「そういえば、涼森れいなのことなんだけど……」


 行きに乗ったタクシー会社に連絡をして、は萩原家からほど近い小学校の前で足を待っていた。15分くらいで向かいます、と電話口では言っていたらしいが、すでに20分以上は経っている。飛騨の杉に囲まれた山間。そこに可愛らしく建つ校舎は、夏休みのせいか、子どもたちの元気な声は聞こえず、沙月たちと同じように待ちぼうけているようだった。

 だから何でもよかったのだけれど、蝉の声が降り注ぐなか、孝太は思い出したように――もしくはこの沈黙を破りたくて無理に――そう言った。


「6年間――彼女はドラマや映画はおろか、ラジオとかCMとか雑誌にも全く顔を出していなかった」


 孝太は指で宙をなぞりながら再確認した。


「2002年に放送された『絆創膏』が終わってから、ですよね?」

「そう。だから、やっぱり涼森れいなは、君が生まれたから、いわゆるだったんだと思って良いんじゃないだろうか」

「それなら、母がまた仕事に復帰したのは、私が幼稚園に通うようになって、叔母にも任せられるようになったから? それなら、東京やどこかに私も連れていってくれてもいいと思いますけれど」

「それは……そうだね」


 思わず言葉にトゲが生えてしまった。

 母の空白の6年間。たとえ、本当に育児休暇だったとしたら、どうしてまた姿を消したのか。一度の連絡もしてこないで、修学旅行で見かけたときには、どうして何も言わず、逃げるように去って行ったのか。


 謎が謎を呼ぶ。

 結局、タクシーは半時間ほど掛かって、3人の前に停まった。申し訳なさそうな顔をしていた運転手も、孝太が行きと同じように助手席に座ると、やはり不審な目でこちらを一瞥した。

 次に目指すのはかつて萩原海が所属していたカラフル・アカデミー東海。芸能事務所ながら、制作やプロモーション、そして養成所までも自社で行う全国展開の大手事務所だ。孝太曰く、『絆創膏』は地元である岐阜ロケの際は、カラフル・アカデミーの撮影班が現場を仕切っていたらしい。ならば、現場を共にした涼森れいなと親しい人がいるかも知れない。


 そして、その予感は見事に当たった。事務所で沙月と孝太を出迎えたのは、北野香保きたのかほと名乗る女性だった。40代くらいの、小綺麗な女性。髪は茶色で軽くウェーブが掛かっていた。北野は、沙月たちがこれまでの経緯を萩原家と同じように説明し終えると、目に涙を浮かべながら笑った。笑った顔も綺麗だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る