない。時々オーバーなリアクションもあって、綾音も気がつけば常連相手に話しているように、気持ちよく何でも話している。


 そんな光景をカウンターから見ていて、沙月は素直に「すごい」と思った。

 たまに自分にも話が振られたけれど、彼みたいに気の効いた返事は出来なかった。


「あ、そういえばアイスコーヒーがまだだったわね」と、ちょうど話の腰が折れたタイミングで、綾音は立ち上がった。

 孝太は一度は断ったが、「じゃあお言葉に甘えて」と笑ってみせた。


「私が淹れようか?」

「ううん、やっぱりライターさんには本物を飲ませなきゃ」

「えー、それって私がまだ半人前みたい」

「みたいじゃなくて、実際にそうでしょうに」


 聞こえていたのか、あはは、と孝太が声を出して笑った。

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