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「その牛神神社っていうのは、どこにあるの?」
「ここからすぐみたいです。商店街を山側に抜けて、藤原さん――この辺りでいちばんの農家さんなんですけど――のビニールハウスを進んだ先にあるみたいです」
もうすぐで喫茶パンチャに着くところ。二人は、商店街の中にある共用ベンチに座った。時間帯のせいか、買い物袋を提げた主婦の方が多くなってきた。中には顔見知りもいて、挨拶をしてくれる人や、隣に座る孝太を指差して「彼氏?」と聞いてくる人もいた。
「沙月ちゃんも知らなかったの? その神社のこと」
「はい」
沙月はポケットからスマホを取り出すと、ブックマークしていた牛神神社のページを見せてやった。
「私も知らなかったんです。調べてはじめて知りました」
「ふぅん……」
ベンチの背もたれに深くもたれて、孝太は商店街のアーケード屋根を見上げていた。沙月は綾音の癖を思い出した。彼女は考え事をするとき、決まって眼鏡のブリッジを親指でトントン叩く。
彼にもまた、考えるときの癖なんかあるのかしら?
「
見上げたまま、孝太はそう言った。
「それは会うことを、ですか?」
「そうだよ。出会い目的な人なんて、ネットには山ほどいるんだから」
孝太と目が合う。目にかかる前髪が汗で湿っていた。
「例えばさ――」孝太が姿勢をただした。「秘密を守りますって言うのは、何かの隠語かもしれないよ?」
「何かのってなんですか?」
「援助交際。いわゆるエンコウのだよ」
家族やお友達には言いません。秘密を守りますよ、と。
「うーん……」
「もちろん、可能性の話だよ。でも、ネットなんて相手の顔も見えない暗闇だ。面と向かっておしゃべりするときの建前や仮面もない、本音が出やすいところなんだ」
彼の言い分は確かに分かる。しかし、沙月の心に何かが引っ掛かっていた。
「でも、何か変じゃないですか?」
「変って何が?」
「このゴーレムって人は、近所の牛神神社を指定しました。もちろん私は、ブログの中で住所なんて書いてませんし、特定されるようなことも書いてません」
「そんなこと、調べようと思えば簡単だよ」
孝太はサラリと言って除けた。
「まずひとつ、今のご時世、ネットを使っていたらそのパソコンやスマホがどういう機種で、そして何処にあるのか調べることくらい、ちょっと悪い大人なら簡単だよ」
人差し指を上げて、孝太は「1」と示した。
「そしてもうひとつ」今度は中指も上げて「2」を作る。「沙月ちゃんが涼森れいなの娘であり、この近くに住んでいることを知ってる人物――いわゆる顔見知りの人がゴーレムの正体なら、どう?」
叔母である綾音や友人である可奈。それからクラスメイトたちや教師たち。彼らの顔が沙月の頭の中に浮かび上がる。はたして、彼らの中にゴーレムはいるのだろうか。
「でも、もし私の身近な人だったなら、こんな回りくどいことなんてするんですかね?」
「さっきも言ったけど、ネットの中では普段見せない本音がチラつくんだよ」
それに、偽ることだって簡単だ。
「何が変で、何が変じゃないのか。ネットではそれを見極めるのが本当に難しい。それがネットの怖いところなんだよね。それこそ、ゴーレムっていう名前だって、さっきも言ったエンコウ界隈のキーワードかもしれないよ」
日暮しの鳴き声に混じって、風鈴の音が聞こえてきた。孝太の話はもっともだ。もし、沙月が普通に暮らしていて、普通にブログをやっていて、突然こんなコメントが来たならば、普通なら無視するに決まっている。
しかしどうだろう? 彼の話を聞いていて、ネットについてのお説教を受けた今でも、心は晴れてくれない。魚の骨が引っ掛かっているように、イガイガしたままだ。
「孝太さん、こないだ話したお化けの話って覚えてますか?」
孝太は一瞬驚いたような顔をした。
「孝太さんは言いましたよね? 今時、ネットを使っていれば、相手の居場所なんて簡単に調べられるって」
彼の表情がますます渋くなる。
「調べられますか? ゴーレムの居場所を」
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