パソコンがずらりと並ぶ編集室には、孝太くらいの年代の男性2人が、パソコンとにらめっこしていた。


 試験が近いのよ、と北野は声を潜めながら、沙月たちを部屋のいちばん隅にあるパソコンの前に連れていく。沙月たちはローラーの付いた椅子をパソコンの前まで持ってきて、座った。


「本当はだめなのよ。だからオフレコね」と、北野はバッグのポーチからUSBをひとつ取り出す。「絆創膏_2001.7.6」というフォルダを開くと、中には数点の動画ファイルが格納されていた。


「事務所のものからコピーした私物なのよ。共演させてもらってから隠れファンでね。職権濫用で、だからこのことは内緒でお願いします」


 これを使って、と北野はイヤホンをひとつ渡してくれた。孝太が受けとると沙月に片方をシェアしてくれた。


「じゃあ、再生しますね」


 しばらくして、画面にアパートの一室と、女性の後ろ姿が写った。カラカラと嫌な音がする換気扇。トントンとまな板を打つ音。キッチンだ。窓は空いていて、そこからオレンジ色の西日が刺している。


「ママー」


 ドタドタドタ、と足音を立てて、女性のお尻くらいの背の少年が画面に現れた。昨日、孝太が言った通り、ひと目でわかった。ゴーレムこと、萩原海だ。そして、その少年を振り返った女性。薄紅色の唇に遠慮がちの小さな鼻。まるで宝石のような凛とした瞳とはうらはらに、丸みがかった頬があどけなさを醸していた。

 涼森れいな――彼女が萩原海を笑顔で振り返ったのだ。


「なぁに?」

「今晩は?」

「ハンバーグよ」

「えー素麺がいいなぁ」


 2人は本当の親子のように、笑顔で向かい合っていた。


 沙月は複雑な心境だった。

 私は捨てたのに、他所の子には良い顔するんだ――と、憎悪で焦げた心の隅に、画面の萩原海へのある種の嫉妬も芽生えていたのだ。あえて、今まで涼森れいなというメディアを避けていたものだから、しっかり腰を据えて見る動く母が(語弊があるかもしれないが)、新鮮に見えたせいかもしれない。


「もう少しで出来るから」と涼森れいなが言うと、萩原海は口を尖らせて画面から外れた。それから涼森れいなは大鍋を取り出して、火にかける。


「絆創膏はった?」

「うん!」と元気の良い返事。

「どれにしたの?」

「ゾウさんの!」


 ゾウの絆創膏――タイトルの通り、このドラマのストーリーは絆創膏がキーアイテムとなる。

 沙月は画面を食い入るように見つめていた。気がつけば、画面の涼森れいなの一挙手一投足を目で追っていた。意識が引っ張られる。ある種の感銘だ。沙月は、確かに涼森れいなに惹かれつつあった。


 そしてガチャン! と、キッチンに立つ涼森れいなが突然倒れた。


「お母さん!」と萩原海が倒れた彼女の体を揺らす。そして、涼森れいなが二言三言何かを呟いた後に、「カット!」と大きな声。それを合図に、画面に映る涼森れいなは何事も無かったかのようにすくりと立ち上がり、駆け寄るスタッフたちと笑顔で話していた。

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