部屋着から着替えた沙月は、孝太と一緒に外に出た。


 雨はすっかり止んでいて、土の地面に水溜まりは残しつつ、虫たちの鳴き声や遠くに見える陽炎かげろうは健在だった。もうすぐ夕暮れなのに、真っ白で眩しい世界。畦道を歩く二人の前を、カエルの親子がピョンピョンと横切った。


「ねぇ? お店の中で良かったんじゃない?」


 重たそうなバックパックを背負う孝太が弱音を吐く。ハンカチで何度も汗を拭いているらしく、パタパタとうちわ代わりに扇いでいた。


「ダメです。これは買い出しのついで、です」

「ついで、か……」

「はい。ついで、です」


 そうだ。これはあくまでも喫茶パンチャの買い出しに、孝太が着いてきただけなのだ。たまたま取材が終わって、たまたま帰り道が同じ方向だったから。偶々たまたまとは、便利であり恐ろしい言葉だ。


「俺、車で来てるんだけどなぁ」

「え? 孝太さんは会って間もない女子高生を車に乗せたりするんですか?」


 敢えて無邪気に言い放つ。昨日今日で沙月の心は、イライラで風船のように膨れ上がっていた。孝太だけじゃないのだけれど、最後に針でつついて破裂させたのは彼なのだから、溜まったイライラが全部彼に向かって吹き出していた。


「それに、重たい買い物袋を、私ひとりで運ばせようと思っていたんですか?」


 孝太は困ったような顔をして見せた。良い気味だ。


「沙月ちゃんは怖い子だ……」


 いつも買い出しに行くスーパーは、パンチャがある商店街を抜けたすこし先にあった。広い駐車場と田んぼに囲まれ、このあたりではいちばんの大型店だ。いつもなら自転車に乗っていくのに、今日は歩いていく。


 雨上がりの外は、湿気も含んで蒸し暑い。

 着替えた服が悪かったのかしら? 

 シーブルーのサマーニットに、オフホワイトのハイウエストのタイトスカート。沙月だってうっすらと汗ばんでいた。しかし、妙な意地もあって、澄まし顔を守っている。


「今日はえらく大人っぽくて、お洒落さんだね」


 きっとご機嫌取りの言葉でも、沙月は素直にドキリとした。

 先日、ショッピングモールで一目惚れして買ったお気に入りが、たまたま引き出しのいちばん上にあったからだ、と心の中で言い訳をする。

 そういえば、あの時は可奈と一緒に買い物に行ったっけ?


 買い物を終えると、二人は来た道を引き返した。もちろん、荷物は孝太が持っていた。


 西日がちょうど顔に当たる。店内の冷房が効いていたせいか、すでに汗はひいていて肌寒いくらいだった。おもしろいのは、孝太への怒りも一緒に収まっていたこと。すっかり鎮火していたのだ。


 代わりに、気持ちの悪いだけが残った。


 今着ている服は、可奈と一緒に買ったものだ。その時、似合ってると誉めて、笑顔で背中を押してくれた彼女の顔が頭の中をよぎる。


 死んだ母のこと。可奈のこと。それからゴーレムのこと。もうすぐで夏休みなのに、自分はいったい何をやっているのか。

 ふぅ、と息を吐いても飛んでいかないすすが心に溜まっていた。


 どうすれば良い? まず、何をすべきなのか。


 商店街に入ったところで、沙月は足を止めた。前を歩く孝太も気づいて、「どうしたの?」と聞いてくれた。


 進むべき道は明らかだった。

 色んなことが重なって見えなかっただけ。


「孝太さん、実は私――」


 沙月は、ようやく孝太に打ち明けることができた。


――ゴーレムに会いたい。会って母のことを聞いてみたい。

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