7
親友である片岡可奈の今日の昼食は、珍しく買い食いだった。
学校の売店で買った焼きそばパンと、パックのコーヒー牛乳。彼女はそれをペロリと食べてしまうと、まだ足りないなぁと、お財布の中身を確認して見せた。
「よかったら食べる? 同じようなものだけど」
東沙月はラップで包まれたサンドウィッチを可奈に渡してやった。
「え! いいの!?」
「うん、なんだか食欲ないから……」
いつも綾音がつくってくれるサンドウィッチは、お店で出しているものと同じもので、クラスメイトからも評判だった。しかし、昨日の今日で喉が細くなっているのだ。
――あれはお化けかしら?
ふと窓の外に目をやると、中庭のベンチに座るカップルが見えた。制服を少し気崩したか彼女の髪は、太陽の下では金色のように明るい。スカートも短くて、沙月は私たちとは違うカテゴリーの生徒なのだと思った。
「どうしたの? 物憂げ美人さん?」
「え?」
「ごめん、冗談。でも、なんか元気ないなぁって」
「あー、昨日ちょっとバタバタしてたから」
「美人は否定しないのね」可奈がイジワルそうに笑う。
「ちょ! 違うって」
実は、こういう言葉に沙月は弱かった。恥ずかしくなって、どう答えたら良いのか分からなくなる。
「可愛いねぇ。耳まで赤くなって……」
「もう! やめてよね」
「ごめんごめん」
いやでも親子。透き通るくらい白い肌。整った鼻に薄桃色の小さなくちびと、沙月は女優の涼森れいなと似ていた。
「夏バテ?」
「それに近いかも」
「お店、忙しいんだね」
「そうじゃなくて……実は昨日取材があったんだ」
「取材?」
「うん」
昨日ライターである孝太が店に来たことを沙月は簡単に説明した。可奈は、素直にすごいじゃないと目を輝かせてくれた。
「でも、取材って疲れるの? 私にはぜんぜんわかんないけれど」
「うーん。他にも色々あってさぁ」
沙月の心の
沙月自身が避けていたことも理由のひとつだ。だから、親友である可奈にも、「母の本を書きたい」という昨日の決意も言えずにいた。
再び中庭に目をやると、そこにはもうカップルはいなかった。
「なに? 綾音さんと喧嘩でもした?」
「ううん、違うの」
「悩み事? 言えることならなんでも聞くよ?」
「ありがとう」
彼女は本心だろう。可奈の純粋な目と合う。ただの噂好きのゴシップガールとは違うことくらい、沙月にもちゃんと分かっていた。
でもなぁ……。
ええい、言ってしまえ!
「可奈はさ、お化けとか幽霊って信じる?」
「え? 何? もしかして、まさか!?」
沙月はゆっくり頷いた。「見たんだ。昨日」
えー!? という可奈の大きな声に、周りにいたクラスメイトたちがチラチラと視線を投げてきた。彼女もそれに気づいたのか、罰が悪そうに首を縮めて声を潜める。
「本当に?」
「うん」
「どんなの?」
「ちいさな子どもだった。男の子」
「うえ……男の子のお化けってこと?」
「……たぶん」
昨夜自室で見知らぬ少年が居た。すぐに綾音を呼んできたものの、すでにその少年は消えていたのだ。
「まじかぁ。夏だからそういうことも起こり得るとは思っていたけれど。まさか沙月の身に起きるなんて」
「私もびっくりした。心臓がなくなっちゃうかと思ったもん」
「それでその後は?」
「なんにも。昨日は叔母さんと居間で一緒に寝たんだけど、朝に部屋を見てもやっぱり何もなかったの」
「その子がいたところが濡れてたりも?」
ひきつった笑いがこぼれてしまった。今朝部屋を確認した時は、ほんとうに何もなかったのだ。見間違いだと思ってしまうほど。
「あと、それからね」
思い出した。あの子には、大きな特徴があった。
「そのお化け、頭に角が一本生えてたの」
〇
自転車置き場に一緒に来た2人は、すこしばかり元気がなかった。沙月は例のごとくだが、それが伝染したのか、可奈もどこか悩んでいるようだった。
今日も相変わらず暑い。夏の大空は、彼女たちの悩みなんて知らんぷりだ。
実は、シロコウの西をずっと進んでいくと海がある。夏に海水浴で賑わうようなところではないけれど、波が大きくてサーファーの人たちからは隠れた名スポットと呼ばれていた。
だからなのか、海ならやってくる潮風のせいで、自転車置き場のトタン屋根は西側だけかよく錆びていたのだ。
2人は自転車に乗った。学校が終わり、昨日の約束通り、沙月は可奈の家へ一緒に向かった。しかし、旅行先の作戦会議のはずが、気が付けば終始お化けのことばかり話してしまい、結局は何も旅行もお化けも何も答えが見つからないまま、その日はお開きとなったのだった。
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