8
シャワーを浴び、自室に戻った沙月は、正直落ち着くことは出来なかった。
昨日見たお化けの少年が居たところは何もなかったのだけど、座ることはもちろん、その上を歩くことさえ沙月は避けてしまった。
しん、と夜の
誰もいないはずなのに、部屋の中に誰かの気配を生み出してしまう。部屋の隅。机の下。カーテンの影。沙月は、思わず机の上に置いてる鏡をそっと倒した。
時間もゆっくり感じられた。いつものこの時間は何をやってたっけ? と日常が分からなくなる。無理もない。彼女の日常は食い破られているからだ。
そして、気が付けばスマフォを耳に当てていた。何度かコールが鳴ったあと、留守番電話サービスになる。しかし、今日は布団の上に放り投げることはせず、そのまま折り返しを待っていた。
案の定、すぐに電話がかかってきた。沙月はワンコールも待たずして、すぐに通話ボタンを押す。
「もしもし?」
「もしもし、沙月ちゃん? どうしたの?」
「あの……変なこと聞いても良いですか?」
「二回目だね。ライターの極意かな?」
こっちの事情を知らない孝太は、呑気に笑って見せた。今日は車に乗っていないらしい。代わりに、電話越しにガヤガヤと人の声も混じっている。それが、沙月を少しだけ安心させた。
「いえ、違うんです。その……」
いよいよ、沙月は恥ずかしくなってきた。私は何をバカなことを聞いているのだろうか、と。それでも、口が勝手に動いてしまう。
「私、お化けを見たんです」
今日の学校で、可奈にしたことと同じようにお化けの説明をした。自分の部屋にお化けが居て、消えてしまったこと。小学生くらいの男の子で、頭に角が生えていたこと。
きっと、お門違いなのに、それでも孝太は真剣に聞いてくれた。
「沙月ちゃんの部屋にパソコンがあるかい? 実はその筋に詳しい人がブログをやっていてね。検索したらすぐに出てくると思うから、ちょいと調べてくれない?」
「あります! 何と検索すれば良いですか?」
孝太が言った名前は、沙月は知らなかったが、打ち込んでみるとすぐに「オカルトブログ」と候補が出てきた。
簡素なブログだった。
白色の背景にゴシックの黒文字。タイトルがあって、その下に「プロフィール」と「調書」というリンクが並んでいるだけ。トップには写真が1枚もない。こまめに更新はしているようで、「調書」の隣にオレンジ色の「NEW!」の文字がチカチカ点滅していた。更新日付は昨日のものだった。
「検索窓があるだろ? そこで『鬼』と調べてくれない?」
「鬼なんですか? 私が見たのって」
「分からないよ」孝太が笑った。「でも、角があるなら鬼から洗うのが妥当でしょう」
言われた通り、「鬼」と検索してみると、ヒットしたのは1件だけであった。
「どう?」
「鬼の――説明でしょうか? 鬼の語源は
鬼のページを読み上げてみたものの、そこに彼女たちが欲しい情報は見当たらなかった。
「あ、ちょっと待っててね」
どうしようか、と孝太が言ったすぐ後のこと。誰かに声を掛けられたのか、彼は保留を押した。
しばらく、デフォルトの電子音楽を聞きながら、沙月は初めてみたオカルトブログに魅入っていた。サイト内を巡り、「座敷童子」だの「河童」だのと、彼女の知ってる言葉もちらほらあった。
各ページ――調書にはコメント欄もあって、驚くべきは毎回100人近くの数がいることだ。
今の時代を生きる沙月だからこそ、それがどれほど凄いのか充分に分かった。
やがて、ブログの最下部へ目が行く。そのには「あなたもブログをはじめませんか?」のリンクがあった。沙月の頭の中で、カチっと何かがはまる。
「もしもし? ごめんごめん。そのお化けのことなんだけどさ。今度そいつに直接聞いてみるよ」
「あ、ありがとうございます」
「そうであれば、お母さんのこと何か分かった?」
沙月は話半分で、ブログを始めるのページを読んでいた。
「いえ、叔母も知らなかったみたいです」
「そうか。なかなか難しいね……」
「でも、良いことを思いつきました」
「え? なに?」
「ブログです」
「ブログ?」
「はい。この方のオカルトブログみたいに、私も母のことをブログで書こうかと思います」
沙月が言い切ると、少し間があってから「いいね」と返ってきた。
「 でも気を付けるんだよ。世の中には悪い大人がたくさんいるからね」
〇
タイトルを決めることに、1番時間がかかった。
その他は簡単だ。日記の形式で、タイトルの下に簡単な概要を書けばおしまい。
私は先日亡くなった女優の涼森れいなの娘です。高校生です。皆さんが知らない母のことを書いていきます。
タイトルは悩んだ挙げ句、「母・涼森れいなのこと」とした。後からでも変更は出来るし、こういうネーミングセンス的なものは孝太の方が詳しいであろう。
沙月の中にはメラメラと小さな
はじめて宝くじを買った人が、もしかしたら自分はすぐに当選する人間なのでは? と大きな夢を描くように。
篝火は沙月の心の中にある「母」を燃やす。この夏。東沙月による、母への復讐――と言えば大袈裟になるけれど――が始まった。
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