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カラフル・アカデミー東海は、駅裏にある5階建の雑居ビルにあった。想像よりもこじんまりしていて、華のある芸能事務所というよりは、高校受験の時に通った塾みたいだと、沙月は思った。
「今日はお休みだから静かですけれど、普段はもっと賑やかなんです」
北野香保に案内されたのは、高級そうな革のソファがある応接間で「子役のご両親と面談するときにしか使わないの」と彼女は言った。
「失礼ですが、北野香保さんってあの山原香保さんですか?」
孝太がそう言うと、北野は今度は照れたように笑った。
「ええ、
北野は屈託のない笑顔のまま「名字をころころ変えるなんて、親にも愛想尽かされたわ」と加えた。
「北野さんは、元々は女優をされていたんですか?」
「そうよ。この事務所出身なんだけど、売れない役者でね。結婚してからは身を引いてここの事務方にさせてもらえて、それからずっとよ」
北野は沙月をじっと見つめてきた。その視線の奥には――さすがは元女優なのだろうか――静かで、でも力強い何かが揺れているのが見えた。
「あなたのお母さんとも、共演したことがあるのよ。『絆創膏』っていうドラマは知ってるかしら?」
ドキリとした。思わぬ偶然――沙月は隣に座る孝太と目が合う。彼もまた驚いた顔をこちらに寄越した。
「はい、知ってます」
「ほら、『絆創膏』ってこの辺が舞台だったじゃない? だからかもしれないけれど、スクール上がりの私にも、同じアパートに住む女学生の役を頂いたの。お話に関わるような大きな役ではなかったけれど、一話だけあの子にスポットが当たった回があったんだ。初めての撮影だったから良く覚えているの。2台も3台ものカメラが私に向いて、大きな照明が眩しくて、私緊張しちゃってね、色々と迷惑ばかりかけちゃった。台詞を飛ばしたり、ぎこちない演技をしたり。見学に来ていた事務所の先輩たちやスタッフさんたちにはこっぴどく怒られたりもしましたよ。『カラフルアカデミーの恥だ』ってね。休憩時間はいつも泣いていたわ……。でもね、あなたのお母さんは、ダメダメな私にいつも優しく声を掛けてくれたの」
――大丈夫よ。次はきっと上手くいくからね
「監督からOKのカットが出ると、一緒に喜んでくれたりもしたのよ。あなたのお母さんがいなかったら、私はもっと早く女優業を諦めていたかもしれないわ」
北野の言葉を聞きながら、沙月は見えないはずの線路を思い浮かべていた。『絆創膏』という名のその線路の先には、なぜか笑顔の涼森れいながいる。
北野もまた、母を――涼森れいなを慕っているのだ。
ならば、
「ひとつ、お尋ねしたいのですが……」
沙月は、先の萩原家でみどりにもやった同じ質問をした。自分は母を知らない。だから、母を知る人を探しては話を聞いている。そこで、「母――涼森れいなは、一度芸能活動を休止している」と聞いたが、理由は分からない。
「北野さんなら、何か知っていますか? 『絆創膏』が終わってから、すぐに休止したんです」
北野は顎に手を当てて、うーんと唸る。
「お休みされたことは、もちろん知っているけれど」
「本当ですか!?」
「ええ、でも理由までは知らないわ。ごめんなさい。お母さんとは『絆創膏』でしか共演しなかったし、言っても私は端役だったから、毎日現場に通って顔を合わせていた訳ではないのよ」
「そう……ですか」
肩の力が抜ける。線路の行く先にいる涼森れいな。見えているのに、まだまだ到達しそうにない。応接間に気まずい沈黙が落ちる。落胆する沙月と、落胆させてしまったと気を遣う北野。ゴーレムはと言えば、相変わらず呑気に窓の外を眺めていた。
「あの、もうひとつ伺って良いですか?」
重たい沈黙を破るように、隣に座る孝太が遠慮がちにそう言った。
「もちろんよ。どうぞ」
「ありがとうございます。僕たちも色々な方から涼森れいなさんのお話を伺っているのですが、なぜかこの『休止』について理由が分からないんです。それで行き詰まっていて、聞くところによると、カラフル・アカデミーさんは『絆創膏』のロケも行われたとか。もし、ここに『絆創膏』の撮影風景を写されたフィルムとかがあれば、それを見ることを出来ますか?」
その時、北野の顔が一瞬強張った。
「ど、どうして?」
「ご存知の通り、涼森れいなさんは『絆創膏』を最後に芸能活動を休止されました。もしかしたら、『絆創膏』の撮影の中でその理由のヒントがあるのかと思って……ぜひお願いします!」
孝太の懇願に倣って、沙月も頭を下げる。北野は「どうしたものか」と悩んでいるようだったけれど、結局は根負けして「分かりました」と言ってくれた。
「編集室に行きましょう」
「ありがとうございます!」
やった!
笑顔の孝太と目が合う。
果たして、涼森れいなの秘密は見つかるのだろうか。定かではないが、女優・涼森れいな行きの列車は、速度を上げたことに間違いはなかった。
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