親友である片岡可奈の今日の昼食は、珍しく買い食いだった。

 

 学校の売店で買った焼きそばパンと、パックのコーヒー牛乳。彼女はそれをペロリと食べてしまうと、まだ足りないなぁと、お財布の中身を確認して見せた。


「よかったら食べる? 同じようなものだけど」


 東沙月はラップで包まれたサンドウィッチを可奈に渡してやった。


「え! いいの!?」

「うん、なんだか食欲ないから……」


 いつも綾音がつくってくれるサンドウィッチは、お店で出しているものと同じもので、クラスメイトからも評判だった。しかし、昨日の今日で喉が細くなっているのだ。


――あれはお化けかしら?


 ふと窓の外に目をやると、中庭のベンチに座るカップルが見えた。制服を少し気崩したか彼女の髪は、太陽の下では金色のように明るい。スカートも短くて、沙月は私たちとは違うカテゴリーの生徒なのだと思った。


「どうしたの? 物憂げ美人さん?」

「え?」

「ごめん、冗談。でも、なんか元気ないなぁって」

「あー、昨日ちょっとバタバタしてたから」

「美人は否定しないのね」可奈がイジワルそうに笑う。

「ちょ! 違うって」


 実は、こういう言葉に沙月は弱かった。恥ずかしくなって、どう答えたら良いのか分からなくなる。


「可愛いねぇ。耳まで赤くなって……」

「もう! やめてよね」

「ごめんごめん」


 いやでも親子。透き通るくらい白い肌。整った鼻に薄桃色の小さなくちびと、沙月は女優の涼森れいなと似ていた。


「夏バテ?」

「それに近いかも」

「お店、忙しいんだね」

「そうじゃなくて……実は昨日取材があったんだ」

「取材?」

「うん」


 昨日ライターである孝太が店に来たことを沙月は簡単に説明した。可奈は、素直にすごいじゃないと目を輝かせてくれた。


「でも、取材って疲れるの? 私にはぜんぜんわかんないけれど」

「うーん。他にも色々あってさぁ」


 沙月の心のおもりは、取材のせいじゃない。クラスメイトだけではく、親や教師たちもみな、沙月が女優の娘であることはもちろん知っている。茶化しにくる連中はたまにいるけれど、さすがは牧場と言われるだけはあって、そのせいでいじめられたり、必要以上にクラスの中心的な立場に登らされることもなかった。

 沙月自身が避けていたことも理由のひとつだ。だから、親友である可奈にも、「母の本を書きたい」という昨日の決意も言えずにいた。


 再び中庭に目をやると、そこにはもうカップルはいなかった。


「なに? 綾音さんと喧嘩でもした?」

「ううん、違うの」

「悩み事? 言えることならなんでも聞くよ?」

「ありがとう」


 彼女は本心だろう。可奈の純粋な目と合う。ただの噂好きのゴシップガールとは違うことくらい、沙月にもちゃんと分かっていた。


 でもなぁ……。

 ええい、言ってしまえ!


「可奈はさ、お化けとか幽霊って信じる?」

「え? 何? もしかして、まさか!?」


 沙月はゆっくり頷いた。「見たんだ。昨日」


 えー!? という可奈の大きな声に、周りにいたクラスメイトたちがチラチラと視線を投げてきた。彼女もそれに気づいたのか、罰が悪そうに首を縮めて声を潜める。


「本当に?」

「うん」

「どんなの?」

「ちいさな子どもだった。男の子」

「うえ……男の子のお化けってこと?」

「……たぶん」


 昨夜自室で見知らぬ少年が居た。すぐに綾音を呼んできたものの、すでにその少年は消えていたのだ。


「まじかぁ。夏だからそういうことも起こり得るとは思っていたけれど。まさか沙月の身に起きるなんて」

「私もびっくりした。心臓がなくなっちゃうかと思ったもん」

「それでその後は?」

「なんにも。昨日は叔母さんと居間で一緒に寝たんだけど、朝に部屋を見てもやっぱり何もなかったの」

「その子がいたところが濡れてたりも?」


 ひきつった笑いがこぼれてしまった。今朝部屋を確認した時は、ほんとうに何もなかったのだ。見間違いだと思ってしまうほど。


「あと、それからね」

 

 思い出した。あの子には、大きな特徴があった。


「そのお化け、頭に角が一本生えてたの」



 自転車置き場に一緒に来た2人は、すこしばかり元気がなかった。沙月は例のごとくだが、それが伝染したのか、可奈もどこか悩んでいるようだった。


 今日も相変わらず暑い。夏の大空は、彼女たちの悩みなんて知らんぷりだ。

 実は、シロコウの西をずっと進んでいくと海がある。夏に海水浴で賑わうようなところではないけれど、波が大きくてサーファーの人たちからは隠れた名スポットと呼ばれていた。


 だからなのか、海ならやってくる潮風のせいで、自転車置き場のトタン屋根は西側だけかよく錆びていたのだ。


 2人は自転車に乗った。学校が終わり、昨日の約束通り、沙月は可奈の家へ一緒に向かった。しかし、旅行先の作戦会議のはずが、気が付けば終始お化けのことばかり話してしまい、結局は何も旅行もお化けも何も答えが見つからないまま、その日はお開きとなったのだった。

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